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名前はコレー

 春を告げる渡り鳥の声。

 まだ寒いが、あと数日で成人式が行われる。

 十五になった若者が大きな街に行き、そこで神官から祝福を受けるのだ。


 今世での親が誰かは知らない。たまたま道端で伏せていたら、村長が引き取ってくれ、年齢がわからないため、だいたいで歳を決められた。

 拾われた時、私に名はなかったが、どうしても呼んで欲しい名があった。

 コレー、それを自分の名前にしてもらった。

 そんな私も今年で十五歳になる。


「コレー、街までは他の子達と一緒に行くのじゃぞ」

「うん! わかってる」


 街までは、村長が村の子どものために呼んだ相乗りの幌馬車に乗って行く。

 だが、成人式を受けてからは別行動をするつもりだ。皆んなは村に戻るが、私は旅に出ることにした。


「辛くなったら、戻ってきてええからのう。儂が生きとる間なら、何とかしてやっから」


 そう言う村長にありがとうと残し、幌馬車に乗った。馬車の中には同年代の子ども達が乗っている。数が多いことから、この村だけではなく、隣村の子ども達もいることがわかる。


 タリスに殺されたから百数十年経った。そして、ある日突然甦った。

 そこまではいつも通り。だが、今世で魔物が寄ってきたことはない。

 それもそのはず、巫女やエナ、あと湖にいた魔物の言葉通りなら、私の魂は人間と等しい。いつどこで、と思わないわけでもないが、大体は推察できる。


 いくら勇者でも、魔王の死霊術を受けて全く魂が汚れなかったのはおかしい。それに、勇者を蘇らせる時までは魔王様と慕ってきていた魔物が、その後一気になりを潜めた。ただ、裏切り者が嫌で出てこないのかと思っていたが、勇者を蘇らせたことで魂に光が戻ったのだとしたら?

 エナは私が勇者を助けたあの時から、魔王の資格を失ったと言っていた。それが文字通り、魔王ならあり得ない魂の光が見えたのだとしたら?


 荒唐無稽な話だ。だが、そうとしか考えられない。


「今世は人間かあ」

「何か言ったか?」

「ううん」


 近くに座っていた男の子が、独り言に反応して声をかけてきた。それに生返事をして外の景色を眺めた。

 長閑な田舎道を酷くゆったりとした速度で進んでいる。街に着くのはいつになるのだろう。





 村を出てから三日後に着いた街で神官の話を聞き、成人を迎えた。そのあと、村の子ども達に別れを告げ、旅に出た。

 この旅には、実は目的がある。

 それは過去、タリスと共に過ごし、滅ぼした村に行くこと。

 小さな村だった。それに住人は一片も残さず殺したのだから、あそこにもう人は住んでいまい。

 地図にも載っていないだろうし、かなり昔のことだから誰の口にも上らないだろう。


 それでも、私がしてきた過ちを見るために必要だと思えた。

 あの頃は、そうするのが最善だと信じていた。そうするしかなかった。

 だが、もっと違った道があったのではと、今になって思ってしまう。


 馬鹿馬鹿しいことだ。過去は変えられないのに、ましてや百年以上前のことなど、私以外に誰が覚えているというのか。


 それでも歩き続けた。

 そうして一年と半年が過ぎた頃、荒野に立つ山が見えた。それを見た時、何故かわからないが、ここがあの村だと確信した。


 昔、田んぼや畑があったところは、風が運んできた砂に埋まり、その面影を残していない。


 山の近くまで歩くと、そこに一人の男がいた。多分、私より少し年上の男だ。

 その男の魂を見た時、彼がタリスなのだとわかった。

 輝かしいばかりの光にわずかな瑕疵。あの日、目に焼き付けた魂と全く同じ光を持っている。


 何て声をかけるべきか。いや、それよりも何故、彼はここにいるのだろう。

 もしかして、私と同じように彼も記憶を?


「こんなところに人が……、珍しい。はじめまして俺はジョエル。山の裏にある小さな村に住んでいる者だ。君は?」


 声をかけるのを躊躇っていると、男が私に気付いたようで声をかけてきた。

 彼は人好きのする笑みを浮かべている。憂いのない幸せそうな表情だ。


 一瞬、私と同じように前世の記憶があるのかと思ったが、違ったようだ。

 私も随分と突拍子もない考えをするようになったものだ。

 自分の考えに思わず失笑すると、怪訝な顔をされた。


「すまない。ジョエルのことを笑ったんじゃないよ。それで、私のことだよね?」


 ――私の名前はコレー。よろしくジョエル(タリス)


 叶うのなら、今世では共に生きていきたい。隣で歩んでいきたい。

 もう勇者と魔王ではなく、只人同士になったのだから。

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