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第十七話 死者の扱い

 明けて十七日、海兵隊は第一一八連隊の守るヒナシス山に殺到し、激戦が展開された。

「あいつら、一体何人いるんでしょうね」

 早朝から途切れ途切れに続く戦闘の合間のわずかな小休止、溢れてくるような敵兵を笹川一等兵が毒づいた。隣の杉野はすこしぶっきら棒に返答し、ついでに小銃に銃剣を着けていない笹川に注意を促した。

「さぁな。そんなことより、着剣しておけ。いつ、敵と白兵戦になるかわからんぞ」

「はい、伍長殿」

 笹川は短く返事をすると、言われた通りに銃剣を自らの小銃に装着した。

「おい! 軽機はいつでもいけるな?」

 杉野は次に、後ろの陣地内で軽機関銃を持つ兵士に確認した。

「すいません伍長殿! 銃身交換中です」

 機関銃を扱う片野上等兵が銃身を交換しながら答えた。

  弾を三十発も撃てば、銃身は加熱して触れることができなくなる。加熱したままの銃身を使い続けると、銃身はいずれ破損してしまう。そのため、交換用の予備銃身が必ず数本付属し、予備銃身とローテーションで使うことにより銃身の寿命を延命することが求められた。

「終わりました。軽機発射可能です」

 片野がそう言い終わったとき、それを待っていたかの様に攻撃が始まった。

「うわっ……撃ち返せ!」

 杉野は下げていた頭を陣地から少し出して小銃を構えて一発撃った。弾丸は敵兵の左腕をかすめ去った。杉野が一発撃つたびに、敵は五、六発撃ち返してきた。この時も何発もの反撃の銃弾が、杉野の頭一つ上を空を切って過ぎ去る。

 米軍の使用する小銃であるM1ガーランドは、反自動化された小銃だ。最初の一発はボルトを操作して手動で装填しないといけないが、二発目以降は、撃つごとに自動で弾が装填され、連射が可能だった。

 一発撃つごとにボルトを引き、手動で弾を装填しなければならない日本軍の小銃とは根本的に火力が違った。

「火力が違いすぎるぞ」

 額の汗を拭い、毒づきながらも杉野は射撃を続ける。

 


「小隊、後退準備! 次に銃声が止んだら下がるぞ!」

 小隊長の三井少尉の声が響き、杉野は装備をまとめた。分隊員もそれに習う。

 今、彼らがいる陣地の後ろにも別の陣地が点々と広がっており、持ちこたえられない、と三井が判断するごとに山の上の方に上の方にと、後退しながら陣地を次々と移動していた。最初に展開していた洞窟陣地から数えて三回目の後退だ。

「攻撃が止んだか。よし行くぞ! 着いて来い!」

「西山分隊、行くぞ!」

「飯田分隊、着いて来い!」

「酒田分隊、遅れるな!」

 三井に続いて各分隊が順番に陣地を飛び出して後退する。殿を務める杉野分隊も、後方に気を使いながら後退を始める。

「杉野分隊、後退だ。行け!」

 杉野の指示に軽機関銃手の片野と装弾手の一等兵を先頭に、次々と分隊員が陣地から飛び出る。杉野は一番最後に、手りゅう弾を敵の方向に力いっぱい投げ込んでから陣地を出た。

 後ろで爆発音が聞こえた後、幾分かして銃声が迫ってくる。

「くそっ! もう来たのか!」

 杉野は振り返り、銃弾を一発二発とお見舞いする。それでも攻撃は止まない。

 後退する杉野の右脇を敵の銃弾がすり抜ける。そして、銃弾は彼の目の前を走っていた木田一等兵を襲撃した。

「ぐぁ……!」

 木田の右腰から脇腹が吹き飛ぶ。裂けた肉の間からは骨が白い顔を覗かせている。 

 銃弾は木田の腰に装着している弾薬入れに直撃し、中の弾薬が誘爆、彼の腰を粉砕したのだった。

「もうすぐだ! 頑張れ、木田ぁ!!」

 小銃を落とし、走っていた慣性のまま前のめりに倒れ込む木田の腕を、杉野はがっしり掴んで自らの肩にかけた。

「伍長殿! 手りゅう弾投げます!」

 前方から笹川が、右手に手りゅう弾を握った姿で杉野に報告した。

「おお!」

 杉野が応えると、笹川が手りゅう弾の安全ピンを引き抜き、自分の鉄兜に叩きつけてから敵のいる地点めがけて投擲した。

 後方で、何か英語らしき言語が聞こえたかと思ったが、手りゅう弾の爆発が声を消し去った。



「木田! 木田一等兵! おい!」

 杉野と笹川は、二人で木田を担いで後方の陣地に飛び込んだ。木田に声を掛けるが、彼はすでにこと切れていた。

「すまん、木田。許してくれ」

 涙を呑んで杉野は、木田の背嚢から乾パンの袋を取り出し、次に身体から水筒を外して中の水を一口含んだ。

「伍長殿、何を」

 隣で河田一等兵が、信じられないというような声を出した。河田を押しのけて片野が、破損した弾薬入れを漁り、中から無事な弾薬クリップを数個取り出した。

「上等兵殿まで、何をなさるんですか!」

 物静かな河田が、珍しく声を荒げた。その抗議の声を聞いた片野がすくっと立ち上がり、河田に木田の弾薬クリップを無理やり握らせた。

「上等兵殿?」

「木田一等兵は、名誉の戦死を遂げた。しかし、俺たちはまだ生きてる。生きてる限り、敵からこの島を守り抜かなけりゃならない」

 はっとなった河田の目から一筋の涙が流れ出し、渡された弾薬クリップを強く握りしめる。そんな河田の胸倉を掴んで、さらに片野は言葉を続ける。

「泣いてる暇があるなら、戦死した戦友の分まで戦い抜け。戦死者から装備を分捕ってでも、俺たちは戦わなくてはならんのだ!」

 片野の言葉を聞いた皆が、次々と木田の遺体から使える物をはぎ取る。弾薬、手りゅう弾、銃剣、戦闘食、腕時計など、様々な物をはぎ取り、それぞれ分け合う。口々に遺体に謝りながら、涙を流しながら。

 あらかたの装備品を、木田の遺体からはぎ取り、残っているのは軍服と、背嚢に入っていた私物が若干あるくらいとなった。最後に、杉野が木田の首に掛けていた認識票をとり、自分の胸ポケットに入れた。

 木田の遺体は、埋める暇などもないため、陣地のそばの草陰に安置するしかなかった。

 すでに陽は西へ傾き、夕焼けの朱色の明かりが、杉野の目から溢れそうな涙に反射して光った。



 夜になり、杉野らの部隊への攻撃は止んだが、海岸の方では激しい銃声や砲声がひっきりなしに鳴り響いていた。いくつも照明弾が上がっているのも見える。どうやら友軍による夜襲が行われているらしい。

 小銃を構えて陣地の見張りを行う杉野に、横から河田がそっと近寄ってきた。

 夜間には、交代で見張りを立てていた。米軍は日本軍とは違い、夜襲をかけてくることはおそらくないであろうが、もしもの時や、友軍の兵士が迷い込んでくることもあるので見張りは必ず必要だった。

「どうした、河田? 見張りのとき以外は寝ないと持たんぞ」

 河田は見張り要員ではないし、次の交代する人員でもない。

「伍長殿、夕刻の時は申し訳ありませんでした」

 そう言って河田は深々と頭を下げた。杉野は少し驚いたが、すぐに優しい顔をして、河田の肩を数回、叩いた。

「気にするな。お前の気持ちはもっともだ、戦死者の遺体なんて漁るもんじゃない」

 暗い顔になる河田を横目に、杉野は話を続ける。

「それでも、やらなきゃならないんだ。敵と戦うためにな。死者もそのためならきっと許してくれるさ」

「はい」

 河田は返事をして頷く。

「もう、寝ろ。明日も激戦になる」

「はい。申し訳ありませんでした」

 河田はもう一度、深々と頭を下げて、狭い陣地の中で背嚢を枕にして横になった。彼の両隣にはそれぞれ、右に笹川、左に横井一等兵が寝息を立てている。



「伍長殿、交代の時間です」

 四十分後くらいか、片野が起きてきて交代の時間を告げた。杉野は短く答えて、自らも背嚢を枕にして寝ころんだ。

 片野の方は、さっきまで杉野がいたところに同じように小銃を構えて立ち、杉野に話しかけた。

「伍長殿。部下共の事ですが、あまり気にしないでください。初陣は自分もあんな感じでしたから、じきに皆、戦場に慣れます」

 片野は自分の過去を思い出したように言った。部隊こそ違ったが、この男も南方作戦にて初陣を飾ったと杉野は聞いていた。

「あの時はすまんかったな。お前に余計なことを言わせた」

「謝らんでください。佐伯兵長殿みたいにはいきませんが、自分もしっかりしないといけませんから」

 片野は、輸送船が攻撃されたときに戦死した兵長の名前を小さな声で出した。彼も普段は見せない弱さがあり、それと戦っているのだ。それを読み取った杉野は優しく言った。

「安心しろ、お前は十分やってくれている」

「ありがとうございます。伍長殿にそう言って頂けると、肩が楽になります」

 振り向いて片野が笑顔を作る。

「そうか。では、少し休ませてもらうぞ。見張り、頼むぞ」

「任せてください。明日も、頑張りましょうや」

 そう言い合って片方は浅い眠りにつき、もう片方は見張りに集中した。

 まだ闇夜にいくつも照明弾が輝いていた。

 

 

 

 

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