第1話
巨大な武器を操る幼女っていうのはワタクシの性癖ですわ。萌えですの。
異世界転生する機会があったらせっかくならかわいい子になりたいですよね
目覚める。ついさっきまで眠っていたのが嘘のように意識が冴え渡っている。
地面に寝転がっているようで、冷たい地面や、手の下の草の感触。どこからか風が運ぶ森の匂いに木々のざわめき。それらがすべて久しぶりに感じられる。
どれだけの時間が経っているのかわからないが、さっきまで死んでいたのだから新鮮に感じられるのだろう。
「……生き返ったのか?」
声が出ることに驚く。しかしそれ以上に驚くのは自分が出したとは思えないほどにかわいらしい声。鈴の音のようで、小鳥達のさえずりのようで、川のせせらぎのようである。
つまり純真に声を充てたかのような声である。
腹筋の力だけで状態を起こす。視点が低い。
自分の手を見る。小さく華奢である。
身に着けている服を見る。ひざ丈で裾がふんわり広がる豪奢で真紅のドレスである。
触る。何もついていない。
「よっしゃ!」
今の自分が幼女であることも忘れてガッツポーズを取る。
近くに湧き出ている泉に近寄り、その水面に自分の姿を映して見る。
そこに映っていたのはなんと可憐な少女であろうか。
年の頃は二ケタに達しているかも定かではない。ふんわりとウェーブがかった輝くはちみつ色の髪。サファイアの瞳はどこまでも住み渡す海を思わせる。眉の太さは申し分なく、まつ毛は邪魔になるほど長くない。鼻はツンと立、そして少しのそばかす。
完璧な美幼女がそこにいた。
「まぁ……まぁ……! まぁ、まぁ、まぁ!」
感動に言葉も出ない。
まさか本当に幼女に転生するとは! 格好も含めてまるで貴族の箱入り娘である。
おっと。せっかく美幼女に転生したのに口調が男のままではつまらない。思考から話す言葉までお嬢様になりきらなければならない。大丈夫。演技は得意だ。
「……大きな剣。ナイフ。ウエストポーチ」
一つ一つ手に取って確認します。
剣は私の身長と同じくらいかしら。これは神様にお願いした通りの物。ウエストポーチの中を開いてみると、透明な液体の入った瓶やいくつかのコインが入っていて、きっと必要な物なのでしょう。
しかし不思議なのが小さなナイフ。
転生したワタクシの手にはちょうど良いですが、子供にちょうど良いナイフということはずいぶんと小振りなのでしょう。これは神様にも聞いていません。
そう首を傾げていると、
「やぁやぁ、目覚めたようだね」
空から聞こえてきたのは聞き覚えのある間の抜けた声。神様の声ですわね。
しかしこうして耳で聞いても最初に受けた印象が変わらないとは、その人柄を想像して苦笑いも浮かべたくなります。
さて、先ほどのようにワタクシの思考を読んでくださるのであれば何か言ってきそうなものですが、それがないということは声に出さなければ伝わらないんですのね。
「その声は神様ですか?」
「おや? さっきと比べるとずいぶん大人しくなったじゃないか」
「ワタクシも立派な淑女ですので。それに相応しい喋り方というものがあります」
「なるほどなるほど。んっふ……! 良いと思うよ」
笑われた気がしますがそれについては何も言いません。一々突っかかっていたら終わる話も終わりませんもの。
今一番聞きたいのは世界の管理者としての仕事について。
それとこの世界についても聞きたいですわね。
ワタクシが暮らしていた世界とどれだけ違っているのか。モンスターは? 魔法は? ここで生きていく上で必要な情報ですが何より、せっかく異世界転生したんですもの、出来る限り楽しみたいですわ。
「ワタクシはこれからどうすれば良いのかしら?」
「君の仕事……そういえば名前はどうする? 元の名前にする?」
「早速話が脱線してますわ……。でもそうですわね、田中雄一ではもったいないですし……アマル。アマル・フリステラとお呼びください」
「んふっ。そうやってすぐに考えつくところは尊敬するね」
欠片も尊敬していなさそうな声音ですが、神様が人間相手に尊敬も何もないでしょう。
表情だけで先を促す。きっとこちらのことも見ているはずです。
「さて世界の管理者という仕事だが、最初に説明した通りに私の指定したターゲットを倒すこと。それもただ倒すだけじゃない。小さなナイフが置いてなかったかい?」
「ありましたわ」
重要な物だと思ってちゃんと腰に下げてあります。ご丁寧にウエストポーチに差す場所があって、非常に収まりが良いですわ。
昼間の太陽の下でも、ぼんやりと月光のような光放つ不思議なナイフ。ただのナイフじゃないのは明らかです。
「最後にトドメを刺す時はそのナイフを使うこと。そのナイフの名前は魔剣ムスニア。殺した相手の魂を縛る能力がある」
「なるほど。つまり普通の武器で殺してもまたターゲットが生まれ変わる、そういう認識でよろしくて?」
「バッチリ」
ファンタジー物の作品に触れてればこれくらいのことは容易に想像がつきます。
そして魔剣という響き。中二心をかようにも刺激する言葉がありましょうか。
そうなると、もう一つの両手剣も強力な能力を持っているはず。これは期待できますわ。
期待していたのですが、
「そっちの剣とついでに着ている服は普通の装備品だよ。まぁ、一般的な武器に比べたら切れ味も強度も申し分ないし、服に使っている生地は高級品だ。普通と言って良いのかはわからないが能力を持たない、という意味では普通だね」
肩透かしを食らったような気分です。
手触りの良いドレスの裾を撫でて心を落ち着けるとしましょう。あら素敵。
「でもどうして普通の武器なんですの? 世界の管理者というからにはもっと特別な能力があっても宜しいのではなくて?」
「だって要望を聞いたら幼女になりたい、ってアマルちゃんがぶはッ! 言ったんじゃないか。でも安心して。強い幼女、ということだからある程度は戦えるようになってるよ」
その時の自分の浅慮さに泣きたくなりますわ。でも神様の言う通りであれば少なくとも強いということ。最強でもチート持ちでなくとも、それなら十分ですわ。
それに免じてワタクシの名前を呼ぶ時に噴き出したことも不問にいたします。
「元の姿を知っているとどうも今の姿と名前がおかしく感じるね」
思い出したくもない不細工な頃のワタクシですわ。でも今はもう美幼女に転生したのだから、思い出す必要もございません。
その時、ワタクシの後ろにガシャンと、重たい物が落ちるような音がしました。
振り返ると、綺麗な金属の鎧が落ちていました。
「サービスだよ。それも大した能力があるやつではないけど見た目よりは軽くて丈夫だから。それも使いなよ」
大盤振る舞いですわね。でも考えてみれば神様を助けるためのワタクシですので、多少手を尽くしていただけるのは当然といえば当然ですわね。
ありがたく使わせていただきますわ。
とはいえ大切なのはかわいさ。胸当てとガントレットだけを装着します。
履いているブーツが見えなくなるのは惜しいので下半身には何も着けません。兜なんてもってのほか。
留め具を締めて胸当てを着け、ガントレットをはめます。
神様の言う通り、見た目以上に軽い品です。ワタクシ一人でも軽々と装着できるくらいです。ガントレットは指の動きも阻害せず、このまま折り紙でも出来そうでした。
「せっかく用意したのに半分以上着けていないじゃないか」
「見た目が大切ですもの。萌え、ですわ」
「なるほどね。意図しているのなら何も言わないよ」
「ありがとうございます。ではターゲットの情報をくださいますか?」
神様は「気が早いね」なんて苦笑いですが、せっかく転生して戦えるようになったんですもの。早く自分の実力を知りたいと思うのは当然のことでしょう。
そんな逸るワタクシの気持ちを汲むように、手元に二つの巻物が落ちてきました。
一つ目は似顔絵と名前。そして一ポイントと書かれています。
二つ目には筋力増大、言語理解、カリスマ、なんて色々な項目とまたポイントが書かれています。
「片方がターゲット。もう片方の巻物がご褒美だよ。ターゲットの所にあるポイントを貯めて好きなご褒美と交換してね」
「その交換はどうすれば良いんですの?」
ゲームみたいなシステムですわ。何もご褒美がないよりやる気が出るのは現金というものでしょうが仕方のないことです。
それにおもしろそうなご褒美もいくつかありますし。
「この泉みたいに空気中の魔力濃度が高い場所で私に呼び掛けてくれれば応えるよ」
「魔力、ですか……」
ファンタジーの世界で何度も耳にした単語です。それは即ち魔法が使えることの証明なのでしょうが、作品ごとに魔力の扱いも変わってくるので一概には喜べません。
ワタクシのつぶやきが神様に届いていたのか、
「生活する上でこの世界の知識もないと困るよね」
との言葉と共にワタクシの体が光に包まれます。それが終わると同時に、突如としてこの世界のことが理解できました。神様の言葉を借りるのであれば、この世界の知識を植え付けられた、といったところでしょう。
ワタクシにも魔法が使える可能性があることもわかりました。そして、魔力濃度が高い場所の探し方も理解できます。
この世界でどうやって暮らしていけば良いのかもわかりました。
「じゃあ、よろしくね」
それを最後に間の抜けた神様の声は聞こえなくなりました。
ターゲットをいつまでに倒すのか、だとか、どうやってターゲットを探すのか、なんてことは教えてくださいませんでしたが、きっと尋ねても無駄でしょう。
あの適当そうな神様はそんな気がします。
「それでは早速」
地面に置いたままだった片刃の両手剣を拾います。重量の割に軽々と持ち上げられたのも、この武器をちゃんと使えるように神様が補正してくださったのでしょう。
剣を肩に担いで周囲を見渡すと、泉を囲う森の中から赤い瞳を爛々と輝かせながら狼型の魔物が現れました。