道化師は王子様とずっ友
「――――僕の親友、ジーク。願いを言ってごらん?」
――捨てられたくない。
――ずっと一緒にいたい。
胸の奥から溢れ出すそんな感情を、ロキは抑えることができない。
彼には、ジークという存在が必要なのだ。
もはや『友人』という言葉だけでは足りない。
心の拠り所として。
自分を繋ぎ止める存在として。
そして何より――失いたくない唯一の親友として。
ジークは既に、ロキの中であまりにも大きな存在になっていた。
「――願いはないさ。いつも通りのロキでいてくれ」
「…………」
深く関わりすぎても駄目。
かといって、突き放すのはもっと駄目。
ならば大切なのは――適切な距離感だ。
近すぎず、遠すぎず。
互いの領域を侵さず、末永く良好な関係を維持する。
それこそが、ジークの導き出した最適解だった。
そもそも、仲良くしておくに越したことはない。
友人であり、共に研鑽を積むクラスメイトでもあるロキが、これほどの実力を持っているのだ。
ジークとしても誇らしい。
むしろ――ロキとの縁だけは、この学園に入って良かったと思える数少ない出来事だった。
「……ジーク……僕の親友……」
「近いって、ロキ!」
いつの間にか、ロキの顔がすぐそこまで迫っていた。
鉄仮面越しだというのに、よくもまあ、ここまでベタベタできるものだ。
そもそもロキは、ジークの素顔を一度たりとも見たことがない。
(……中身がとんでもない顔だったら、こいつ態度変えるのか?)
そんなくだらない疑問が脳裏をよぎる。
「冷血、否決。もっと僕に優しくした方がいいよ、ジーク。寂しいじゃないか」
「友達ってのはな、適度な距離感が大切なんだよ」
「ふ……そうだね」
ロキの頬が、ゆるりと緩む。
「僕たちは親友であり、良き隣人だ。いずれは盟友となるだろう。ふふ――ズッ友だね!」
「ズッ友って言うな」
軽口を返しながらも、ジークは考える。
現実的に見れば――ロキとは長い付き合いになるだろう。
いや。
長い付き合いになってもらわなければ困る。
ジークには、ロキの力が必要なのだ。
主従関係を結ばされている『聖女』ブリュンヒルデ。
そして『α』組に所属する女貴族――『悪役令嬢』クリームヒルト。
この二人の問題児を相手にするには、一人ではあまりにも無防備すぎる。
(……何か対策を打たないとな)
ふと横を見る。
ロキがジークの手を取り、その甲をさすさすと撫でていた。
「…………」
(こいつ、何してんだ?)
振り払おうかとも思った。
だが――その光景をぼんやり眺めているうちに、ジークの脳裏へ一つの考えが浮かぶ。
「――あー……ロキ」
「なんだい?」
「さっきの願いの件、撤回していいか?」
ぴたり。
ロキの手が止まった。
「…………」
数秒の沈黙。
やがて――
「ひっ、ひっ、ひっ……」
道化師が、嗤う。
待ってましたと言わんばかりに。
「難題、命題。全てはジークの為に――――」
その瞬間。
ジークの第二の人生を賭けた、一大計画が始動した。
『辺境でスローライフ』
世界の脅威と戦う。
国を救う。
王女に惚れられる。
戦争に巻き込まれる。
――もう、うんざりだった。
平穏を求めて生きてきたはずなのに、気がつけば辺境どころか、世界の中心とも呼べるこのヴァルハラ学園に放り込まれている。
(……一度は辿り着けたんだ)
辺境での静かな暮らし。
誰にも命令されず。
誰かの運命を背負うこともなく。
ただ一人の冒険者として生きる日々。
(だったら、もう一度くらい辿り着けるはずだ)
学園を卒業したら、田舎へ戻る。
静かな土地に、自分の家を建てる。
小さな畑を耕す。
冒険者として、無理のない程度に働く。
そしていつの日か――普通の嫁さんを貰う。
朝になれば起きる。
飯を食う。
働く。
夕方には家へ帰る。
夜になれば眠る。
ただ、それだけ。
世界の命運?
知らない。
英雄?
お断りだ。
世界を救う使命も。
王国を背負う責任も。
英雄として讃えられる人生も。
そんなものは、いらない。
(俺は普通に生きたいんだよ……)
もっとも――その『普通』を手に入れることこそが、ジークにとって最も難しいのだが。
(……そもそも、この顔のせいで散々女難に遭ってきたからな)
そして現在進行形で、その被害は拡大している。
クリームヒルトの一件。
ブリュンヒルデによる拉致。
思い返すだけで頭が痛くなる。
貴族でなくなったこと自体は僥倖だった。
家柄も。
権力も。
王侯貴族との面倒なしがらみも。
全部捨てられるのなら、それでいい。
問題は――この学園に連れて来られてしまったことだ。
「――面白いね、その計画」
話を聞き終えたロキが、楽しげに口元を歪める。
「だろ?」
ジークは大真面目だった。
この学園生活を無事に終わらせる。
そして聖女と女貴族様から距離を取り、誰にも邪魔されない平穏な生活基盤を完成させる。
それこそが――ジークにとっての最終目標。
何の対策もせず、現状維持のまま卒業してみろ。
待ち受けている未来など、容易に想像できる。
一つ。
ブリュンヒルデの奴隷になる。
あるいは――
クリームヒルトに捕獲され、愛玩動物として一生を終える。
「…………」
想像しただけで寒気がした。
(そんな人生、絶対に御免だね!)
富はいらない。
名誉もいらない。
英雄の称号など、なおさらいらない。
欲しいものは、ただ一つ。
普通の生活。
慎ましく。
静かに。
誰にも邪魔されず。
田舎の片隅で――
スローライフだ。




