1話「いつも通りじゃない、朝」
第1章は、魔法少女のドレスをめぐる、二人の少女の小さな恋物語です。
この章に残酷な描写はありません。
『今日は、決して逃れられない運命の日。』
『突破口は開いた。だけど魔法少女としての関与は控えて。』
『過去の私、お願いだから親友の未来を変えて。』
『これが最後のチャンス。』
『デッドエンドを乗り越えて。』
――――
「え、えええ!? どうしよう……! いったい私にどうしろと…?」
目が覚めたばかりの私は、今の状況に困惑していた。
まだ夢の中にいた方がマシな状況に。
なんのへんてつもない、いつも通りの朝になるはずだったのに、今、私が着ているのはお気に入りのモコモコとした冬用パジャマじゃない。
視線を胸元におろせば、大量のレースとフリルで彩られたふわっふわなドレスシャツがまず目に入る。
さらに下に移せば、大小様々な花の装飾が散りばめられ、ふんわりと広がった桃色のフリルスカート。
首元の違和感。触ってみれば、どうやらチョーカーのようなものもつけられている。
ぐっと羞恥心を抑え、意を決して姿見の前に立つ。
見たくない…!
ちらりと目を開ければ、鏡に映っていたのはロングストレートの金髪、耳にはピアス穴、やや釣り目の、いつもの自分の顔。そして、桃色のヒラヒラフリフリなニチアサ系魔法少女のコスプレみたいなドレス、そして腰のホルスターにはミニステッキのようなものまで差さっている、異様な姿だった。
まさに『ストロベリーパフェみたいな桃色フリフリドレス魔法少女』だった。
私はがくりと床に崩れ落ちる。
「絶望的に、私と相性が悪い……」
金髪ピアスで比較的長身な自分の容姿と、メルヘンチックでフリフリヒラヒラした可愛らしいドレスという組み合わせのチグハグさに、目を手で覆った。
私が、何か悪いことをしたか…?
金髪に染めてるけど、基本はよい子なはずなのに!
しかし、誰が着替えさせたんだ、これに。
妹のミサキか?
それとも私ってもともと魔法少女だったりして?
敵と戦った後の記憶喪失?
脳内は大量のハテナで埋め尽くされていた。
突拍子もない想像が、浮いては沈む。
…いや、兎にも角にも、脱ごう!脱がないと!
この恰好じゃ、学校に行けないし、そもそも部屋も出られない!遅刻しちゃう!
ちらりと時計に目を向ければ、まだ時間に余裕はありそう。
気を取り直して立ち上がり、とても見たいものではないけど、姿見の前でクルクルと回りながらドレスの細部をチェックする。
どうやらシャツとスカートが一体になっているワンピースタイプ。
ついているボタンはすべて飾り。チャックはどこにも見当たらない。
あれ?これって、脱ぐのがすごく大変なやつでは?
シャツが胴にピッタリとシンデレラフィットしているから、まったく隙間が無い。
ワンピースタイプだから、すぽりと脱ぐこともできない。
ベルトはキッチリ締められ、留め具も見当たらない。
チョーカーにいたっては、…そもそも留め具が無い。
まざまざと現実を見せつけられ、身体が凍り付く。
絶対に脱がせてたまるか!という強い意志を感じられたからだ。
ええい、フリーズしてもしょうがない!学校もあるし、覚悟を決めよう!
ドレスにハサミを入れることを考えたけど、これを破いてしまうと取り返しがつかないことになる気がして、不思議と抵抗があった。
ミサキが着たら似合いそうだし、可愛いものに罪は無い。切るのは最終手段にしたい。
ドレスの上に制服を重ね着すれば、かなり無理はあるけど隠せるかもしれない。
「今日寒いから、たくさん重ね着しちゃったんだよねー」とか言えば誤魔化せないだろうか…
ミニステッキをベッドへぽいと雑に放り投げ、ハンガーにかかった学校の制服を手に取る。
フリフリシャツの上に制服のシャツを無理やり重ね、ぐぐっとボタンをしめる。
ヒラヒラフリルスカートは制服だけじゃ隠せないから、ジャージのパンツだけはいて、フリルをその中にぎゅぎゅっと無理やり押し込む。
首元のチョーカーはどうしようもないから…慣れないアクセサリーで恥ずかしいけど、ファッションだと言い張るしかない…!
ブレザーとスカートを身に着けて、完成。
隠ぺい工作を終えた私は姿見の前でくるりと回ってみた。
フリルやレースがはみ出てないか、つぶさにチェックする。
あれ?
見た目の違和感があれば追加の対策が必要だと思ったけど、普段の制服と遜色ない姿に驚く。
一番の違和感がジャージなのが不思議だ。
まったく、着太りしてない。かなり無理に詰め込んだスカートだって、違和感なく収まってる。
憎らしいことにドレスの肌さわりがいいからか、いつもより快適だし。
なんだか不思議なドレスだ。
隠蔽工作は済んだ。
ドアノブに手をかける。ここからが勝負だ。
ベッドのスマホを手に取り、意を決して部屋を出た。
……
「あ、お姉ちゃんおはよー。この時間から制服だなんてめずらしいね。いつもギリギリまでパジャマなのに」
リビングのソファーでは愛しの妹ミサキがパジャマ姿で寝ころんでいた。
足をばたつかせて、朝のバラエティ番組を見ている。
我が妹ながら、可愛い。朝からてんぱっていた私に癒しをもたらせてくれる天使に感謝。
「たまにはこういう日もあるの」
ちょっとぶっきらぼうに言ってみる。
制服の下に桃色のフリフリドレスを着ているなんて、口が裂けても言えない。
かっこいい姉でいたいのだ。
「おはようキサラ。テーブルにごはん用意しておいたから」
キッチンの方から母さんの声が聞こえる。食器を洗っているみたい。
じゃばじゃばと水の流れる音がする。
テーブルには、こんがり焼けたトースト、綺麗な目玉焼き、湯気が立ったカフェオレが並んでいる。
我が家のスタンダードモーニングメニューだ。トーストにマーガリンを塗って、モシャモシャと食べ始める。父さんは会社へ出かけた後のようだ。
「今日はスカートの下にジャージを着ていくの?」
母さんが手を拭きながら、キッチンから出てきた。
「うん。今日は寒そうだからさ」
今日が冬でよかった。これなら不自然ではなかろう。
「防寒タイツあったでしょ?」
「いやあ、破けちゃって。帰りに買ってくるよ」
「お姉ちゃん、私の貸そうか?」
「ミサキの履いたらパッツンパッツンだよ」
私のふとももは若いあんたよりも太いんじゃ。
よし、ジャージの違和感の追及はクリアだ。
朝食を食べ終わり、カフェオレで一息つく。
そうだ。アカリちゃんから朝のメッセージが来てるかも。スマホをチェックしないと。
私はカフェオレを飲みながら、スマホを手に取った。
…これスマホじゃないじゃん。ミニステッキじゃん。
「えー、何それ?おもちゃ?お姉ちゃんもまだ魔法少女オタなんだー!」
ミサキが目を輝かせて、嬉しそうに走り寄ってきた。
うわー、やっぱり魔法少女オタが食いついてきた!
「いやー、オタは卒業したよ…。うーんと、そうそう!クローゼットから転がり落ちてきてさ。たぶん私が昔に遊んでたおもちゃ…かな。寝ぼけてスマホと間違えて持ってきちゃったみたいで」
「そんなのをスマホと間違えるとか、お姉ちゃんでもそんなことあるの?真面目さんなのに変なところで抜けてるよねー」
ミサキがアハハと笑っている。なんとか誤魔化せたかな?
抜けてるとは、失礼な…。反論できないけどさ。
「それにしても、よくできてるね。ほら、ここについてる飾りとか。本物の宝石みたいにキラキラしてるよ」
妹がミニステッキをツンツンとつつくと、ミニステッキがピコピコと点滅していた。妹につつかれたことに喜んでるみたいで、妹至上主義の私と気が合うのかもしれない。
もしかしたら仲良くできるかな、私たち。君が何者なのかは分からないけど。
カフェオレを飲み終え、私は身支度のために洗面台の前に立つ。
鏡に映る自分の顔を見つめた。
中学の頃、私は成績も態度も優等生だった。その反動で、高校に入ったら今しかできない経験をしたいと思った。そこで思いついたのが金髪に染めることとピアス穴を開けることだった。
だってカッコいいんだもん。魔法少女の敵幹部みたいで。
…まさかここで魔法少女のような恰好に強制的にイメチェンさせられるとは。もし髪も桃色になっていたら、今日一日は引きこもってたかも。
身支度を整え、廊下を歩いていると、玄関で妹が革靴を履いているところだった。
「お姉ちゃん、今日もかっこいいね!チョーカーも似合っているよ!じゃあ、先に行ってるから!」
「これは新ジャンルへの挑戦というか…。車に気を付けてね」
「はーい。あ、そうだ!帰ってきたらあのおもちゃまた見せてね!」
ミサキに気に入られて良かったな、同志よ。
自分の部屋に戻り、スクールバッグを手に取る。
必要な教科書・ノート、ペンケース、ポーチを詰めた。
スマホは枕元に置いたままだった。画面を見ると、やっぱりアカリちゃんからのメッセージがきている。
『今日も駅前で待ち合わせ!忘れ物に気を付けてね!』
いつもの様に『承知』と送信し、バッグに入れる。
最後に、私は手元のミニステッキに目をやる。
よく見れば精巧に作られていることが分かる。材質も安っぽいプラスチックでなく、ところどころに金属が使われていて、傷もないし頑丈そうだ。散りばめられた色とりどりのジュエルは、まるで本物の宝石の様な輝きを放っている。こつこつと指ではじいても、鉱石のような反動を感じる。
神聖さも感じられる見た目に、不思議と害意は無いと思えた。
中学生のときだったら机に飾ってたかもしれない。
それくらい、完成度が高い。元オタが言うんだから間違いないよ。
…生意気にも妹に気に入られた様だし。
迷惑なドレスといっしょに現れた身に覚えのない物ではあるけど、悪い奴じゃないのかな。
これだけ置いて出掛けたら、なんだか忘れ物したみたいだよね。
ミニステッキを眺めていると、まるで置いていくなと主張するように激しく点滅し始めた。
いきなり暴れだすミニステッキに焦り、バッグにつっこむとすんとおとなしくなった。
出してみると、怒ったようにさらに激しく、ミラーボールのように輝き始めた。
あー、もう!わかった、持ってくから!
バッグに入れると、まるで「それでいいんだよ」と言うようにピカリとおとなしく一度だけ光って、落ち着いてくれた。
な、なんて迷惑なやつ…
……
「いってきまーす」
今は11月も下旬。寒さも強くなってきた。
暖房で暖められた家から出たら気温差でぶるりと来るはずだけど、今日は平気だった。
このドレスは肌着として優秀なのかな?
派手な装飾さえ無ければ、毎日だって着てあげるのに。
さて、今日一日、私は無事に乗り切れるだろうか…
一抹の、いや特大級の不安を抱えながら、私は駅へ向かった。




