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黒炉の鍛冶場

薬屋を出たところで、

ルーファウスは手の中の袋を一度だけ確かめた。


銀貨十八枚。銅貨百七枚。


使った。

それも、かなり。

無駄ではない。

生き残るために必要な出費だった。


「それにしても、魔力草40本銀貨20枚で助かったな。」


それでも、

数字にして突きつけられると、軽くはない。


彼は袋を結び直し、歩き出す。


向かう先は、ラドニア中層区の東側。

職人街の中心に近い一角だ。

そこにあるのは、

煤けた石造りの工房。


看板は古く、飾り気もない。

名も――《黒炉の鍛冶場》とあるだけだ。


だが、扉の前には、

修理待ちの剣や鎧が静かに並んでいた。


扉を押すと、

低く鈍い音が腹に響いた。


カン。

カン……カン。


規則正しい槌音。

炉の火が静かに唸る音。

鉄と煤と油の混じった、重い空気。


中は広くはない。

だが、余計なものが一切ない。


作業台には分解された武具。

壁際には修理待ちの剣や鎧が整然と立てかけられている。


人の気配は一つだけだ。


炉の前に立つ男が、

槌を止める。


「……修理か。買い替えか」


振り向かないままの声。

低く、短い。


「剣と防具の状態を見てほしい」


ルーファウスは一歩進み、腰元に手を添えた。


「直すなら、どれくらいかかるか。

それと――予備の武器を用意するとしたら、

どの程度の金が必要かを知りたい」


炉の前の男――ガルドが、

ようやくこちらを見た。


視線は顔ではなく、

剣、鎧、革の擦れ具合へと流れる。


しばしの沈黙。


「……手入れはされてる」


それだけ言って、剣に近づく。


「剣の研ぎ直しと歪み取りで、銀貨三枚前後。

受け流しが多い使い方だ、刃は生きてる」


次に、防具へ目をやる。


「鎧は軽い補修で済む。

留め具と裏革の交換で、銀貨二枚」


ルーファウスが小さく息を吐く。


「予備の武器は?」


ガルドは一瞬だけ考え、


「使い捨てでいいなら、銀貨五枚。

まともに振るなら、十は見とけ」


そう言って、

剣を手に取る。


重さを確かめるように、

わずかに傾けた。


「……安物の芯じゃねぇ」


その一言が、

ルーファウスの中に、妙に残った。


炉の前に戻ったガルドは、それ以上何も言わない。

槌も振るわない。ルーファウスに剣を返し

ガルドは引っ掛かりを覚え、記憶を探る。


――芯。


何気なく使ってきた言葉が、

今さら引っかかる。


ルーファウスは思考を巡らせ、落ち着いて

声量を抑え、昨日記録した詠唱部分を省くことなく唱えた。


「あるがままを示せ。

 名と理を、ここに……鑑定」


視界の端に、淡い表示が浮かぶ。


【武器鑑定】

種別:剣

品質:並

耐久度:非常に高

付与効果:なし

備考:

・内部素材の一部を識別できません

・構造安定性が通常値を超えています

・長期使用による劣化がほとんど確認できません


眉が、わずかに寄る。


品質は並。

だが、耐久度は非常に高い。


そして――

内部素材、識別不能。劣化がない。


「……?」


表示を消した、その瞬間。


ガルドは唐突にルーファウスがもっていた剣をもう一度、手に取る。


刃ではなく、

柄の奥を確かめるように、軽く傾ける。


「……黒曜石、か?」


独り言のような声。


だが、すぐに小さく首を振った。


「いや……違うな」


剣を、そっと作業台に移す。


ガルドは峰や柄元など、いくつかの場所を軽く叩いた。

普通の鋼なら、部位ごとに微かに響き方が違う——。

だが、この剣はどこを叩いてもほとんど同じ音が返ってくる。

さらに、響きは少し軽く柔らかい。


見た目は普通の鋼と変わらない。

しかし、音の反応から芯材が安定していることがわかる——。


ガルドは小さく息を吐き、視線を剣に落とした。

「見た目は普通だ。だが、音が軽すぎる——芯が狂ってねぇ証拠だ」


ルーファウスは、思わず口を挟んだ。


「……音?」


「割れ方の音だ」


それだけ答えて、短く息を吐く。


黒曜鋼こくようこう


今度は、断定だった。


「成功例を、二度しか見たことがねぇ」


ルーファウスは眉を寄せる。


「じゃあ、どうして鑑定で……」


ガルドは鼻で笑った。


「出るわけねぇ」


低い声。


「あれは素材名じゃねぇ。

鋼が“そうなった”状態だ」


炉の火が、静かに揺れる。


「鑑定は、何でできてるかは見る。

だが、どうなってるかまでは追わねぇ」


一拍。


「だから名前は出ねぇ。

代わりに――狂わない」


「偶然だ」


ガルドは続ける。


「狙って作れるもんじゃねぇ。

だが、うまく芯に収まれば……裏切らねぇ」

「安物じゃねぇ、ってのは――そういう意味だ」


そして、ふっと視線を上げる。


「……さて、剣だな」

ガルドは手に取った剣を軽く叩き、音を確かめる。

「安物じゃねぇ……芯に黒曜鋼が入っている」

低く呟き、さらに峰や柄元を軽く叩く。音は均一で、わずかに軽く響いた。

「研ぎ直すなら半日もあれば充分だ。費用は銀貨二枚。明日の昼には仕上げておく。」

ルーファウスは眉を上げる。

「半日……意外と早いですね」

「慎重にやるが、芯は安定してるから時間はかけすぎる必要はない」


「……代わりの武器も用意しておこう」

ガルドは作業台の脇から、単純だが耐久のある短剣を取り出す。

「研ぎ終わるまでの間、これを使え。戦闘には十分だ」


「防具も点検しておくか」

ルーファウスは鎧を差し出す。

「こちらは?」


「軽い凹みと金具の緩みだけだ。即日で直せる。費用は銀貨一枚。夕刻頃に取りに来い。」

ガルドは鎧を軽く叩き、音の響きを確かめる。

「こうして管理していれば、長く使える。研ぎ直しも防具も、手入れ次第で差が出る」


ルーファウスは黙って頷き銀貨三枚を渡し、差し出された短剣を手に取った。

「……わかりました。ではお願いします」


「あ、そうそう、お前さん名前は?」

ガルドが剣と鎧を片手で軽く置きながら、ふと視線を上げる。


「ルーファウスといいます。ガルドさん、よろしくお願いします」


「若いのにしっかりしてるな……うーん、まあいい。よろしくな」

低く短い言葉だが、含みのある頷きが返ってきた。


「今からの予定はあるのか?」


「ええ、今から森まで行って、少し身体強化の訓練をしようと思ってます」


ガルドは軽く顎を引き、短く息を吐いた。

「そうか……なら、気をつけろ。防具もないから無理はするなよ」


ルーファウスは頷き、武器屋の扉を押して外へ出た。

鍛冶場特有の熱と金属の匂いが遠ざかり、街の雑踏が戻ってくる。


まだ日差しは高く、空気は澄んでいた。森への足取りが自然と軽くなる。



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