第2話
現れたのはグルフロウと呼ばれる一般的な肉食の魔物です。大型犬並の大きさがあって、噛みつかれたら大人でもひとたまりもないでしょう。
神様からもらったこの世界の常識のお陰で一般的な魔物であれば名前や生態もわかります。
じりじりと包囲を狭めていくグルフロウ。見た限りでは八体くらいでしょうか。群れで狩りをする魔物なので、連携されると倒すのはとても骨が折れそうで、思わずため息も吐いてしまいます。
しかし自分の実力を測るためにも逃げるわけにはいきませんわ。
剣を両手で持ち直し、グルフロウと相対。ワタクシの雰囲気が変わったのを察知したのか、彼らはそれ以上近づこうとしません。
そのまま睨み合っていたワタクシとグルフロウでしたが、背後の一体がワタクシに向かって駆け出しました。
「甘すぎますわよ!」
隠そうともしない足音で、タイミングは丸わかり。
振り返りざまに剣を横薙ぎに払うと、頭を上下に分断されたグルフロウが地面に落ちます。
能力はないが普通のよりも強い武器。神様の言っていたことに間違いはないようです。それともワタクシの地力がこれだけの一撃を生み出したのでしょうか?
どちらにせよ、油断さえしなければ残りの七体も苦労しないことでしょう。
一体が抜けた穴を埋めるように、両隣の二体が動きました。流石は群れで狩りをする獲物。ちゃんと考えています。しかしそれも圧倒的な力の前には無意味なこと。
正面のグルフロウに狙いを定め、剣を構えて駆け出します。重たい両手剣に胸当てもしていますが、それでも軽々と体は動き、自分でも惚れ惚れするほど綺麗にグルフロウは両断されました。
しかし残る六体も黙って見ていたわけではありません。
ワタクシの攻撃の隙を狙って一斉に飛び掛かってきました。一体を切り捨てても残る五体の牙が届く。のこされた選択肢は一つです。
前転をするように前へ転がります。再度足が着いた瞬間に立ち上がって振り返れば、そこにはワタクシの動きに対応して追撃を仕掛ける六体のグルフロウ。それらをまとめて、再びの横薙ぎ。それをジャンプするなり屈むなりして避けられたのは三体。
そして残る三体は再び、攻撃した後のワタクシの隙を狙って飛び掛かってきます。
今度は私とグルフロウ達が向き合っている形。後退しようにも前へ進む彼らの方が早いので追いつかれてしまうでしょう。
剣を再び構え直す暇もありません。
「仕方ないですわね」
振り抜いたままの両手剣を手放します。空いた手の平を握り締め、鉄の拳を真ん中のグルフロウへ打ち込みます。ガントレット越しでも骨を砕く音が感じられました。
大きな武器を使う幼女がかわいらしいのですが……まぁ、拳で戦うのも乙でしょう。
仲間がやられたことにも怯まず、残る二体が襲い掛かって来ます。
「ぐぅ……!」
飛び掛かってきた片方はガントレットで受け止めましたが、もう一体のグルフロウが私の足に噛みつき、思わず声が漏れてしまいます。
革のブーツを突き抜けて更に肉を抉る牙。痛みというよりは灼熱に近い物が噛みつかれた足にジンジンと広がっていきます。
しかし耐えられない痛みではありません。
「こ、の……!」
左腕のガントレットに噛みつかせたグルフロウの頭を掴み、無理矢理引き剥がして足に噛みついたグルフロウへ叩きつけます。そしてトドメを刺すようにそれぞれの頭を一発ずつ殴りつけると、細かく痙攣した後、グルフロウは動かなくなりました。。
「や、やりましたわ……」
何だかんだ最後は危なかったです。
足に噛みつかれた時、痛みに変な叫び声を上げなかった自分を褒めてあげたいですわ。
傷口からは尚も血が流れ、ズキズキと痛みが増していきます。こういうことを想定していたのかはわかりませんが、ウエストポーチの中に入っていた瓶を取り出します。
最初こそ何に使うものかわからなかった透明なこの液体ですが、この世界の常識を得た今ならばこれがポーションだとわかります。
ブーツを脱いで傷口を露出させます。ジクジクと痛む傷は小さな穴がいくつも並んでいます。
「ん……くぅ……!」
ポーションをそこへ振りかけると、肉が焼けるようなジュウ、という音と蒸気が上がりました。消毒液とは桁違いの痛みに、来るとわかっていても声は漏れてしまいます。
そして蒸気が晴れると、そこには見事に塞がった傷口が。完全に元通り、というわけにはいかずグルフロウの歯形が残っていますが、元の傷に比べれば完治と言って差し支えないでしょう。
ポーションは色によって効力に差が出てきますが、透明のポーションは最も効果が高い色です。一本だけとはいえそれを持たせてくれた神様に感謝すると共に、いきなりそれを使ってしまった自分の不甲斐なさに泣きたくなります。
しかし無事にグルフロウの襲撃をはねのけた、ということで初めての戦闘は上々の結果と言えるでしょう。
泉の水で足の血を落とし、ブーツの中に溜まった血も洗い流します。革製品はちゃんとして手入れをした方が良いのでしょうが、手入れの知識がないので仕方ありません。
血の付いたドレスは洗うわけにもいきませんし、換えの品があるわけでもないのでそのまま。街に着いたら今後のためにも服を調達しなければなりませんわね。かわいらしい服が売っていると良いのですが。
八体のグルフロウと戦ったことで自分の実力はある程度わかりました。気を取り直して街へ向かうことにしましょう。
〇 〇 〇
道の先に見えてきたのは巨大な城壁。都市一つを囲う巨大な石の壁です。
魔物が跋扈するこの世界では、その脅威から人々を守るために都市の周りを大きな城壁で囲います。そのような対策をしていない場所はないと言っても過言ではなく、小さな村であってもその周りには木でできた柵があったりするのです。
目の前に見えているのは結構な大きさの都市らしく、そこに続く街道は石によって舗装されており、森を出てこの街道に出会えたのは幸運と言えるでしょう。
それほど重たく感じないとはいえ、やはり両手剣を背負って歩くのは疲れます。
途中、ワタクシを追い抜いていった馬車の御者には「乗って行かないか」と誘われましたがせっかくの異世界を楽しむためにも遠慮いたしました。それを今では少しだけ後悔しています。
馬の引く馬車だけでなく小型の竜や大型の犬が引く車とすれ違いました。どれも一度は乗ってみたいものです。
幸いにも日が暮れる前にこうして街は見え、野宿する必要はありませんでした。
もしもの備えをしていないのですから、考えなしでの行動は改めなければなりません。
街の中に入るためには衛兵による検査が必要で、街道にはそれを待つ長蛇の列ができています。この時に魔物に襲われたらどうするのか、と思いますが、対処を考えるのはワタクシの仕事ではございません。きっとどうにかするのでしょう。
検査と言っても大したことはしないのか、すぐにワタクシの番になりました。
「お嬢ちゃん、一人かい?」
担当の衛兵はワタクシの背負った両手剣に視線を奪われながら、無理矢理作った笑みで語り掛けてきます。
見た目は幼子ですが精神年齢は三十六歳ですのでわざわざ笑ってくださらなくとも良いのですが、それを素直に話すことはできません。
「ワタクシ一人ですわ。冒険者になりに来ましたの」
衛兵は「困ったな……」と呟きながら助けを求めて周りの同僚に目をやります。しかし非情にも彼らはわかりやすく目を逸らしてしまうのです。
ワタクシも逆の立場であれば同じような気持ちになりましょう。
冒険者とは武力を持った何でも屋とでも言いましょうか。魔物の討伐から護衛まで、依頼に合わせて何でもやります。この世界ではポピュラーな職業であり、武器を携帯する不自然さを誤魔化すためにも冒険者になるのが一番でしょう。
しかし子供がやるような仕事ではありません。衛兵からすれば、嘘か冗談のように聞こえるでしょう。
「えぇっと……冒険者になるってことは……身分証はないのかな?」
「えぇ。これからですわね」
この世界では誰しもが戸籍を持っているわけではありません。
街に税金を納めれば戸籍が。定住していない場合は、冒険者ギルドを始めとした商人ギルドや工人ギルド等の職業に合わせたギルドに会費を払えばそれぞれのギルドカードがもらえます。それらが身分証の代わりとして、ワタクシ達の素性を保証してくれるのです。
街を出るにも入るにも身分を明かさなければならず、それがなければ規定の保証金を払うことになります。
衛兵はワタクシのような子供からお金を取るのが心苦しいのでしょうか。それとも単純に、たった一人で街までやって来た少女を警戒しているのか。
とはいえ街の中に入らなければワタクシの生活も危うくて、後ろに並んでいる人達がいつ魔物に襲われるかわかりません。
「保証金を払いますわ。おいくらでしょう?」
「子供は……200リリンだよ」
「ではこちらを」
いつまでも列を止めるわけにはいかない、と衛兵もわかっているのか、こちらから話を向ければそれ以上何を言うこともありませんでした。
ウエストポーチに入っていた小袋には様々なコインが入っていました。
リリンはこの世界でのお金の単位で、200リリンは銀貨二枚分です。
「うん。確かに。じゃあ通って良いよ」
子供がポンとお金を払ったのも、両手剣を背負っているのも、そもそも街道を一人で来たのも不可解だったのでしょう。通してくれたものの衛兵の顔は複雑そうでした。しかし厄介ごとも御免なのでしょう。
城壁を抜けるまでの通路は短めのトンネルと似ています。それだけ城壁が分厚いということの証明でもあります。
街の出入り口に近いということもあり多くの人が行き交っていましたが更に進むと、ワタクシの心を打つ光景が広がっていました。
「うわぁ……」
道の片側には様々な店が並び、今まで以上の人が通りを埋め尽くし、客引きの声が飛び交います。夕暮れの気配が近づきつつあるのに、それこそ何かのイベントのようにその通りは盛り上がっていました。
城壁の所にかかっていた看板を見た限りでは、都市を十字に走る大通りみたいです。
ワタクシと同じ人間――こちらの世界ではヒト種と呼ぶらしいです――以外にも多くの獣人の姿が見られます。そしてその中の二割くらいは、ワタクシと同じように武器を携えていたりして、一目で冒険者とわかる方々です。
そのいかにもファンタジーらしい光景に胸も高鳴ります。
看板で冒険者ギルドの位置を確認して向かいます。観光はその後が良いでしょう。
目的である冒険者ギルドはすぐに見つかりました。民家を三つ並べたような横幅の二階建て。とても大きな建物です。
薄い木の板で作られた扉は中の喧騒はほとんど素通りさせています。その騒がしさがワタクシの中の冒険者像に重なって嬉しくなりました。
その扉を開けて中に入ると、今までの喧騒が嘘のように静まり返りました。扉の閉まる乾いた音が空しく響きます。
ギルドの中にいた人達の視線が残らずこちらに向いています。
幼子の姿ということで注目を集める自覚はありました。街を歩いている時も、道行く人の視線がワタクシと両手剣に集まっていましたので。それでもこれだけ多くの視線に晒されるとは思ってもいませんでした。
思わぬ緊張でワタクシは動けず、冒険者の方々も動きません。
そのまま悠久の時が過ぎるかとも思いましたが、こういう時最初に動くと多くの場合、
「おいおい! ここはお前みたいな嬢ちゃんが来る所じゃないぜぇ?」
良くも悪くもその後の空気を作ってしまうのです。
ギルド内の空気が僅かに弛緩したのは僥倖ですが、それがこちらを侮るように変化したのはいただけません。しかしお陰でこちらの緊張もどこかへ行きました。
物事は最初が肝心、と良く言います。これは一度、ワタクシの実力を披露しなければならないでしょう。




