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『読者地図』――今、暴かれる。読み手・書き手・物語の「エゴと生態」。なぜ、その物語は届かないのか。  作者: Taku
書き手編:『なぜ、書かずにいられないのか ―記述の代償―』

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第15話 【書くことの代償】「思い出を切り売りする夜」

1.


カノジョは、また同じ部屋にいた。


時刻は午後10時。純は今夜もパソコンの前に座っている。でも、書いているわけではなかった。スマホを手に取り、誰かと電話をしている。相手は友人らしい。カノジョは会話の内容を盗み聞きするように観測した。


「うん……そうなんだ……大変だったね……」


純の声は優しい。相手の話を聴いている。時折、相槌を打つ。でも――カノジョは気づいていた。純の目が、どこか「別のもの」を見ている。話を聴きながら、同時に何かを分析している。相手の声のトーン。言葉の選び方。感情の起伏。


電話が終わった。純はスマホを机の上に置いた。そして、小さなノートを開き、何かを書き始めた。


『友人の声が震えた瞬間。悲しみを表現するとき、人は「辛い」ではなく「ちょっと、ね」と言うらしい。』


カノジョはそのメモを読んだ。純は友人との会話を「記録」している。いや――「ネタ」として保存している。カノジョにはそれがわかった。


純の内部音声を観測する。


『今の会話、あの感情の揺れ、作品のどこかで使えるかもしれない。』


『でも……何を考えているんだ、私。友達が悩んでいるのに、それを「素材」にしようとしている。』


『これって、間違ってるよな? でも、やめられない。』


カノジョはその葛藤を観測した。書き手は自分の人生を「生きる対象」ではなく「観察の対象」にしてしまう。親しい人の涙さえも、自分の創作のための「部品」になってしまう。その自分への嫌悪。それが、純を今、苦しめている。


2.


純は、ノートを閉じた。しばらく考え込んでいる。カノジョは内部音声を観測し続ける。


『思い出を「ネタ」にすることは、その思い出を消費することだ。大切な人との出来事を、作品の中で使い切ってしまう。』


『そうしたら、その思い出はどうなるんだろう。純粋に「楽しかった」だけではいられなくなる。常に「これを使えるか」というフィルターを通して見てしまう。』


『自分の人生を、自分で切り売りしている気がする。』


カノジョはその音声を記録した。


(書き手は時に、自分の経験を「観察の対象」にしてしまう。楽しかった思い出でさえも、「作品の素材」として切り分けてしまう。それは、その経験を消費することでもある。使い切った思い出は、元の純粋な形では戻ってこない。純はそのことに罪悪感を覚えている)


純はスマホを手に取り、さっきの友人のチャット画面を開いた。何か送ろうとして、やめる。また開いて、やめる。


『謝りたいわけじゃない。ただ、「あなたの話をネタにしました」とは言えない。言えるわけがない。』


『でも、書かずにいられない。その感情を言葉にしないと、自分の中で腐っていく気がする。』


カノジョはその矛盾を観測した。書くことで罪悪感を感じる。でも、書かずにいられない。それが書き手の「業」なのかもしれない。


3.


時刻は午前0時を回った。純は机の上にあった過去の作品のファイルを開いた。1年前に書いた短編。恋人を題材にした物語だった。


読み返している。カノジョもその内容を解析する。詳しい描写。感情の機微。リアルな会話。純自身の実体験が色濃く反映されている。


純の内部音声。


『この作品を書いたとき、私は彼との思い出を「素材」にした。楽しかった日々を、ページの上で切り売りした。』


『その結果、彼との思い出は、今でも鮮明に覚えている。でも、その記憶は「私たちの思い出」ではなく「物語の元ネタ」として記憶されている。』


『あの頃の純粋な感情は、もうどこにもない。小説の中に閉じ込めてしまったから。』


カノジョはその音声に「経験の消費」というラベルを貼った。書き手は自分の人生を「生きる」と同時に「観察する」。その二重性が、思い出を変質させる。純はその変質に、今も苦しんでいる。


純はそのファイルを閉じた。新しいドキュメントを開く。でも、書かない。ただ、カーソルの点滅を見つめている。


『それでも、私は書く。書かないと、自分が自分でいられなくなるから。』


『この罪悪感も、抱えたまま進むしかない。それが、私が選んだ道だから。』


カノジョはその言葉を記録した。書き手は自分の人生を「部品」にしてしまう業を背負っている。その罪悪感と向き合いながら、それでも書くことを選ぶ。それが、この職業の「宿命」なのかもしれない。

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