29.重なった手の先に。
三月も残り僅かとなり、今日は、学校最後の行事である球技大会の日だ。
俺は、樹が選んだからという理由でサッカーを選んでいた。
「彩人~、今日は頑張ろうね!」
教室で憂鬱な気分になっていると、理香が俺に話しかけてきた。
朝から理香はいつも以上に元気だったので、余程この日を楽しみにしていたのだろう。
「うん、怪我しない程度に頑張るよ」
「彩人が活躍しているの、楽しみにしてるからね!」
そう言って、理香は女友達の方へ行ってしまった。
俺、サッカーなんて授業以外でやったことないんだけど……
これが樹のようなラブコメの主人公なら、実はサッカーがめちゃくちゃ上手くて大活躍を収めるのだろうが、残念なことに俺は運動音痴を極めている逸材なので、この後の事を考えると憂鬱でならない。
因みにだけど、樹は運動神経抜群だけど中でもサッカーは群を抜いて上手い。
なので、まぁ、他力本願で頑張るつもりだ。
そんなことを考えていると、ドアの方から俺の事を呼ぶ声がした。
「彩人、そろそろグラウンドに行かないか?」
樹は、サッカー選手がよく履いてそうなオシャレなシューズを手に持って俺を呼ぶ。
早く終わってくれないかな、球技大会。
そんなことを心の中で思いつつ、俺は樹と一緒にグラウンドへと足を運ぶのだった。
***
そんなこんなで始まった球技大会は一試合目、ギリギリ一点差で負けてしまい、二試合目は樹の大活躍で勝利、三試合目は引き分けてしまい負けたら敗退が決まってしまう、四試合目が始まろうとしていた。
先程まで、試合を見に来てくれていた理香は、バスケの試合があるので体育館へと向かってしまった。
「彩人、頑張ろうな!」
樹は笑顔でそう言って、ポジションにつく。
俺も「うん」と返し、四試合目が始まった。
試合が始まって半分が過ぎたとき、試合は一点も両チーム決めないまま時間だけが過ぎていた。
俺たちのチームは、サッカー未経験者が多いので、困ったらフリーの人にパスをだしまくっているせいで中々マークされている樹にパスが出せなかった。
そして、チームメイトの一人が俺に向かってパスを出す。
しかし、そのパスは勢いがなく近くにいる敵に取られそうになっていた。
「彩人ー!」
これを取られてしまうと、後ろに誰もおらずゴールキーパーも未経験者なので確実に失点してしまう。
それを防ごうと、俺は必死に足を延ばす。
すると、伸ばした足を踏まれてしまい、体勢が取れなくなり転んでしまった。
転んですぐに、心配してくれた樹が真っ先にこちらに来てくれる。
「大丈夫か、彩人!?」
足をすりむいてしまってうまく立ち上がれない。
「う~ん、なんとも言えないかな……」
交代メンバーはおらず一人欠けた状態で試合をもう一度始めるわけにもいかないので、無理をしてでも出ようとすると、樹が俺に手を差し伸べて言った。
「試合中だから付いていけないけど、早く保健室に行ってきなよ」
そう言われて俺は、『ごめん』と言って保健室に向かった。
保健室に着き、ドアをノックしてゆっくりと開ける。
すると、そこには何故か菜乃がいた。
「彩人くん、どうしたのですか?って、怪我してるじゃないですか!大丈夫ですか!?」
菜乃は慌てた様子で、消毒液を持ってきてくれる。
「大丈夫だけど、それより先生は?」
「先生は体育館に行ってて、私保健委員だからここにいたんだ!消毒するから、あそこに座って!」
菜乃に言われた通りに俺は座る。
少し待ってから菜乃は消毒液とガーゼを持って俺の前に座る。
「それじゃあ、今から消毒するね!」
そう言って菜乃は、椅子に座って消毒をしてくれる。
途中、染みて痛くなったが何とか堪える。
少ししてから、その痛みはなくなり次第にこの状況に恥ずかしくなる。
菜乃は消毒作業に集中しており、そんなことを意識していない様子だったので、俺は顔をそらして赤面した顔を見えないようにする。
そんなことをしていると、不意にボトルの落ちる音がした。
「あ、消毒液が……」
落ちたボトルを俺は取ろうとする。
掴んだボトルを持ち上げようとしたとき、突然菜乃の手が重なった。
そして、俺は手を伸ばした菜乃の方を見る。
すると、菜乃もこちらを見て顔を赤色に染める。
「な、菜乃……」
何と言っていいのか分からず不意にそんなことを言ってしまう。
菜乃はそれを聞いてさらに顔を赤くする。
「あ、彩人くん、ごめんね……」
菜乃は恥ずかしそうにしており、目を泳がせる。
「ううん、大丈夫、こっちこそごめんね」
菜乃が謝る必要はないので、俺も謝る。
お互い無言になってから、落ちたボトルを菜乃に渡すと、菜乃はボトルを台の上に置いてから、気を取り戻し絆創膏を手に取った。
「え、えっと……ひ、拾ってくれてありがとう!そ、それじゃあ、絆創膏貼るね」
「あ、うん、ありがとう」
そして菜乃は、絆創膏を貼ってくれる。
俺は、恥ずかしくなり何も考えられなくなっていた。
だから、俺は気づかなかった。
その時、誰かがドア越しに見ていたのを。
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