祟り神の乱行 7
最初に裕貴を見たときの印象は『気の弱そうな青年』だった。ひどい変貌ぶりに、晴彦は首を捻る。
いま、崇志が介抱している女性が、裕貴の恋人で、崇志の元カノだと言われた人だろう。彼女が狐憑きに見舞われた理由はわからないが、崇志に害を為したのは確信できる。ということは、その彼女を唾棄していた裕貴は、むしろ、狐憑きとは逆の立場、崇志にとって味方と取るべき人間なのではないか。
嬉々として夢璃に罵詈雑言を浴びせていた裕貴を思い出す。
「いや…あれに味方についてもらってもなあ…」
こっそりと本心を吐露した少年は、背後を振り仰いで、もう1度、元凶となった稲荷の社を見つめた。
「狐憑きが稲荷さんの仕業だとしたら…」
その逆の裕貴の行動は、稲荷と敵対する神、蛇神が憑依したものではなかったろうか。
「ダブルの祟り神かあ…。そろそろ手に負えんかも」
苦笑して立ちあがる。
と、崇志から厳しい声が飛んだ。
「肝心なときに隠れてんじゃねえよ、晴彦」
「…ごめんなさい…」
人間同士の危機的状況より、神仏の意志のほうに行動が向いてしまう自分の性質に、改めて恥ずかしくなった少年は、素直に謝罪を返した。
薄汚れてはいたが、夢璃のダメージは大したものではなかった。ただ、右側頭部にこびりついた血の痕だけが痛々しい。
「病院に行くか?」
傍らに座った崇志が手を差しだすと、彼女は首を横に振った。
「ううん。いい。親にバレるの、イヤだしね」
憮然とした表情で周囲を見まわすが、暴力を加えた裕貴は、すでにどこかに姿をくらましていた。
「あんなに怒らなくてもいいじゃない…」
目を伏せて不満を口にする夢璃に、呆れた様子で、崇志が反論する。
「怒らせて当然だろ」
「だってしょうがないじゃない。裕貴くんより崇志のほうが好きなんだから」
当然のように言い放つ彼女。
晴彦は混乱した。あれ? この人は松原さんのカノジョさんやなかったん? さらっと崇志兄にそういうこと言えるんは、なんで?
崇志が困ったように、少年に向かって手を払った。
「ちょっとこいつと話があるから。向こう行ってて」
潔白だと信じていた青年が見せる理不尽な排除に、ますます晴彦の失望が大きくなる。
元カノさんとヨリ戻すつもりなん? 坊さんになるからって、家族まで捨てようとした決心はどこに行ったん?
少しずつ遠ざかりながら、元恋人に親密な笑顔を向ける崇志に、少年は嫌味を投げつけた。
「美耶ちゃんに言いつけてやろ」
とたん、ここに来た目的を思い出す。
「あ、そうだ」
あえて声高に、
「崇志兄、お母さんが探してるよ。美耶ちゃんが泣きやまなくて困ってるって」
そう伝える。
「早く言え、馬鹿」
青年から焦った様子の怒声が飛んだ。