道化師が考えるスローライフ計画
ジークが掲げる――『スローライフ』。
それを実現するためには、三つの要素を完遂しなければならない。
第一。
『アングルボザの呪い』からの解放。
『ラグナロクの再来』を引き起こし、そこに現れる三体の怪物を討ち滅ぼす。
そうすれば、この世界を縛りつけている呪いは消滅する。
しかし――問題が一つ。
三体の怪物は、あまりにも強大だ。
現在の七英雄では、まず勝てない。
七英雄全員が完全に『職業適性』へと覚醒し、その覚醒能力を十全に使いこなせるようになって――ようやく戦いになる。
ならば、答えは単純だ。
(まだ育っていない七英雄を――僕たちで鍛えればいい)
必要なのは、英雄たちが本来辿るはずだった成長を少しだけ早めてやること。
それだけだ。
そして――第二。
クリームヒルトの『悪役令嬢』としての側面を、ブリュンヒルデへと向けさせる。
物語を、原典へと戻すのだ。
悪役令嬢――クリームヒルト。
主人公――ブリュンヒルデ。
本来対立するはずだった二人を、正面から衝突させる。
そして最終的に――悪役令嬢には『断罪』を受けてもらう。
もちろん、処刑までさせるつもりはない。
そんなことをすれば、僕がジークに嫌われてしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
……まあ、仮にそこまでの大事へと発展してしまったなら、処刑前日にでも牢から逃がしてあげればいい。
重要なのは、クリームヒルト本人の命ではない。
彼女から――公爵家という巨大すぎる後ろ盾を奪うこと。
権力さえ失わせてしまえば、今のように大々的な人員を動かしてジークを追跡することもできなくなる。
つまり――ジークは自由になる。
そして、第三。
ブリュンヒルデには『逆ハーレムエンド』を完成させてもらう。
彼女に想いを寄せる男たちは、数多くいる。
天真爛漫で、誰に対しても分け隔てなく接する少女。
貴族であろうと平民であろうと、相手の身分など気にも留めず、屈託なく笑いかける。
そんな彼女に惹かれるのも、理解できなくはない。
故に――全員から愛されろ。
全員で幸せになれ。
そして――
ジークから離れろ。
完璧だ。
我ながら、どこにも隙がない。
三体の巨人を討ち滅ぼし、この世界を呪いから解放する。
悪役令嬢は断罪され、権力を失う。
主人公である聖女は、多くの男たちから愛されて幸福になる。
世界は救われる。
物語も丸く収まる。
そして、すべてが終わったなら――
あとは辺境へ行くだけだ。
誰も僕たちのことを知らない場所へ。
英雄も、聖女も、公爵家も、王族も関係ない。
朝になったら起きて。
腹が減ったら飯を食べて。
気が向いたら冒険に出て。
夕暮れになれば家へ帰る。
そんな、退屈で平凡な毎日を過ごす。
ロキは満足そうに頷いた。
「完璧だ」
そして、隣にいる親友へと向き直る。
「完璧なスローライフ計画を――成し遂げよう」
道化師は、そっと手を差し出した。
その顔に浮かんでいるのは、いつもの道化師の笑み。
何を考えているのか分からない。
どこまでが本心で、どこからが嘘なのか。
誰にも見抜くことのできない、胡散臭い笑顔。
けれど――
その瞳だけは、真っ直ぐにジークを見つめていた。
「僕が――」
ロキは一度言葉を止める。
「僕たちが、叶えよう」
ジークは、その手を見つめる。
迷いはなかった。
差し出された道化師の手を、強く握り返した。
英雄になりたいわけじゃない。
世界を救いたいわけでもない。
歴史に名を残したいわけでもなければ、誰かに讃えられたいわけでもない。
欲しいものは、もっと小さくて。
もっとくだらなくて。
誰かに話せば、笑われてしまうような願いで。
――だからこそ、何よりも大切なもの。
平凡な毎日。
静かな暮らし。
誰にも邪魔されない人生。
朝起きて、くだらない話をして。
飯を食べて、笑って。
たまには喧嘩して。
夜になったら、また明日と言える。
ただ、それだけでいい。
世界がそれを許さないというのなら――
道化師である自分が、世界すら偽ってみせよう。
悲劇として定められた運命を笑い飛ばし、
神々が書き記した筋書きさえ欺き、
最後の最後には――幸せを届ける
それが――
友であるジークの願い
二人は固く手を握ったまま、顔を見合わせる。
そして――
二人の声が重なる。
「「ファフニールの宝を見つけよう」」




