漆黒 3
お兄ちゃん、どうして見つからないの? お兄ちゃんも何か悩んでるの?
恐怖や孤独といった呪縛から解かれた美耶は、未だに結界の内に甘んじている兄の本心を気づかう。
『タカシ』は迷っているのかもしれん。
脳の奥のほうから持衰の助言が届いた。
自分の存在がお前に迷惑をかけていることを、『タカシ』は幼いころから知っていた。だから出るに出られないのかもしれん。
子どものころ、兄の学校の書類に、母が自分の名前を『安江』と書きこんでいたのを見て、美耶は首を傾げた。
「どうして嘘の名前を書くの?」
母は笑いながら、
「崇志にとっては、この名前が本当のお母さんなのよ」
と答えた。
「あたしはお母さんのことなんて呼べばいいの?」
と聞くと、
「崇志に合わせてあげて」
と言われた。
お兄ちゃんのためにあたしまで嘘をつかなきゃいけないんだ、となんとなく憤然としたものを覚えた時期だった。
お兄ちゃんは、うちの中では1番大事にされてたじゃない。それが嫌だったっていうの?
食いさがる美耶に、持衰は諭す。
そんな優劣を喜ぶような兄に見えたか?
劣勢の不満に甘んじていた妹は、初めて、優先された兄の心苦しさに思いが及んだ。
……お兄ちゃんは、ずっと平気な顔してたよ……?
裕貴の背を掴んだまま、立ちどまって、胸を抑える美耶。
先刻の胃へのダメージが、体内に浸透し、心臓を締めつけ、呼吸を弱める。
だからあたし、お兄ちゃんは恵まれてるから、あたしのことも構ってくれる余裕があるんだと思ってたの。優しいとこは好きだったけど、でもきっと、あたしがもっとわがままになったら、簡単に見捨てられるんだと思ってたの。だからね……一緒にいてくれる間は嬉しかったけど、いつ嫌われるんだろうって怖かったのもあったの……。
「?どう……」
急に止まった少女を訝しんで手を出した裕貴に、美耶は倒れこむように縋った。
「……交代するね。あたしじゃあ、お兄ちゃんを見つけられないから……」
意味不明なことを囁いて、ぐったりと身を預ける。
慌てて支えた裕貴の腕の中で、いったん、失神したように見えた少女は、でもすぐに目を開いた。
気だるそうに頭を上げ、漆黒の髪を揺らしながら、妙に大人びた風貌を裕貴に向ける。
そして、凛とした声で言い放った。
「荒魂の支配から抜けたお前では、もう結界を破ることは無理だ」
それから持衰は、わけがわからず固まる青年の手から、警棒をひったくった。
『タカシ』は荒魂によってつけられた傷を負っている。その傷と『おれ』が繋がれば、『タカシ』の居所を知ることができる。
覚悟のいい巫女は、ためらいもせずに、力を込めて自らの胸部に凶器の先端を突き入れた。
持衰自身も思わず後悔するほどの苦痛が襲う。
その中で。
だから持衰に任せるのは嫌だったの!
と泣きそうな美耶の声が無謀な巫女を非難した。




