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10.地理:砂場に遊ぶ ①


 いよいよケーススタディも最後の一節となりました。

 

 この節では、これまで作り上げてきた五つの要素を載せるための、究極の土台の作り方について語ります。


 それは地理。

 言いかえれば地形、あるいは世界そのものです。


 ケーススタディは世界設定の趣旨に沿って、小から大へ、細部から大枠へと解説してきました。その取りを飾る「地理」はまさに異世界の大枠であり、疑いようもなく最大の要素です。


 私は何度も作者を「神」に例えてきましたが、では神にとって地理を作る作業とは?


 もちろん天地創造ですね。

 地と天を分け、天を持ち上げ、光あれと願う。


 でも作者にとっての天地創造は、そんなにご大層な代物ではありません。


 余計な力みは捨てて、ちょっと子供の頃に戻りましょう。

 砂場でスコップとバケツを持って遊んだ感覚を思い出して。山や谷、海や川を、砂にではなく文字に刻んでみましょう。


 物語のための少し知的な砂遊び。それが作者にとっての天地創造、地理設定です。


 ではいつものように、十の問いに参りましょう。



 ***



Q91.

 そもそも地理とは?


A:

 大ざっぱに言うと地形と、それによりもたらされる状態の総称が「地理」です。


 わかりやすくするために、例によって例のごとく例を引きましょう。


 あなたが大巨人となって、差し渡しが百キロメートルほどある砂場にいると思ってください。砂場には人間たちも住んでいます。

 さて、あなたはふと思い立ち、砂場の真ん中に大峡谷を掘って水を流し込みました。タンガニーカ湖もびっくりの深くて大きな湖の誕生です。


 これにより人間たちは移動に大きな制限を受ける事になります。

 水底に足は付きませんし、泳いで渡るにも幅が広すぎる。

 湖に隔てられた人間たちが互いに行き来するためには、砂場の端まで迂回するか船を作るしかありません。

 人間の中には隣町との交流を諦める人たちも出てきました。


 これが「地理」です。


 つまり「地形」があるというだけでなく、それによって人間の行動、その「理屈」が変化することを、まとめて地理と呼ぶわけですね。


 地理を作る面白さは、異世界創造の楽しみの中でも群を抜いています。


 さっきの例を続けるなら、大きな湖がある事による変化を考えてみましょうか。


 湖(作者にとっては砂場の水たまりですね)に、アメンボが降りたとしましょう。人間はそれを飼い慣らし、船よりも速い移動手段を得るかもしれません。

 あるいは架橋技術を猛発達させ、明石海峡大橋も真っ青な割り箸大橋を作るかも。

 はたまた交流を諦め、湖を天然の濠として左右で別の国を作る事もあるでしょう。そうなればアメンボに乗った騎士同士の打ち合いが楽しそうですね。


 元はといえば砂場の水たまり一つです。

 ですが、それがあるとないとでは、その上に暮らす人々の有り様がガラリと変わってしまうのがお分かりいただけたと思います。



 ***



Q92.

 地理設定の意味は? なぜ最後に回したのか?


A:

 設定する意味を知ってもらうために、今までの問いと繋げて考えてみましょう。

 

 経済は「本位物」により始まります。

 それが麦なら育つ土地が、金なら鉱脈が必要です。


 技術は「自然に対抗」します。

 湖があるなら船を造り、道が悪ければ直そうとします。


 文明は「暮らし」でしたね。

 大きな水場があるなら魚は重要なタンパク源です。牧畜よりも漁業が発展するでしょう。


 文化は「精神」ですね。

 隔たった相手とは意見や風俗が食い違う事もあるでしょう。

 ですが湖を通じて結びつけば、周りにいる誰もが同じような考えを持つかもしれません。


 歴史は「因果」です。

 隔てられた事で融和に努力するのか、あるいは衝突の理由にするのか、それはまだ誰も知りません。


 この通り、これまでのケーススタディの全てが「地理」を大きな要因として必要としています。

 突き詰めれば地理無くして異世界は成り立ちません。

 説得力の一番大きな、そして端的な表現とは「そこに山が(あるいは海が)あるから」なのです。


 ではなぜ「地理」を後回しにするのか。最重要なら先に設定するはずでは?


 いいえ、そんな事をすると大変です。

 なぜならストーリーに対する地理の束縛力は、これもまた群を抜いているのですから。


 金が流通しているのに鉱脈がない。

 飛行機械が発達したのに平地ばかり。

 小麦とサトウキビが同じ土地で採れる。

 数百キロ隔たった場所にまったく同じ言語と風土が。

 山や海に歴史的な謂われや、因果の要因が何もない。


 これら全てが説得力を欠いた状態です。

 でも物語の要請次第では、どれもこれもあり得る話なのですよ。もし先に地理を設定していたとしたら……どこでつじつまを合わせます?

 海が狭ければ、山が低ければ、平地が砂漠なら。いくらでも打つ手はあったのに、たかだか最初の思いつき一つで選択肢を狭めてしまう事が、果たして物語にとって、そして読者にとって有益な事でしょうか。

 

 くり返しになりますが、細部から作るのは物語としての発想を優先するためです。

 せっかく面白い展開を考えついたのに「そこに山が(あるいは海が)あるから」断念してしまったのでは、これは説得力の横暴。空想を箍に嵌める行為と言えましょう。


 だから地理はあくまでもゴールキーパーとして控え、他の全ての要素から生じた矛盾を抱き留めてくれる「大きな余白」となる必要があるのです。

 物語もその他の設定もある程度固まって、あるべきではない地形が絞られてから着手するべきではないでしょうか。



 ***



Q93.

 最も重要なのはどの地形か?


A:

 ここから地理の作り方について考えていきます。


 地理の基本はもちろん「地形」です。

 中学高校の地理の授業でも、やたらめったら「地形」を憶えさせられましたよね。河岸段丘に三角州、リアス式海岸に扇状地……いやぁ懐かしい。


 そんな詳しい事はともかく、地理設定で押さえるべき地形は大きく分けて

 川、平野、山、海、荒野(砂漠)の五種類だけです。

 詳しい地形はディティールの受け持ちで、それは基本の五種を作ったあとから付け加える事ができますから。


 ではその中で特に重要な地形とは?

 それは川です。それも小川ではなく大河です。


 なぜ大河なのか。人類の歴史をたどってみれば答えが見つかります。

 四大文明といわれる古く大きな文化圏の名前には、おおむね大河が関係しています。黄河、インダスは言うに及ばず、メソポタミアは「川の間の土地」という意味ですし、エジプトの古名ケムトはナイル川による黒土の氾濫源がその由来です。


 なんで大河の近くで揃いも揃って、一足お先に文明が誕生したのか。

 それは農業と交通に関係があります。


 文明の節で、文明を支える供給には持続性が必要だとお話ししました。

 農地というのは使えば使うほど痩せます。地中の栄養を植物を使って吸い上げているわけですからね。

 持続させるために現代では肥料を使いますが、古い農業では別の方法で土地を再生させていました。


 川の出番です。

 川は上流から水と一緒に岩に含まれるミネラルや、土となった落ち葉や死骸などの有機物を運んできます。これらを溶かし込んだ泥水は実に栄養豊富な生命のスープ、まさに天然の肥料と言えます。

 この泥水を灌漑したり、あるいは雨期に溢れた水が流れ込むことで、下流の農地はいくら使っても痩せない「魔法の農地」と化し、文明の持続と拡大に不可欠な要素となりました。


 そして交通にも川は一役買います。

 日本の川は流れが速いので実感が湧きにくいですが、大河というものはそこまで流速が速くありません。手こぎボートでも流れに逆らえますし、帆船があれば上るも下るも自由自在です。

 そして古代の船+大河というのは、現代のトラック+高速道路に匹敵する利便性を備えています。

 徒歩よりも圧倒的に速く、昼夜の別なく移動でき、浮力の助けがあれば人間数百人分の荷物を一度に運べるわけですからね。


 大河があれば常に食料供給は充分。物品や情報、軍隊すらもあっという間に移動できます。

 それはもう、文明も発展しようってもんです。

 ある程度の農業と航行の技術を手に入れた集団なら、大河の流域で圧倒的優位に立てたでしょう。


 ですから大河こそは最も重要な地形なのです。

 大きな文明圏には絶対にあると思ってください。時代や文明レベルは関係ありません。かつての文明の中心は、後世でも大きな役割を果たします。




 ***



Q94.

 具体的な川の引き方は?


A:

 前問を引き継ぎ、ここでは具体的な川のディティール作りと、地理における注意点をお話ししましょう。


 川といえばコンクリート護岸の現代ではあまり意識できませんが、本来川というのは位置がはっきりとはしません。

 というのも、川は最初からピッタリそこを流れているものではないからです。


 砂場の例を出しましょう。

 砂場に適当な傾斜を用意し、そこにバケツで水を流します。すると最初は水がダバッと一面にひろがり、そこから低い場所に集まって水の筋を作ります。


 実際の川も似たようなもので、高いところから流れ落ちる水が低い場所へと集中して川を作り出します。

 水の流れは長い目で見ると地形を削り取ってしまうので、ある一時期に川岸であった場所もいずれは削られてゆき、そのつど川の流れは変わります。


 大河というのは流れが緩やかだとお話ししましたね。

 水が地形を削る力は流速におおむね比例しますので、緩すぎる流れは川底を深く削る事ができません。だから水深が浅くなります。

 これにより水位が川幅に直結します。

 コップと平皿で考えてみましょう。コップに水を差しても水面の面積は変わりませんが、平皿の水面は拡大します。

 大河の川幅は水量によって大きく変わり、ナイル川などではこの差を利用して「魔法の農地」を手に入れていました。

 農地は雨期にはナイル川の一部になるのです。


 川の性質にもよりますが、おおむね川とは「このぐらいの幅で、この辺りを流れている」程度のアバウトなものです。

 それを設定として活かしたい場合、以下の三点に注目してみましょう。



・カーブ

 自然地形における川は曲がっている方が普通です。

 川の曲がり方と流速は関係しており、流れが遅い川ほどカーブしがちで、そして曲がるほどに流れは遅くなります。


 なぜ曲がると遅くなるかはベクトルの話になるので、単純に勢いで考えましょう。

 車がカーブを曲がる時には曲がれる速度まで減速しますよね? あれはカーブの外へ向かう勢いを殺さないとカーブからはみ出してしまうからです。

 水も同じで、岸にぶつかって流れる方向が変わると、それまで持ってきた勢いを岸にぶつけてしまい、また重力に引っ張ってゆっくり加速を付けてもらわないといけなくなります。

 水と車の違うところは、車なら道路から外に出られませんが、水は川幅を広くできるというところです。


 つまり最初は些細なカーブであったものが、はみ出そうとする水によって徐々に外へと地形が削られ、最終的にとんでもない大回りになる事もあるのです。


 川の曲がる場所では流速が極端に落ちるため、地理における注目ポイントになります。


 まず氾濫しやすい。

 川の水量が増した時、真っ先に溢れ出すのはカーブの部分です。

 付近では頻繁に氾濫が発生し、結果として湿地となってしまう事もあります。

 街を作るにはやや不向きですが、農地として活用するならこれは大きな利点です。天然の「魔法の農地」ですからね。


 さらに流れの遅さは船着き場として理想的です。

 船を川に係留するなら、流れが遅いほど楽なのは感覚的にわかりますよね。

 港を建設するにも流れが遅い方が楽です。


 以上を踏まえると、大カーブの周辺に集落や街があることが予測できます。

 周辺には「魔法の農地」と「天然の良港」があるわけですから、住み着かない道理がありません。

 実際に多くの内陸都市、ロンドン、パリ、ウィーン、ローマ、テーベ、西安、福島や岐阜などがこの条件に沿って建設されています。

 唯一の泣き所である氾濫には、堤を作ったり、冠水しない高台に家を密集させたりなどして対抗できます。


 川を作るならカーブは必須です。

 そして大きくカーブしているなら、人が定住する可能性が高く、ひっくり返せば内陸の都市には曲がった川が付き物だと言えるでしょう。



・平野を伴う

 川と来れば欠かせない地形が平野です。

 そのでき方にはいくつか分類がありますが、大別すると積もったか削られたかのどちらかになります。


 積もった平野は、前出の曲がった川に深く関係しています。

 流れが速い川は地形を削ります。

 でも削りカスは流れが遅くなるとそこに溜まり始め、やがて積もるスピードが勝るようになると、川底を埋めてどんどん浅くしていきます。

 こうなると、浅くなる→もっと流れが緩くなる→もっと浅くなる、のくり返しが起き、いつの間にか川底が埋まってしまい、川は方向を変えます。


 川が何度も流れを変えていくと、かつてのちょっとしたカーブの周りにいつしか砂と土に覆われた平地が誕生します。

 こうしてできた平地は栄養を豊富に含んで肥沃になります。

 また昔の川の名残として池や小川が点在するため、農業にかなり適した環境になります。


 このように川によって積もってできた平野は内陸だけには留まりません。

 河口の平野もでき方としては一緒です。

 川が海に接すると流れる力は弱まりますから、やっぱり土砂が堆積します。

 積もった土砂の大半は波の力で沖合に運ばれていくため、もとの海が遠浅だったり、うまい具合に積もった土や珊瑚礁が防波堤になったり、定期的な台風の襲来といった副次的な要因が必要になりますね。


 そのどちらにしても、こうした平野は人類の定着しやすい地形です。

 都市や村落の多くは急斜面よりも平野で発達し、農業の発展にも貢献します。


 削られてできた平野は多くありませんが、地理的に見れば非常に重要な意味を持ちます。

 削り方は色々とありますが、かつて積もった平野で川の流れが安定し、柔らかい地盤を段階的に浸食していった結果、そこだけくぼんだ平野が形成される事があります。

 地学の授業でおなじみの河岸段丘などが、こういった平野の境に見られます。


 こういった地形が地理に与える影響は、主に軍事や衝突といった方向で強くなります。削られた斜面は切り立っている事が多く、上から見れば「自然の城壁」として機能するからです。

 他方、上に住むのにはちょっと適していません。川が下にあるため、水の確保を工夫する必要があります。


 ヨーロッパの川沿いの街などが、こういう削った平野の典型的なイメージに近いですね。街は川沿いにあり、崖の上に城や砦か築かれているあれです。

 ヨーロッパは長く戦国時代を経験していますので、川による恵みと同時に川から襲ってくる敵への警戒が欠かせませんでした。

 農業に多少不便だろうが、川の近くで高所を押さえられる地形の方が好まれたわけです。



・合流・分散

 わりとファンタジーの川で見過ごされがちな特徴に、合流と分散があります。


 そもそも川のスタートは合流です。

 上流の山間部に降った雨や雪や湧水が何百という小川を作り、それがどんどん合流して川になり、それが合流すれば大河です。

 琵琶湖やナイル川のように一旦湖水として合流してから流れ出す例もありますが、だいたいの川は元をたどれば小川の集合体です。


 そうそう、ナイル川ですが、実は二つの大河が合流した姿なのです。

 上流では西の白ナイルと東の青ナイルという二本の川に別れ、白ナイルはビクトリア湖、青ナイルはタナ湖という別々の源を持っています。


 この合流について、特に大河同士の合流については、地理の上で非常に大きな意味があります。文化圏における大河が交通の要である事を思い出してください。

 二本の大河それぞれを頼りにする二つの文化圏、さらに下流の超大河による文化圏。それらが出会う場所が、川の合流点なのです。


 三つの勢力が平和的に接していた場合、合流地点はおおむね巨大な交易拠点として発展します。情報も物品もここなら楽に取り引きできますし、すぐ近くに港となるカーブした場所があればもうビンゴです。

 西安、パリ、そしてロンドンなんかは最高の立地ですね。

 逆にどれか、あるいは全てが敵対していた場合、合流点は重要な拠点となります。補給も封鎖も楽になりますから、砦なり城なりを築く時には確実に押さえたいポイントです。

 どちらの場合にしても、合流点は大きく発展します。


 軍事にも商事にも転用できる大都市ができる可能性が高く、逆に言えばそういった都市を設定するなら、川の合流点は常に上位の候補として上がります。


 次に分散ですが、ほとんどが海に近い、かつては河口だったような場所で大河は分散し、デルタと呼ばれる三角形の平野を作ります。


 堆積した平野に幾筋もの川が走る地形。

 もういかにも人が住みそうな場所じゃありませんか。


 事実そういった場所は地理的に非常に好まれます。

 「魔法の農地」+「天然の良港」で、海産物にも困らず、複数の川筋という「天然の濠」も備えるわけですから、住むにも守るにも適した最高の土地です。

 それはもう洋の東西を問わず、あちこちでそういう土地に大都市や都が築かれました。江戸、上海、ベネチア、アレクサンドリア、ニューヨークなどなど、上げていったらきりがないくらいですね。


 こういった川の分散点に成立する大都市の多くが、単なる都ではなく物流拠点としての性質を持っています。

 川による交易の次は大海原を使った貿易ですから、川と海とを繋ぐ場所が持つ重要性は川の合流点に劣るものではありません。


 地理における川とは、このように常に重要な都市や拠点と共にあります。

 どうでもいい場所ならともかく、大カーブ、平野、そして結節点という要所は、常に他の設定で要求される説得力を押さえた配置が求められます。


 おすすめとしては、そういった要所のみを押さえ、あとは余白にしてしまうのがいいでしょう。

 どのみち正確な地図を描くわけではないので、必要ない川筋を刻む必要はありません。せいぜい「船便で○○日の距離、△△に難所」ぐらいで充分です。


 逆に要所は、登場人物の目に見える範囲を克明に考えておくべきです。

 港が早瀬にあったら失笑ものですし、何の変哲もない河原が大都市に発展するにはよほどの理由を必要とします。



 ***



 この節はだいぶ長くなるので、ここでちょっと休憩を挟みましょう。

 人々の生活に大いに重要な大河はできましたか?


 次は山や海、そして荒れ地や砂漠などの「人に優しくない」地形に着目していきますよ。


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