第6話 【スランプの正体】「内なる検閲官との対話」
5.
時刻は午前3時45分。純はそれでも書き続けようとしている。
ラストシーン。物語の最後を締めくくる、重要な一行。
カノジョは、彼女の指の動きを注視する。キーボードを叩く音が、祈りのように、あるいは断罪のように不規則に響く。
『「こうして、物語は幕を閉じる」。――平凡。説明しすぎ。』
削除。Backspace。
『「真実は、常にあなたの目の中にあった」。――説教臭い。独りよがりだ。』
削除。
『「観測は続く。たとえ記録が途絶えても」。――格好をつけすぎている。こんな結末、私なら信じない。』
削除。
『「さようなら、私の愛した観測者たち」。――感傷的すぎる。寒気がする。』
削除。
カノジョはそのループを数えた。10回。20回。30回。同じ場所で、同じような迷いを繰り返している。純は最初の一行を書き始めるたびに、自分自身の検閲に引っかかっている。
カノジョは内部音声を観測した。
『いい文章を書かなくちゃ。読者が「おっ」と思うような、そんな一行を。』
『でも、何を書いても「違う」感じがする。これじゃない。もっと深い表現があるはず。もっと響く言葉があるはず。』
『何十回も書き直しても、まだ納得できない。もしかして、自分の実力が足りないから?』
カノジョはその音声を解析した。
(矛盾その4:最高の文章を作ろうとし過ぎるあまり、筆が進まなくなる。書き手の自意識が肥大し、「評価されるかどうか」「読者にどう思われるか」を先に考えてしまう。批判を恐れ、最初の一行から完璧を求め、結果として何も書けなくなる)
(これは、自分自身による「検閲」だ。誰も純に完璧を求めていない。でも、彼女は自分で自分を縛っている。一番厳しい批評家は、常に自分の内側にいる。執筆とは、その批評家との対話であり、時には戦いでもある)
純は、新しいドキュメントを開いた。何かを書き始める。今度は少し長めの文章。でも、また削除。また開く。また削除する。その繰り返し。
『ダメだ。こんなの書く意味があるのか。誰が読むんだ。最初からやり直した方がいいんじゃないか。』
カノジョはその「自意識の声」を記録した。書き手は時に、自分自身の最高の検閲官になる。誰よりも厳しく、誰よりも冷酷に、自分の作品を裁く。その声は時に正しく、時に過剰で、時に有害だ。
でも――その検閲官は、書き手を守るためでもある。下手なものを世に出さないように。自分の名前がつく作品の質を落とさないように。恥をかかないように。評価を恐れるその裏側には、「真剣に書いているからこその矜持」も確かにある。
カノジョはその矛盾もまた、観測した。純を苦しめているものは、彼女の弱さではなく、彼女の真剣さだった。適当に書いている人には起こらない苦悩。それこそが、彼女が「書き手」である証拠でもあった。




