地母神の棲家 4
祠のそばの大樹の幹にもたれかかり、葉月は中空に下がる太い葛の蔓にじゃれついていた。晴彦は、もうかなりの時間、2体の蛇の前で佇んでいる。
「ねえ、それって何の神様なの? 蛇の形してるなんて、いい神様じゃないんでしょ?」
飽きたことを含ませながら尋ねると、少年は、顔を向けることもなく答えた。
「たぶん、地母神だと思う。大地の神さん。蛇は地母神の象徴なんだ」
「大地の神? 地面にも神様がいるの?」
聞き返してから、少女は、『地母神』の名前をどこかで聞いたような気がして、記憶を辿った。
「あっ。道祖神の話をしたときに出たよね、その名前!」
「うん」
晴彦は、神体を見つけてから初めてになる笑顔を、葉月に向けた。
少年は少女の横に座りこみ、説明の続きに入る。
「日本は多神教といって、どんなものにも神さんが憑いているって考えてる国なんだ」
「それぐらいはわかるよ。逆にキリスト教は、キリスト以外に神はいないって考える唯一神教なんでしょ?」
一方的な知識を与えられることに不快感を示した葉月は言い返す。
「『宗教』と『信仰』で比較するのは、ちょっと乱暴やけど。まあ、そんな感じ」
意図があって人間の精神を『教育』していく宗教とは違い、信仰は自然の中から見つけだされてきたもの、と晴彦は付け加え、続ける。
「どんなものにも、っていうのは、…例えば、巫女さんが髪の毛を伸ばすやろ。あれは髪にも心霊を宿す力があると思われてたからなん。人間の部位で言えば、他にも目、口、指、心臓、骨なんかもある」
「目…はわかるけど。邪眼とか灼眼とかいうもんね」
葉月の茶々に、首を傾げる晴彦。
「邪眼…はなんとなくわかるけど、灼眼って何?」
「晴くんってアニメとか見ないの? そういうとこから興味惹かれたんじゃないの?」
同世代のくせに、純粋に古代史だけに邁進する少年の方向性のほうが、葉月には理解できないようだ。呆れたような溜息を吐かれる。
「…だって、オレの父親、郷土史家だし…」
自分の突出した『オタク度』を咎められた気がして、晴彦は言い訳しながら、頭を掻いた。