黒い神の正体 2
石積邸のそばに至ったときには、雨は止んでいた。うっすらとかかる靄の中を2つの人影が蠢いている。
「もう、このへんでいいじゃん。めんどいよお」
葉月の嘆く声に重なって、当主の妻の、
「モレヤさんに祟られたらどうする!」
叱責が飛ぶ。
「あの……こんにちは……」
そっと近づいた晴彦は、風雨に削られた素朴な田の神の石像をタオルで丁寧に磨く葉月と老婆に、声をかけた。
「何をやってるんですか?」
聞くと、葉月が、
「あ、晴くん。ねえ聞いてよ。お祖母ちゃんが、この雨の中で、お地蔵様、拭けって言うんだよ」
と盛大に愚痴る。すかさず祖母が、
「田の神さんだわ。お地蔵さんじゃないわ」
と怒った声で訂正した。
老女は、その勢いのまま、晴彦にもタオルを手渡した。
「あんたもやり」
「あ、はい……」
彼女の不機嫌が、昨日の黒い地母神との対面に関係あることだと察して、少年は素直に従った。雨露の残る石像の顔、すでに目しか判別できないそれに吸水力のある布を当て、人間の赤ん坊の顔を拭くように、気を使って擦っていく。
「ごめんなさい」
眼窩に当たる窪みの中にタオルを入れたときは自然に謝罪が出た。これが人間だったら、さぞかし不快な行為だろう。
「変なの。石に謝ってる」
葉月が笑うと、老女から、
「田の神さんは可哀想な神さんなんだわ。大事にしてあげるといいことあるでねえ」
と、晴彦に対してのフォローが入った。
3歳児ほどの小さな石の体は、表面に細かな粉を吹いていた。以前は老女がまめに手入れをしていたらしい。石を磨くという、案外、重労働に体力がついていかなくなってからは、文字通り野晒しにしてしまったのだという。
「捨てちゃわないの?」
葉月がまた罰当たりなことを言って祖母を怒らせた。
「馬鹿なこと言わんで! 神さんを捨てる人がありますか!」
「あははっ」
当人たちに笑いを取るつもりはないのだろうが、テンポの良いやり取りに、少年はつい笑いを漏らした。
「葉月ちゃんにとっては、ただの石像なんやな、この神さん」
「誰にとってもただの石でしょ? 『い……岩の……も信心から』っていう言葉があるぐらいだもん」
鰯の頭も信心から、と言いたいのだろうと察しをつけた晴彦は、
「まあ、信仰いうんは思いこみなとこあるけどな」
と典型的現代っ子の少女に同調もしてやった。
「何言っとるんだね、あんたたちは」
そしてお約束に老女の反感を買う。
「神さんを信じない人は神さんに見放されるわ」
憤慨を抑えた様子の祖母に、葉月は舌を出し、晴彦は申し訳なさそうに頭を下げた。




