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鬼退治の話

 桃太郎が鬼退治に出かけている頃。

 村では村長が頭を抱えていた。


 まさか鬼退治に行くなどと言う若者がいるなんて……。

 鬼なんて存在しない。昔からこの村に伝わる風習で、その秘密は村長となる者に代々伝えられてきた。

 外に大きな敵を作ることで、村全体の団結力を高める『鬼』という存在。この嘘のおかげで今まで村は大きな揉め事もなく、平和は保たれてきた。


 その嘘がバレる。

 桃太郎には遠くの島を教えたが、鬼がいないことが分かるといずれ戻ってくるだろう。

 そして、そのことを村人に話されたら、『鬼』の存在が嘘だとバレる。

 そうしたら、村はお終いだ。反乱や暴動が起こり、村は崩壊するだろう。


 どうにかしなければ。

 何か村の崩壊を止める手はないか。

 素直に謝るか?

 いや、殺人、窃盗、飢餓すらも『鬼』のせいにしているのだ。謝って済む話とは思えない。

 別の嘘を作るか?

 いや、それでは同じことの繰り返しだ。そもそも、どんな嘘をつけば村人達が納得してくれるか分からない。


 どうする……どうすれば……。


「……やはり……今の嘘を隠すしか……」


 隠し通す。

 そのためには桃太郎に黙ってもらうしかない。

 話せば黙っていてくれるだろうか。

 見返りを要求されるだろうか。

 本当に秘密を隠し通してくれるだろうか。

 どれも不確定だ。

 それならばいっそのこと、口封じのために桃太郎を消した方がいいのではないだろうか。


 村長の中に穏やかでない考えが浮かんだ。


 どうやって消したものか。

 誰がやる。どうやってやる。

 他人にやらせる場合なら、それらしい理由を作らなければならない。何がいいか。


 良い考えが思い浮かばない。

 どうして、こんなにも考えなければいけないのか。

 そもそもあの桃太郎という若者が鬼退治に行くなどと言わなければ、こんなにも頭を悩まさずに済んだものを。

 ………………。


「……桃太郎とは誰だ?」


 ふと、村長の頭にそんな考えが浮かぶ。

 鬼退治に行くと言った若者、桃太郎。彼は川沿いの老夫婦の家の子だと言った。

 しかし、村長の記憶がたしかならば、あの老夫婦に子供はいなかったはずだ。

 そういえば、最近は聞かなくなったが、昔はたまに会うと毎回のように子供がいないことを嘆いていた。老夫婦の家が村から離れた川沿いにあるのも、村の子供を見ると羨ましくて悲しい気持ちになるからとの理由だったはずだ。


 桃太郎は老夫婦の子供ではない。孫なんかでもない。

 じゃあ、桃太郎とは誰だ?

 桃太郎の正体は……、


「鬼……」


 鬼が化けている。

 無論、そんなはずがないのは村長にも分かっていた。

 鬼は村を救うための嘘で実在はしない。桃太郎もただの親戚の子かもしれない。

 しかし、村長にはこの考えがこれ以上ない良い策に思えた。


 桃太郎に鬼の秘密をバラされたくない。バラされないために桃太郎を消す。その大義名分にうってつけではないか。

 桃太郎の正体は鬼。村の皆にこのことを言って、皆で桃太郎をたおす。

 口封じもでき、村の団結力も高まるこの策。まさに一石二鳥。村を守るにはこれしかないと思った。

 そろそろ架空の『鬼』だけでは限界も感じていたところだ。実在する『鬼』を作り、村の皆で鬼退治という一つの行動をすることで一体感が生まれるだろう。

 村長は考えをまとめるとすぐに行動に移した。






 お爺さんとお婆さんは家で桃太郎の帰りを待っていた。

 かわいいかわいい桃太郎。どうか無事に帰ってきておくれ。

 二人がそう祈っていると、トントンと戸を叩く音がした。

 桃太郎が帰ってきたと思い、二人は大喜びで玄関に出た。

 しかし、外にいたのは桃太郎ではなく、村長をはじめとする大勢の村人達だった。皆、斧やくわなどの農具を手に険しい表情をしている。

 村人達のものものしい雰囲気にお婆さんは驚いて尋ねた。


「どうしたんですか? 何かありましたか?」

「どうしたもこうしたもねえ! 二人が鬼をかくまっていることは分かってんだ!」


 村長の作戦を実行するとなると、どうしても老夫婦の罰は避けられない。

 村長はそのことに一瞬躊躇したが、すぐに行動することにした。

 村を救うためには二人の犠牲もやむを得ない。

 老夫婦は村はずれに住んでいるから、親しい村人もおらず、かばう者はいなかった。


「何を言っておるんじゃ。ワシらは鬼なんかかくまってはおらんぞ」

「とぼけるな! 桃太郎というやつ若者がここに住んでいるらしいな! 桃太郎の正体は鬼なんだろう!」

「な、なんと……!」


 いったい誰がそんな嘘を。

 お爺さんとお婆さんは村人の言った言葉に驚いた。


「あの子は人間です。わたしたちの子供です」

「嘘をつけ。お前達夫婦には子供はいなかったはずだ。桃太郎がお前達の子供なわけはない」

「あの子は桃から生まれたんです。血は繋がってなくてもわたしたちの子供です」

「桃から生まれただと? そんな子が人であるはずがない。やっぱり桃太郎は鬼だ!」

「鬼をかくまっていたやつらを許すな!」

「俺らで鬼退治をするんだ!」


 お婆さんの言葉に村人達の声は一層強くなった。

 二人が何を言っても立場は良くならない。二人が何を言っても聞いてくれない。

 鬼だ鬼だ、と否定され、二人は弁護のために桃太郎のことを必死に語った。その中で二人はついに桃太郎の本当の出自を思い出した。

 赤子の桃太郎を攫った記憶。忘れてしまいたかった記憶。

 しかし、それを言ったところで状況が良くなるわけがないのは分かっている。


 二人はやがて弁明を諦めた。

 これはきっと天罰なのだ。

 子供ができないことで他人の子供を妬み、攫った罪。その罪から逃れようと、攫ったことを忘れて今まで過ごしてきた罰。

 悪いことはできないものだ。必ずバチが当たる。

 二人は口を閉じて、村人達の行動を受け入れることにした。

 ただ……ただ一つ心残りがあるとすれば……、


「桃太郎……」


 あの子のことが心配だ。

 今、この村に帰ってきてはいけない。

 出発するときは帰ってくることを望んだが、今は逆だ。

 この村から遠く遠くに逃げてほしい。どうか無事でいてほしい。

 かわいいかわいい桃太郎。

 攫ったことは間違いだったが、桃太郎と過ごした日々は今までの人生で一番輝いていた。

 願わくば、最後にもう一度だけ……、


「桃太郎に……会いたかった……」


 村人が放った火で燃え盛る家の中、お爺さんとお婆さんは祈った。






 鬼ヶ島に鬼はいなかった。

 桃太郎は疑問に思いながら、村への帰り道を歩いていた。

 村でいろいろな悪さをしている鬼。

 鬼を退治するべく鬼ヶ島に向かったが、そこに目的の鬼はいなかった。

 誰かがやっつけたのだろうか。それとも別の場所に行ったのだろうか。


 とにかく、一度村に戻ろう。

 もしかしたら、もう村は大丈夫かもしれない。鬼の脅威は去ったかもしれない。

 早くお爺さんとお婆さんに会いたい。二人に伝えたいことがたくさんある。

 お爺さんに道中の冒険譚を伝えたい。お婆さんにきびだんごがおいしかったと伝えたい。つらい険しい旅だったが、二人のことを思い出すと頑張ることができたと伝えたい。

 お爺さんとお婆さんは喜んでくれるだろうか。二人は褒めてくれるだろうか。


 長い旅で桃太郎はくたくただったが、お爺さんとお婆さんが待つ我が家に向かう足取りは速くなっていった。

 もう少しだ。長い旅だった。もはや鬼がいなかったことなどどうでもいい。お爺さん、お婆さん。桃太郎が帰ってきたよ。


 遠くに我が家が見えるところまで来たとき、桃太郎は不審に思った。

 遠目だが、家の周りに人がいる。それも大勢だ。

 どうしたんだろう? 今まで家に人が来たことなどなかったのに。


 だんだんと近づいていくと、大勢の人達は村人で、みんな手に鎌や斧、鍬といった農具、木の棒や刀を持っているのが見えた。そして家に向かって何かを叫んでいる。

 桃太郎の足が速くなる。

 村人の一人がまだ昼だというのに、火のついた松明を用意した。

 桃太郎はさらに足を速めた。

 嫌な予感がする。胸騒ぎがする。

 桃太郎は急いだが、嫌な予感は的中し、村人は家に火を放った。


「うわあああぁぁぁぁ!!」


 桃太郎が叫びながら家に着いた頃には、もう火の手は家中に回っており、ところどころ柱や屋根が崩れ落ちていた。

 桃太郎は家に入ろうとするが、この火の中で入れるわけがなく、ただ外で燃え尽きていく我が家を眺めることしかできない。

 家を見る桃太郎の視界に、家の中に二人の人影がいるのが入った。

 桃太郎は熱さも構わず家の中に入ろうとしたが、人影は桃太郎の存在に気づくと、ニッコリと微笑んだ。そして屋根が崩れ落ち、人影は炎に包まれてしまった。


 桃太郎は膝から崩れ落ち、泣いた。

 涙が止まらない。思考がまとまらない。

 なぜ。なんで。なにが。どうして。

 状況が分からない。感情が止まらない。

 泣き叫ぶ桃太郎を村人達が囲う。


「こいつが桃太郎か」

「鬼め! 退治してやる!」

「母の仇だ!」

「盗んだ物を返せ!」

「鬼の桃太郎を許すな!」


 村人達の声も桃太郎の耳には入ってこなかった。

 なんで? なぜ、お爺さんとお婆さんがこんな目に? 誰がやった? この村人達が? なんで?

 桃太郎はこの理不尽な状況の理由を探していた。

 放心状態の桃太郎に村人達がじりじりと近づいていく。

 すると、村人達の間から旅の途中お供にした犬が入って、ワンワンと桃太郎をかばうように吠えた。

 それは村人達にはただ犬が吠えただけに聞こえたが、桃太郎にはこう聞こえた。


「桃太郎さん。彼等は鬼です。鬼が化けているんです。僕と一緒にやっつけましょう」


 ああ、そうだ。そうに違いない。

 この村人達は鬼が化けているんだ。

 そうでなければ、お爺さんとお婆さんが家とともに燃やされた理由が分からない。

 村人達は鬼。

 鬼は……退治しなくてはならない。


「なんだ、この犬っころは……。邪魔するじゃねぇ!」


 村人の一人が犬を軽々と蹴っ飛ばし、桃太郎の側に立った。そして手に持った斧を桃太郎に向かって振り上げた。

 しかし、桃太郎は自身の持つ刀で村人の首を一閃。村人の体が倒れる。

 予想だにしなかった桃太郎の反撃に周りの村人から悲鳴が上がった。


「こ、こいつ……やっぱり桃太郎は鬼だ! 皆の者! 鬼を打ち倒すんだ! 鬼退治だ!」


 村長の掛け声で、村人達は一斉に桃太郎に襲いかかった。

 襲いかかってくる村人達を見て桃太郎は思った。


 お爺さんとお婆さんにあんなことをした村人達は鬼だ。鬼が許せない。鬼は倒さなくてはならない。


 そう……鬼退治をしなくてはならない。


 桃太郎は強かった。

 元々の生まれつきか、鬼退治をしなくてはならないという使命感か、お爺さんとお婆さんを焼かれた怒りか、数の有利で村人達が油断したせいかは分からない。

 桃太郎は襲いかかってきた村人をみんなやっつけた。


「ひ、ひいぃぃ…………!」

「お、鬼だ……!」

「化け物だ……!」


 生き残った村人達が恐怖を感じ、逃げていく。

 桃太郎は逃げていく村人達の後ろ姿をじっと見た。


 村人達は鬼だ。鬼退治しなくてはならない。


 桃太郎は地を駆けると、後ろから逃げる村人を斬った。

 逃げる村人。追う桃太郎。

 追いかけっこを続け、桃太郎は村まで到着した。

 桃太郎が逃げる村人を斬り、村人が悲鳴を上げる。何事かと思って家から出てきた人が、惨状を見て、さらに悲鳴を上げる。

 辺りが騒然とする。家から出て、逃げまどう村人達。村中がパニックになる。


 村人達は鬼だ。鬼退治しなくては。


 桃太郎は出てくる村人達も斬った。

 斬って斬って斬りまくった。

 桃太郎に恐れをなして逃げ出す青年を斬った。勇敢にも桃太郎に抵抗してくる少年を斬った。腰を抜かし動けなくなっている老人を斬った。助けを乞い、命乞いをしてくる少女を斬った。我が子を守ろうと身を挺する母親を斬った。母親が命を懸けて守った子供を斬った。


 全て鬼だ。鬼は退治しなくてはいけない。


 桃太郎は斬った。斬って鬼をやっつけた。

 辺りに静けさが満ちる中、ふと桃太郎は池を見ると、そこには返り血を浴びて真っ赤な桃色の鬼が見えた。


 鬼退治だ。鬼を倒さないと。


 桃太郎は刀を逆さに持ち、桃色の鬼の首筋に当てると、ためらいなく横に引いた。




 こうして、村から鬼は一人もいなくなった。

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