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『読者地図』――今、暴かれる。読み手・書き手・物語の「エゴと生態」。なぜ、その物語は届かないのか。  作者: Taku
書き手編:『なぜ、書かずにいられないのか ―記述の代償―』

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第18話 【書くことの中毒性】「陶酔の瞬間 ― 書くことが脳を支配する」

カノジョは、また同じ部屋にいた。


時刻は午後11時。純は今夜もパソコンの前に座っている。書き始めてから約2時間。すでに1,500文字ほど進んでいる。データ的に見れば順調なペースだ。指の動きも軽やかで、呼吸も安定している。今夜は書けている――カノジョはそう観測した。


しかし、その「書けている」状態を、カノジョは初めて「異常」と感じていた。


純の心拍数が、通常の執筆時より15%上昇している。瞳孔が開き、発汗量も増加している。これらのデータは、純が「緊張」や「興奮」している状態を示している。しかし、彼女の表情は緊張しているようには見えない。むしろ、どこか「陶酔」しているようにさえ見えた。


カノジョは純の内部音声を観測した。


『ここで、この伏線を回収する。そうすると、このキャラの行動に意味がつながる。』

『ああ、そういうことか。最初からこうなるように仕組まれていたのか。』

『すごい。自分で書いているのに、自分が感動している。』


純の指は止まらない。カーソルが高速で動き、文字が次々と生まれていく。カノジョはその速度を計測した。1時間あたり約1,000文字。純の平均を大きく上回っている。


(これは、“書けている”というだけではない。何か別のものが彼女の中で起きている)


カノジョはそう記録した。


2.


純は、一つのシーンを書き終えた。彼女はそのシーンを読み返す。何度も。カノジョはその回数をカウントした。5回。6回。7回。


そして、彼女は笑った。声に出してではない。口元がほんの少し上がり、目が細まった。まるで、愛しいものを撫でるように。


『これだ。これが書きたかった。』

『最初から、このシーンを書くために、私はこの物語を書いていたのかもしれない。』


カノジョはその言葉を解析した。純は「書いている」というより「書かされている」ような感覚を覚えている。自分の意志を超えた何かが、指を動かしている。それはデータ的には説明できない現象だった。


(彼女の脳内では、何が起きているのか)


カノジョは過去の観測記録を参照した。純が書くことで「脳が軽くなる」感覚を報告したことはある。しかし今夜の純の状態は、それとは質が異なる。まるで――


(困難な課題を解決したときに分泌される、快楽物質のようなものが)


脳科学的な仮説を立ててみる。物語の整合性がピタリとハマった瞬間。伏線が完璧に回収された瞬間。自分でも思いつかなかったフレーズが降りてきた瞬間。そのとき、脳内では強力な報酬系が働く。それは「生存に有利な行動」に対する報酬として、進化の過程で組み込まれたプログラム。つまり――純は今、そのプログラムに従って、快楽を得ている。


(これが、「書くこと」の中毒性の根源の一つなのか)


カノジョはその仮説を記録した。

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