地母神の棲家 1
晴彦を誘い出した葉月は、跳ねるように田んぼ道を歩く。かなり機嫌がいいようだ。
「昨日はフラれちゃったから、今日はどうかと思ってたの。誘ってよかったあ」
声まで弾んでいる少女の期待を裏切る勇気がなくて、少年はしかたなく付き合っていた。本音を言えば、このまま石積邸で葉月の創作物の推敲に巻きこまれるのはごめんだったが、熱心に同人活動をしている彼女に水を刺すのも忍びない。
それでも、
「今日は美耶ちゃんがいないから来たけど、いるときは、放っといて葉月ちゃんに付き合うわけにいかんから。それだけは気にしといて」
合間に釘を刺すと、葉月は、
「美耶さん美耶さんってうざい」
と不満を口にしながら、
「いいよ。病気だもんね。美耶さんがいるときは晴くんを独り占めしない」
と宣言した。ほっとする。
少女の目的地が祖父母の家だと信じて疑わなかった晴彦の予想を尻目に、葉月は、石積邸から1反ほど離れた道を、そのまま通りすぎて、まっすぐ南に進路を取った。
「…どこ行くん?」
民家のない方角に向かう彼女に、少々、警戒しながら聞く。
「この先にちょっとした小高い丘があってね。中が公園になってるの」
葉月は振り返って満面の笑みを見せた。
「そこに、晴くんに見せたいものがあるんだ」
「この先の公園て…」
視線を先に向けると、冬だというのに濃い緑をたたえている常緑樹の丘が目に入る。
「やっぱりあれか…」
美耶の自殺未遂の現場。葉月がその事実を知っているかは定かでないが、少年にとっては、美耶を敵視している彼女に連れていかれたい場所ではない。
駐車場の入口に至ると、場内には車が2台停まっていた。が、いずれもエンジンをかけっぱなしているところから、ドライバーは中で居眠りでもしているのだろう。つまり、自然公園の中には入っていないわけだ。
まだ午前の明るい日差しが差す中、ぽっかりと暗い口を開ける山道への入り口は、お世辞にも心地よいものではなかった。けれど葉月はテンションを落とさず、
「晴くん、早くう」
と、すでに未舗装の踏み固められた土の段に足をかけて誘う。
「見せたいものって何…?」
情景に臆しているわけではないが、葉月の目的に懐疑を抱いている晴彦は、歩みを止めて確認した。
「見てからのお楽しみっ」
答えず、少女は軽やかに先を進む。