兄の出立 3
晴彦の話は、次に持衰の状態に移った。
「持衰さんの超能力は、持衰さんの中に内包された蛇神さんが起こしてるらしいん。前世の最後に贄として粛清されることになった持衰さんは、蛇神と同化する儀式を受けたんやって。だから、生まれ変わったいまも、半分は神さん、あと半分は神さんの受け皿になる巫女として生きていかないといかん、て言ってた」
「そこに、さらに人間の美耶が同居してるのか。ややこしいな」
妹の中に3つの存在がいると知って、崇志は溜息をついた。
「よくそんな混乱した状態で日常生活が送れたな、あいつ」
ふだんの暮らしでは行動を占有していた美耶が、巫女と蛇神、2つの厄介な人格を抑えつけていた事実に、同情を禁じ得ない。
「蛇神さんは扱いにくい神さんやから。オレの知ってる蛇神さんたちも、みんな、お祀りを欠かすと祟る性格やし。そんな神さんを身の内に持ってたら、気の休まるときがないやろうね……」
少年は持衰に対しても憐憫を口にした。
持衰さんが言うには、と晴彦は続ける。
「蛇神さんは強大な力を持つ神さんとはいえ、やっぱり、信仰の深かった古代よりは、現代のほうがずっと力は衰えてるんや。だから、持衰さんが巫女として蛇神さんを敬うことをしなくなったら、もしかしたら、祟る力自体が弱まって、消えてくれるかもしれん」
内在する蛇神の抑制に苦労している持衰にとって、蛇神が消えることは、喜ばしいこと以外にはありえないだろう。でも、
「それはできんもんな」
と、少年は兄を見あげて苦笑いする。
「蛇神さんの力がなくなってしまったら、崇志兄を助けられんから」
「……」
実母に祟られた自分さえいなければ、持衰は蛇神を手放して楽になれる。
そして、持衰が衰弱から快方すれば、きっと美耶の症状も好転する。
それがわかっていながら、崇志には打てる手がない。自分を蔑ろにできれば、2人を救うことができる。なのに……。
「持衰さんは、本当に崇志兄のことが好きみたい」
晴彦の伝えるとおり、それは、持衰の好意に反してしまう。
「持衰ってのは……」
『タカシ』に『おれ』を好きになってもらうことはできるだろうか……。ドア越しの不安そうな声が思い出されて、兄は、湧きあがる複雑な感情を、再度の溜息とともに吐きだした。
「可愛いやつだなあ……」
「あはは」
笑い声で答える晴彦。
「その調子や。持衰さんのこと考えてたら、実母さんの怨念なんかに負けんやろ? 無事に京都に着いてよ、崇志兄。それが1番の恩返しやと思うし」
からかい口調の中に、少年は真摯な希望を混ぜる。
「おう」
崇志は力強く頷いた。
京都に行けば。崇志自身の進退が安定すれば。
きっと、誰にとっても、ベストの結果が出せるはず。
そう信じる。




