地母神の棲家 2
無人の山中には、高みからの鳥のさえずり以外の音がなかった。公園とは名ばかりで、長いこと手入れがされていない様子の見て取れる山道には、左右から枝葉がせり出して、歩行を危うくしている。
頭上をかすめる太い蔓が、ちょうど首を引っ掛けるあたりに垂れていた。足元を、浮き上がった樹木の根が掬う。
葉月が、さすがに荒れた雰囲気に飲まれたのか、声の調子を落として言った。
「ここね、変質者が出るから、一人では入っちゃ駄目ってお祖父ちゃんたちに言われてるの」
「…うん。女の子1人で来るとこじゃないね」
生返事を返しながら、少年は左右に目を配る。変質嗜好の異端者への危惧もさることながら、樹木の影から滲みでる闇が、孤独に生命を絶った存在を隠しているような気がしてならない。
「真夜中にこんなとこまで来るだけでも、異常やし…」
現場を見て、改めて、美耶の行動を不審に思う。
5年前の同じ時期、情緒不安定だった妹の行動に目を光らせていた崇志は、夜中に玄関の鍵をひねる微かな物音を聞き咎めて起きだした。美耶の部屋のドアが隙間を示しているのを見て確かめると、案の定、ベッドはもぬけの殻。急いで父親と母親を起こし、施錠の解けた玄関から外に出る。が、すでに少女の姿はなかった。
ただ、この時点で、美耶が生命の危機にまで迫られていたとは、誰も思っていなかった。彼女のそれまでの行為は、正常ではなかったにしろ、思春期特有の『自己否定』と『自己甘受』の繰り返しのように見えていたからだ。深い傷の残らない程度のリストカット、のぼせて貧血で倒れる程度の入浴、それらを家族や他人に見せつけることで、自身を理解してもらいたいという甘えの意思が見て取れていた。
「ほっとけば帰ってくるだろう」
との父親の言葉に、母親も、
「もう少し待ちましょう」
と眠そうな目をこすって同意した。
「探してくる」
二親を無視して、崇志が行動を起こさなければ、美耶は、季節を奏でることもない化石のような木々の間で骸を晒すことになっていただろう。
もともと積極的ではなかった晴彦の歩みが、完全に止まった。
「…なあ、葉月ちゃん」
美耶が自殺を図ったのは、なぜここなのか。
「見せたいものって何…?」
こんな陰気な場所に、どんな見所があるというのか。
「どうしてそんなに何回も聞くの?」
葉月は、少年の警戒心を、むしろ訝しく思ったようだ。
「オレにとって、見たくないものかもしれんから」
人間を死に誘うこの土地で葉月が案内しようとしている『もの』。それを想像すると、どうしても歓迎すべき対象ではないような気がしてくる。
「そんなのがあるの?」
少女は無知で無邪気な口調を維持したまま尋ね、そして、
「あのね、神社の跡なの。鳥居と祠は残ってるんだけど、廃墟になってるんだって」
何か出そうじゃない、そういうの、と好奇心に駆られた瞳を向けて答える。
※活動報告にいただいたコメントにあった、『山奥で朽ち果てた鳥居』の記述、使わせていただきました。石田 昌行さん、感謝。




