第二話 これからは、何度でも。
「今度こそ……今度こそ、絶対に、失わない」
「お兄ちゃん? 否、千紘先輩?」
ゆっくりと、
先輩が私の腕を引く。
気づけば、
そのまま抱き寄せられていた。
強い力じゃない。
壊れ物を扱うみたいに、
優しい腕だった。
「……今度こそ」
小さな声。
それは、
私に向けたものじゃなくて。
まるで、
自分自身に言い聞かせるみたいで。
「絶対に、失わない」
先輩の腕が、
少しだけ震える。
「僕の手で、守り抜く」
「せ、先輩? いや……おにいちゃん?」
沈黙。
先輩は、
一度だけ目を閉じた。
まるで何かに堪えるみたいに。
「……ずるいなぁ」
笑ってる。
でも、
声が震えてる。
「なんで、そんな顔、してるんですか?」
「え? そんな顔って……」
「泣きそうな顔。」
先輩は何かを言うか言わないか迷った挙句、
「だって、やっと呼んでくれた。」
「お兄ちゃん……って?」
「うん。……もう、呼ばれることなんて、ないと思ってた」
小さく笑う。
「今は血も繋がってないし。栞が思い出すことも……たぶん、ないんだろうなって」
私は、千紘先輩の制服を少し掴んだ。
「……私、本当に先輩の妹、だったの?」
「うん」
即答。
迷いのない声。
「ずっと、僕の大事な妹だった」
「なんでだろ……」
自分の頬を触る。
濡れてる。
「私、なんで泣いてるんですかね」
「……っ」
「私、兄の存在しか、今までの夢の事、分かってないけど。……なんで、なんで忘れてたんだろ」
胸が痛い。きっと、この夢を知ることは、つらいことを知ることになる。
……何故か、そう確信した。
でも、知りたい。私を、夢の続きを、先輩のことを。
「かん。」
「もっと、知りたい。私のぜん……」
「栞、こっち見て。」
「……っ?!」
顔を上げる。
近い。
先輩の指が、
そっと私の頬に触れた。
「無理に思い出さなくていい」
静かな声。
「思い出したいなら、僕が少しずつ話すから」
「でも——」
「急がなくていい」
まるで、
言い聞かせるみたいだった。
「……また、苦しそうな顔してる」
「……そ、」
「そんな事ないは禁止。」
「もっとかんの先輩を……栞のお兄ちゃんを、頼って?」
「……っ」
(……本当に、ずるい。そんなこと言われたら、我慢できないじゃん)
私は千紘先輩の制服から手を離そうとして、ぽつりと聞く。
「……お兄ちゃんって……どんな人だったの」
少しだけ、
先輩が困ったように笑う。
「んー……世界一、手のかかる妹が大好きな兄かな」
「何ですかそれ」
「本当だよ」
先輩は、少しだけ目を細めた。
「昔の栞、すぐ無茶するし」
「え、私そんな感じだったんですか」
「今もだけどね」
軽く額を小突かれる。
「いたっ」
「熱出しても走り回るし、転ぶし、泣くし」
「子供じゃないですか」
「子供だったんだよ」
そう言って笑う先輩の顔は、
どこか懐かしそうだった。
でも。
その笑顔を見るたび、胸の奥が、少し痛む。
――この人は、
どれくらい一人で覚えていたんだろう。
「……お兄ちゃん」
口に出した瞬間、
先輩の肩がぴくりと揺れた。
「っ……反則」
「え?」
「急に呼ぶの、心臓に悪い」
そう言って、困ったみたいに笑う。
……でも、その目は少し赤かった。




