祟り神の乱行 3
小さな赤い鳥居の連なる境内に至ると、左手に手水とこじんまりとした社務所が見えた。正面には神体を収めた質素な社。これが本殿に当たるわけだが、本来の神社の形態は、本殿の前に人の立ち寄れる大きな建物、拝殿が構えられていることが多い。敷地面積や伏見稲荷からの分祀という事情を考えると、ここは驚くほど手抜きな構造になっていると、晴彦には感じた。
美耶の母親が『遷座の折に丁寧に儀式をしなかった』と言っていたことを思いだす。こんな突貫のような社に祭ったのでは、そう思われても仕方がない。
ふと、少年は気づいた。母親は他にもこう言っていなかったか。『美耶がよく行くあの丘の公園、あそこも元は稲荷神社の境内の一部だった』と。つまり、この稲荷は、もともとの土地神であった蛇神と同じ場所に祭られていたことになる。
なぜ稲荷は蛇神と同じ神域に祭られたのか。
神仏に関連する施設を作る際には、地力、というものが関連してくる。水場の近くであったり、山の頂であったり。また、人の往来を分岐する辻などが、その代表的な候補地となった。だから、宅地開発で削られる前には、この土地で1番の偉容を誇っていただろう山中に、神の鎮座の場所が集中していたことは不思議ではない。
だとしたら。
なぜ、わざわざ稲荷の場所を変えたのか。
なぜ、わざわざ蛇神を封印したのか。
単純に考えれば、京都まで行って手に入れた稲荷を神域に残すべきだったろう。移動させるのは蛇神でよかったはず。現在の信仰の中心も稲荷神のほうだ。蛇神に最上級の神域を譲る必要はない。
では最初に立ち返って。
なぜ、稲荷は、蛇神という土地神のいたこの地に、勧請されてきたんだろうか。
「蛇神さんの力を抑えるため、だったんかな…」
少年は推察する。この実り豊かな大地を守護していた黒曜石の神は、いつの頃からか、祀っても覆せないほどの祟りを起こしはじめたのではないだろうか。だから、人々は新しい稲荷神を招き、黒い神の力を抑えようとしたのではないか。
この考えで行けば、蛇神の祟りが始まったのは、稲荷神が伏見から分祀される前ということになる。それはいつごろのことなんだろう。
稲荷神を遷座する際に造られた目の前の社は、その風格から、100年以上の歳月が経っているように感じられた。遷座後にそれだけの年数が潰えたとするなら、分祀されたのはもっと前…。
200年…それとも500年? 当てずっぽうに時代背景を当てはめながら、晴彦はゾクゾクとした好奇心を抑えきれなくなった。そんなに昔から祟りつづける蛇神の力とはどれほど強大なのだろうか。菅原道真や平将門など、現代まで恐れられている巨大怨霊たちと同種のものではなかったか。
自覚せずに目を輝かせて、少年は、過去の人々が畏怖した現象に思いを馳せる。
※神を拝するという意味の表記が『祭る』と『祀る』で分かれているのは、『崇め奉る存在』の場合は『祭り』を、『畏れ敬う存在』の場合は『祀り』の字を使うからです。




