スキル:複製創造〈デュプリケート〉
白は、静寂そのものだった。
音も、風も、時間さえも意味を失った空間に、ひとつの魂が浮かんでいる。まだ形を持たず、名前もなく、ただ「次」を待つ存在。
その前に、我は立つ。
玉座に腰掛け、背後には星々がゆっくりと巡る。
威厳は必要だ。これは仕事なのだから。
「我は問う」
声は空間そのものを震わせる。
「汝、次の生で――何を望む?」
魂は一瞬たじろぐ。
多くは即答する。力、名声、復讐、愛。
だがこの魂は、少し考えた。
「……失わない力が、欲しいです」
ほう。
「戦って勝つ力じゃなくていい。
誰かから奪わなくても、生きていける力が」
慎重な願いだ。
臆病とも言えるし、賢いとも言える。
「“作る”ことは、好きか?」
魂は小さく頷いた。
「壊れるのが、嫌なんです。
だから……同じものを、また作れたらって」
なるほど。
我は、記録をめくる。
候補はいくつもある。生産、錬金、創造、付与。
だが、今回は――これだ。
「与えよう」
宣告とともに、概念が収束する。
「複製創造〈デュプリケート〉
汝が触れ、理解した“物”を複製する能力だ。
素材、構造、精度は、汝の理解次第」
魂が息を呑むのがわかる。
「無からは生まれぬ。
知らぬものは複製できぬ。
そして――世界は、等価を好む」
最後の一文は、あえて曖昧にした。
いつもそうだ。
説明書付きの力など、神は与えない。
「選んだのは、汝だ」
光が、魂を包む。
落下。転生。新たな世界へ。
我はそれを見送り、椅子に深く腰を沈めた。
「さて……」
湯気の立つ杯を手に取り、独り言のように呟く。
「複製か。
慎ましく使えば恵み。
欲を出せば、世界が歪む」
過去にも見た。
市場を壊した者。
戦争を生んだ者。
自分自身を複製し、消えた者。
だが、今回の魂は――少し違う。
「どう転ぶかは……本人次第、か」
我は、観測を開始した。
少年は、小さな村で目を覚ました。
名を、リオと名付けられた。
山と畑に囲まれた、ごくありふれた農村だ。
特別な運命も、使命もない。
少なくとも、最初は。
◆
能力に気づいたのは、三日目だった。
農具小屋で、壊れた鎌を手に取ったとき。
柄の割れ、刃の欠け、重さ。
何気なく眺めていた視界に、理解が走った。
――作れる。
そう思った瞬間、手の中に“もう一本”があった。
「……え?」
床に、同じ鎌が二本。
重さも、欠け具合も、完全に同一。
新品ではない。“今の鎌”そのものだ。
恐る恐る、もう一度。
三本。四本。
リオは息を呑み、慌てて複製を止めた。
「……これ、売ったら怒られるやつだ」
判断は、正しかった。
◆
彼は、慎重だった。
複製するのは、自分用の道具だけ。
鍬、桶、布切れ、食器。
理解できるものしか複製できないことも、すぐに察した。
装飾の多い魔道具は失敗するし、知らない金属は再現できない。
――便利だけど、万能じゃない。
それが、彼を抑制した。
村人たちは、彼を「手先の器用な若者」としか見ていない。
「リオ、鍬が壊れちまってな」
「少し待ってください。直します」
“直す”という名目で、複製した鍬を渡す。
元の鍬は、分解して理解する。
世界は、何も壊れない。
◆
だが、変化は静かに広がる。
道具の不足が減り、畑仕事が早くなる。
修繕の待ち時間がなくなり、村に余裕が生まれる。
「最近、暮らしやすくなったな」
誰かがそう言い、誰も理由を深く考えない。
◆
観測の間。
我は椅子を揺らしながら、鏡を眺めていた。
「ほう……」
杯を傾ける。
「欲を出さぬか。
いや、出せぬのではないな。
“出さぬことを選んでいる”」
複製創造は、扱いを誤れば災厄だ。
だが、彼は理解の範囲で止めている。
「これは……長生きするタイプだ」
独りごち、記録に小さく印をつけた。
だが。
世界は、いつも人の分別に合わせてはくれない。
リオが触れてしまう“次の物”が、
彼の人生を、静かに歪め始める。
まだ、誰も気づいていなかった。
きっかけは、偶然だった。
山道で倒れていた男。
血に染まった外套、荒い呼吸、腰に帯びた剣。
「……頼む……水を……」
冒険者だった。
リオは水を与え、村まで背負って運んだ。
村長は顔を曇らせる。
「魔物討伐の帰りだろう。
この辺りに巣ができたのかもしれん」
◆
冒険者は三日後に目を覚ました。
「命拾いしたな……礼をしたいが、今は金がない」
そう言って、腰の剣を差し出した。
「せめて、これを」
剣は古いが、刃紋が美しかった。
握った瞬間、リオは理解してしまう。
――作れる。
農具とは、違う。
金属の密度、重心、魔力の流れ。
だが、“わかってしまった”。
◆
夜。
誰もいない納屋で、リオは剣を見つめていた。
「……一本だけだ」
言い訳のように呟く。
複製。
音もなく、剣が二振りになる。
魔力を帯びた刃。
切れ味も、重さも、完全に同じ。
――売れる。
その考えが、初めて浮かんだ。
◆
翌週、街の鍛冶屋に持ち込む。
「……ほう。これは、いい剣だ」
銀貨が、想像以上に積まれた。
村に戻ると、誰も疑わない。
「運が良かったな」と笑う。
◆
だが、二本目。三本目。
同じ剣が、別の街にも流れた。
やがて、噂が立つ。
「最近、同じ銘の剣がやたら出回ってるぞ」
◆
市場が、歪み始めた。
武器の値が下がり、鍛冶屋が困る。
安価な剣を持った者が増え、争いが増える。
剣は、人を強くする。
そして、争いも複製する。
◆
観測の間。
我は、ため息をついた。
「……やってしまったな」
杯を置き、記録に線を引く。
「複製とはな、
物を増やす力ではない」
鏡の向こうで、街の喧騒が広がっていく。
「価値を壊す力だ」
リオは、まだ気づいていない。
自分が複製したのは、
剣だけではないということに。
――欲と、争いを。
歯車は、もう戻らない。
街は、燃えていた。
夜明け前の薄暗さの中、叫び声と金属音が交錯する。
同じ剣。
同じ刃。
同じ力。
安く、強く、誰でも持てる武器。
それが溢れた結果だった。
◆
最初は盗賊だった。
次に傭兵。
やがて民兵、農民、子どもまでも。
「守るためだ」
「奪われないためだ」
理由は様々だが、行き着く先は同じ。
斬る者と、斬られる者。
◆
リオは、自分の家の裏でその光景を見ていた。
血に染まった道。
崩れた店。
倒れた鍛冶屋。
――剣を最初に評価してくれた男だった。
「……違う……」
震える手で、剣を見る。
「俺は、助けたかっただけだ……」
複製。
剣が増える。
だが、増えた剣は誰の手にも渡らない。
渡せば、また争いが増える。
◆
気づいたときには、遅すぎた。
剣を作らねば生き残れない世界。
剣を持たねば、殺される世界。
誰かが始めたのではない。
“便利”が、そうしたのだ。
◆
観測の間。
我は椅子に深く腰掛け、脚を組んだ。
「……まあ、こうなる」
向かいの同僚がコーヒーを啜る。
「量産型の悲劇、ね。
価値が崩れたら、次は命が安くなる」
「人はな、
足りぬものではなく、
余りすぎたものでも争う」
我は鏡を一瞥する。
リオは、剣を地面に埋めていた。
複製できぬよう、見えぬ場所へ。
その顔は、もう少年ではなかった。
◆
「……彼、失敗ですか?」
「いや」
我は首を振る。
「学んだ。
それだけで、転生としては上等だ」
同僚が笑う。
「世界は?」
「少し荒れた。
だが、いずれ落ち着く」
人は、失敗からしか
“適量”を覚えられぬ。
◆
我は立ち上がり、次の鏡へ歩く。
「さて……次だ」
書架から、新しい記録を引き抜く。
「我は問う。
汝、次の生で——何を望む?」
今日もまた、
転生者を眺める仕事が始まる。
それが我の役目であり、
ささやかな趣味なのだから。




