最終話
誤字報告ありがとうございます。
そこに現れたのは、旅装姿の法衣を着た大神官が朗らかな笑顔で立っていた。
「ほっほっほっ、小さな子どもじゃあるまいにそこら辺でやめなされ、殿下」
「……く……じ……大神官殿………」
「………!!大神官様っ」
サラは今生ではもう会えないと思っていた大神官に会うことができ、思わずその小さくなった身体を抱きしめた。
「ほっほっほっ、サラは相変わらずじゃのう。コームでは駄目か?」
「いえ、いえ、だってまさかお会いできるなんて……。地方へ行かれたと聞いて、私………、もう戻ってこれないと思い込んでました」
「勝手に殺さんでくれ。無事に帰ってきたし、悪さする奴らは綺麗にしてきたわ」
好好爺風の優しい顔は、長年の神殿の勤めで深い皺が刻まれており、腰も曲がり杖がないと足も思うように動かなくなっていた。そのため、今回の地方への巡礼は大神官の死地への旅立ちと若手からは言われ、中堅からは自業自得と言われていたが、彼は地方で寿命を迎えることなく元気な姿で帰ってきた。
「あちらでの武勇伝を聞きたいのですが、まだ神殿へは戻られては居ないのですか?」
「まずはこちらの拗れを直さんと枕を高うして寝れんからのう」
サラの言う通り、大神官の身につけている衣服は旅装束で少し薄汚れていた。お供の神官達は疲れ切っている様子があり、何人かは既に神殿へ報告と荷物を運びに戻っているところだった。
「ここに来る前になんか素行の悪い奴をみかけてのう。一緒に連れてきたんじゃ。ほら、前に出なさい」
そう言って後ろから出てきたのは、王太子だった。
「……ローラン」
「………叔父上……」
「お前一人なのか、何やってるんだ?護衛はどうした!?」
「……オレールがいる」
大神官の供に紛れて従者姿のオレールの姿が見えた。後は顔見知りの近衛の姿も何人か紛れていた。
「ローラン、お前自分の立場わかっているのか?勝手に城下へ出るなと何度言えばいいんだ。何かあったらどうするんだ!?」
「叔父上、私は王にはなれない……。叔父上が継いで欲しい……」
「ローラン、何を言ってるんだ。国王陛下はお前を正式に後継者として内々にはお披露目をして……」
「それじゃあ、だめなんだ!!」
ローラン、王太子の話はこうだ。
貴族の派閥は幾つかに分かれてはいるが、後継者争いに関しては、本人達の意向は全く汲まれずに、王子派と王弟派に分かれていた。本人達はそれに関しては我関せずと仲良く過ごしていた。ただ、成長するに連れ王子派の貴族達の素行が悪くなってきた。
内々に王の後継者として決まったあたりから、どこからか嗅ぎつけたのか、王子派の貴族達が大きな顔をしてのさばるようになったのだった。王子が何度か注意してもそれは落ち着かず、さらには王子に直接王弟の暗殺を持ちかける日々だった。これにはさすがの王子もうんざりし、適当にあしらいながらもどうしたら良いのか頭を悩ませていた。
そこにちょうど王弟や聖女見習い達と魔法の勉強をしていた時に、『呪いと呪いの取説』という初心者向けの本を読んでいた時に思いついたのだった。
『みんなが王弟のことを忘れればいいんじゃないか!?』
そこまで聞いていたコームやサラ、大神官にオーバン達は頭を抱えそうになった。
コームは努力、研究肌に対し、ローランはいわゆる天才肌だった。政務は確かに右に出る者もいない処理能力を発揮し、文武両道、指導力もある。ただ考え方が、凡人とは少し違うのか、たまに的外れで暴走しがちだった。そこをうまくコントロールしていたのが、コームであり、実父である国王だった。
そうして王太子は、『呪い』を完成させた。
『呪い』は思った以上に効力をあげた。そのおかげで暗殺の危険性は大幅にさがった。ただ、そのせいで王弟は城を出ることとなり、オーバンが合流するまでは一人で過ごすしかなかった。区切りのいいところで解呪をしたかったが、魔力抵抗値の高い貴族達がまだ王弟の暗殺を諦めておらず、最後の手段として自分諸共、国王と次代の王弟の御世のため、薄汚い膿を出し切ってしまいたいと考えていたところだった。
「オレールに灰色の聖女を叔父上のところにやり、派手な方のサラを聖女傀儡としようとしたんだ……」
知っての通りうまくはいかなかったが、と小声で続いた。結果はどうあれ、途中までは彼の思う通りに動いてはいた。だが暗殺を唆した貴族の一部が暴走し、聖女見習いを巻き込んだのだった。それが黄金のサラが発現させてしまった『病魔の雫』だった。
彼らは王太子が玉座に着くことで利権を得ようと画策し、王弟の暗殺と聖女による城下町の混乱を計画、実行しようとしていた。ただ、それは王太子本人が彼らを捕縛することで潰えてしまった。
「ローラン、僕は王の器にはなれない。それは僕自身がよく知っている。お前みたいな指導力や決断力もない。責任感もない。近くにいる自分の大切な者だけ守りたいんだ。兄上……、国王陛下もそれは存じ上げていて、お前が父親似で良かったと陛下と祝杯をあげたこともあった」
「叔父上、近くにいる者を守れてこその……!!」
「ローラン、僕は守る為に国を捨てる事を選択してしまう。お前は違うだろう?」
「…………っ!!………それしか方法がなければ……」
「お前はどうしたって支配者の器なんだ。国のために自分を犠牲にできるし、民のためなら何だってやれるはずだ。ただ、僕は違う。それだけだ。だからお前は兄と同じように良い王になれる。僕が保証する」
王太子は、然程歳の離れていない叔父の王弟を慕っていた。忙しい父親に構ってもらえない代わりに、王弟によく遊んでもらい、構ってもらい、叱られていた。王弟から道徳や倫理観を学んだとも言える。だから自分の兄であり、師でもあり、叔父のコームは王太子にとっては、尊敬すべき偉大な肉親だった。
「だから呪いを解いてくれ」
とりあえず厄介なこの呪いをどうにかしたかった。呪いをかけた本人ならば解く方法も知っているはずと思い、頼んでみるが何故か目を逸らされてしまう。
「ローラン?……まさか、お前……」
「ごめん、叔父上。……わからないんだ………」
「お前はなんでそう後先考えずに……っ」
「いや、叔父上なら何とかなるだろうと……」
「僕はお前とは違うんだ!魔法研究が好きなただの人間だ!!何とかならないんだぞ!」
「あ、あー……、あ、サ、サラ!サラは?どう?」
いきなり話を振られたサラは、慌てて出来ない事を伝えた。
「で、殿下!私は病気なら治せます!だいたい……。ですが呪いは専門外でして……」
サラは特殊な魔法効果で、病気を払うことができる。しかし、呪いの解呪になると、解呪師や火または聖、穢の魔法の得意分野となる。解呪師や聖、穢の魔法は数が少なく、火の魔法は高位でないと通用しない為これもまた数が少ない。
「ほっほっほ、では儂が解いてみせよう」
持っていた錫杖を地面にコツンと打ち鳴らすと、錫杖の先についている魔法石の光があたりを照らす。そしてコームとローラン、城の上空から光の羽がふわり、ふわりと落ちて染みていく。
「解呪の魔法じゃ。よく見ておくが良い」
サラはその光の羽がとても美しく見え、触れたくて手を伸ばそうとすると、大神官より静止の声がかかる。
「サラは触れてはならん。サラの魔法も神からの呪いのようなものじゃ。触れると失うてしなう。その能力は失のうには惜しいからのう」
カラカラと笑う大神官。サラはそう言われると触れるわけにはいかず、手を引っ込めた。
「王太子殿下の呪いは優しい呪いじゃな」
大神官は誰に聞かせるまでもなく呟く。
「ただ、悪用されるととんでもなく恐ろしい呪いともなる。今後は使用禁止じゃな」
「……はい」
「陛下からも処罰を受けねばならぬな」
「………はい」
「さて、老骨は些か疲れた。ひとまず皆、帰るとしよう」
こうして幕はひかれたのだった。
***
数日が過ぎ。
まずサラは聖女へと返り咲いた。
黄金のサラが灰色のサラへの嫉妬から、評判の良くない王太子派の貴族の甘言にのせられ国を一時的にではあるが、混乱へと陥れたことは看過できないことであった。そのため家の降爵、領地の一部没収、王命による当主交代、黄金のサラは修道院へ行くこととなった。
そして王太子は、自身の支援貴族をコントロールできなかったことを国王に詰められ、奉仕活動を王弟からの許可がでるまで、無期限で行うように厳命された。さらに私財を慈善事業に投資するようにも言われたのだった。この間通常業務を免除されるということはない、とのお達しでもあった。
コームは呪いが解かれ城へと戻ったが、すぐに兄である国王陛下に王位継承権の返還を願い出た。返還後は、一家臣として神殿にて魔法研究をして国に尽くすとのことであったが、残念なことにその話は保留となっていた。
以上のことをどさくさに紛れて、聖女付きの侍女となったゾエから聞いたのだった。
ちょうど天気も良く神殿の中庭でコームと一緒にお茶をしていた。後ろにゾエとオーバンが控えていた。
「いつも思うんだけど、ゾエから聞く話は一体誰かから聞いてるの?」
「……噂話を少々……」
「……そうなの………」
何か腑に落ちないけれども、真実を聞いたとしてもサラにはどうしようもなかった。
「サラは僕から直接話を聞くべきじゃないか?」
「え、あの、そうですね。……コームは仕事はいいんですか?」
「僕はここでローランの監視と魔法研究をしていればいいとなった」
「では王位継承権は……」
「それはまだだ……」
残念そうに呟きテーブルの上の拳に力が入る。サラは優しくその拳の上から手を重ねて慰める。
「きっと良いようになりますよ」
「そうだな。まずはサラと婚約できたし、それで良しとしよう」
優しく見つめられ微笑まれると、サラは思わず頬が熱くなり顔中が赤くなっているという自覚で一杯になっていた。だから話題を変える事にした。
「サロン夕顔の皆も元気そうですね」
「ああ、そういえば次は三日後にくる予定だったな」
サラは、時々情報の吸い上げに登城した女将とお茶を飲んだり、世間話をしたりすることもあった。その時にはゾエ以外にも、サラの侍女として元娼婦達が働いていた。
病気になり仕事が続けられなくなった女性達に、次の仕事を見つけたり、サラの侍女として働かないかと声をかけることもあり、サラの周りには顔馴染みが増えてきていた。女将が来た時には、彼女達にも声をかけて一緒にお茶をするのが最近のサラの楽しみでもあった。
「僕はサラとの時間が減るからほどほどにしてほしいんだがな」
「……善処します」
話を逸らしたつもりが、何故か戻ってきてしまったので、またすぐに顔から熱が出てきてしまう。
「ん、サラ。顔が赤いな?熱か?」
「ひっ……んむっ」
そう言って顔を近づけてきて、唇に口付けを落としていく。最近では慣らさないとといい、舌まで入れてこようとしていた。
「………こんなんでは初夜ではどうなることやら」
「しょ、しょしょしょ初夜!?」
そこからサラは寝言のようにしょや、しょや、しょや……と言い続けて最後には、無理かもしれませんー!!と叫びながら自室へと籠ってしまった。
その様子を楽しそうに見つめるコームの瞳は優しかった。
「優しい呪いか」
大神官の言っていたことは、妙に言い得ていた。
呪いは確かに城を出ないとどうしようもないものだったが、それがなければ恐らくサラとも今のような関係性にはなっていなかったかもしれなかった。そう考えると、ローランには感謝しかなかった。
「少し奉仕活動を短くするか」
そう言って席をたち、必要な書類を作りに行ったのだった。
お告げの聖女はその身に宿った力を使い、城下に降り注いだ災いを払い、自身が聖女である事を身をもって証明した。だから今では『役立たず』という者は誰一人としていなくなっていた。そして優しい呪いは、一人の王族を呪う恐ろしい物ではあったが、そのおかげで彼は生涯に渡り聖女を優しく優しく愛し抜いたという。
読んでくれてありがとうございます。
何か回収しきれてませんが、とりあえずの最後です。




