第一話 出会い
小鳥のさえずり、木の葉の揺れる音、吹奏楽部が奏でる楽器の音を聞きながら、私は学校の校門を出た。
私の名前は、神楽木 栞。
黒髪ボブで、身長は150センチメートル。目の色は……日本人に、否、日本人と限らず、人類には珍しい、赤い目の……どこにでもいそうな(?)、普通の女子高生だ。
「……にしても、暑いな。外。ホントに今、五月か? うぅ……外に出て五分も経ってないのに、もう顔がヒリヒリするんだけどぉ……」
今は五月。高校に入学してから、もうすぐ一か月が過ぎようとしていた。……その一か月前は、まだ寒かったのに、今となってはこれだ。私の家は学校から歩いて20分ほどの場所にあるのだが、この道のりには影という影が全くない。おかげさまで、毎日暑い。
(あれ?ここ一応都会だよな……??)
と、毎日のように思いながらこの田んぼのど真ん中とも言えるような道を歩く。
「こんにちは」
なんだか聞き覚えのある声が聞こえた。
「こんにちはぁ。あっついですねぇ」
見上げると、日差しを遮るみたいに高い影が立っていた。
「かん、今日も顔真っ赤。昔から、肌弱いんだから、日傘くらい常備しとけよ。……傘無いんだったら、先輩の影に、入る?」
こんなことを言ってくるのは、同じ部活――演劇部の先輩、天瀬 千紘。
身長は180センチ。
顔もいいし、運動もできる。
……そりゃモテるよな……。
「……千紘先輩、すぐそういうこと言う。はぁ、これだからモテるやつは」
「ちょっとかん。それは先輩に対して失礼じゃないか」
「気のせいですよー」
彼は優しくて頼りになるのだが……、色々といじわるな人だ。
(こんな性格だからいろんな人に声かけられたりするんだよ。彼氏いない歴=年齢の私とのこの差は何なんだよ……)
と、先輩から顔をそらしつつ、考えていると、そらしたことに気がついたのか、千紘先輩が顔を近づけてきた。
「かん、何か無理してるでしょ。」
「え?」
「……いや、なんとなくそんな気がして。無理してる顔? してるっていうか……」
「…………してません」
「嘘。絶対無理してる」
「……なんで、そんなに私の変化に気づくんですか」
こう聞いたのは、単なる疑問だ。無理をしているのは事実《《かもしれない》》。
最近、生徒会とか色々忙しくて、あんまり眠れていない気もするし、今日は金曜日だから、一週間の疲れがたまっているのかもしれない。
「お前、一人で全部やろうとする癖、どうにかしな? 僕とか……全然頼ってくれてもいいんだけど」
「じゃあお言葉に甘えて。今日、家に遊び来てくださいよ」
「これまた急な。にしても、なんで」
「なんで…………先輩といると、なんか落ち着くんですよね、私。だからかなぁ」
「……っ。」
自分でも思ってなかった言葉が出てきた。
「……それ、反則」
「え? 何か言いました?」
「気のせいじゃないかな? ……あ、かん。そのままだと、余計焼けるよ、肌。」
こういうとこに気づけるのが、モテる秘訣なのだろうか。最近、なぜか彼の優しさに反応してしまう自分がいた。
「エー。でも、だからって先輩の影の中に入るの……悔しいっていうか、なんというか……」
「何それ」
先輩は、笑いながらも日陰に寄せてくれた。
(この人、たまに距離感おかしいんだよな……)
「そうだ。かんの家行く前に、コンビニ寄っていかない?」
「あ、それアリですね。」
先輩のおかげで、今日は少し涼しい帰り道になりそうだ。コンビニで何買おう? 先輩、あのお菓子好きかな? などなど、考えていたら、コンビニについた。
コンビニでは、帰りに二人で食べられるように、モナカアイスを買った。
「千紘先輩は、何買ったんですか?」
「はい、これ」
そういって渡されたのは……期間限定のフルーツティー。
「……え、なんで私これ好きって」
「ん?」
「言いましたっけ?」
先輩が、一瞬動きを止めた。
「……なんとなく。好きかなぁ? ……って思って」
「そう、ですか」
(好きなものとか、顔に出やすいのかなぁ)
なんだかんだ言って、結構私の好きなものとか、千紘先輩だけは正確に当ててくるのだ。
(なんでだろう?)
先輩が買ってくれたフルーツティーを見ながら歩く。
「……栞っ!」
「⁉……わっ」
よく見ていなかったからか、階段から落ちかけた。
「危な」
先輩の腕が、強く私を引き寄せる。
近い。
その瞬間。
心臓が、妙にざわついた。
『栞』
――懐かしい。
先輩の声が。
響きが。
いつも聞いている声のはずなのに。
どうしてか、
そんな感覚がした。
「かんって、昔から、危なっかしいよね」
「……昔から?」
「あー。なんでもない。」
「そうですか?」
本当に何でもないのだろうか……。『何でもない』、と言った先輩の顔が、少しだけ、泣きそうに見えたのも――気のせいなのだろうか。
(前に先輩が変なこと言ってたっけ……。それと、関係あるのかな?)
深堀しようと思ったが、先輩がなぜか少し寂しそうな顔をしていたので、なんとなく先輩の手を引っ張って家まで歩いた。
「ただいまー。やっと帰ってきたぁ。どうぞ、上がってください、先輩」
「お邪魔します」
家に帰ってきて先輩と一緒に自分の部屋に入る。やはり、疲れがたまっていたのだろう。とても眠い。
「かん、寝てもいいよ」
「えぇ、寝ませんよ。先輩というお客様がいるのに」
「いいから。何ならかんの寝顔が見れて、僕にとっては最高だから」
「何それ(笑)」
軽口をたたきつつも、ものすごい安心感を、疲労感のせいで、すぐに机に突っ伏して眠ってしまった。
風の音。
夕焼け。
知らない家。
遠くで風鈴の音が木霊している。
目の前には、誰かがいて、その彼が、笑う。
『栞』
優しい声。
懐かしくて、泣きそうになる声。
『栞、こっち』
「……栞」
目を開けると、目の前には千紘先輩がいた。
「……せん、ぱい?」
頭が割れるみたいに痛い。
「っ……ぁ、」
頭痛で頭を抱える私を見て、先輩の顔色が変わった。
「栞?」
普段みたいな軽さがない。
「どうした、どこ痛い」
さっきの夢で聞いた、優しい声。これが、先輩の声と重なった。
「大丈夫か⁉ 栞!」
「……っはぁっ。はぁ……だ、いじょうぶ、です?」
「なんで疑問形なんだよ⁉」
そう言いながら、先輩が私の顔を両手で優しく包み、顔色を伺う。
「本当に、大丈夫なんだな?」
そう言って、手を離そうとするのを感じて、なんとなく、嫌だと思い、私は彼の腕を握った。
「栞……?」
優しくて、安心する声。千紘先輩の、暖かくて、大きな手。そのすべてが――先輩の全てが、とても、懐かしく感じる。
「……した。」
「え? 栞、なんか言った……」
「思い、出した……気がする」
先輩の表情が止まった。
頭の奥で、
さっきの声が響く。
『栞』
懐かしい声。
涙が出そうになる。
私は、無意識に呟いていた。
「……おにい、ちゃん?」
先輩が、
ただでさえ細い眼を、
思いっきり見開き、
息をのんだ。
私の腕を掴む手に、
少しだけ力が入る。
そのくせ。
先輩は、
いつもみたいに笑おうとして。
……でも。
上手く、
笑えていなかった。




