【番外編】御霊府君の思い出
御霊府君は少し不満だった。
灯子が強くなるのは良い。
呪いを打ち祓う為に懸命なのも応援している。
だが、構ってもらえなくなるのは、ちょっぴり嫌だったのだ。
今日も灯子は道蓮達と河原で修行している。
懸命に木刀を振るう灯子は凛々しくも可愛らしい。
それを宙に浮いて見ながら、御霊府君は幼い日の灯子を思い出していた。
◆◆◆
「おにいさん、誰?」
御霊府君が土御門の御殿の階段に腰かけていると、幼子が話しかけてきた。
この家の当主ですら府君が望まなければ姿が見えないというのに、その子供は普通に此方を視認したのだ。
『何じゃ、儂の姿が見えるのか? 稀有な小娘じゃのう~』
「じゃのう~」
真似してきた。
この人外の身を恐れずに、膝に寄りかかろうとして、転げている。
その温かい振る舞いに府君は遠い昔、もう記憶にも残っていない人間の頃を想い、目を細める。
『儂は御霊府君。日月剣に封印されておる式神じゃ』
「?」
難しかったのか、理解できなかったらしい。
見つめると、猫のように目を細める。
それが原因か、懐かれてしまった。
「府君! あそんでください!」
「府君、わたしも、お空に浮きたいです!」
「府君、御殿からは出られないのですか?」
最初こそ『うるさい小娘じゃ……』と呆れていたけれど、その内に彼女が来るのを待つようになっていた。
自分は日月剣に封印されているので遠くまで行けない。具現化も出来ない。
だが、この小さな子供がくる度に世界の彩りが変わった気がした。
遊んでやると、きゃっきゃと無邪気な声を上げて喜ぶ。
「府君、だいすき!」
それが可愛くて可愛くて仕方なくなっていた。
いつしか御霊府君の世界は、その小さな子供『灯子』でいっぱいになっていたのだ。
だが自分は式神。相手は人間。
どうしても時の流れは無情なもので、灯子が蘆屋 道蓮と婚約したと聞いた。
「道蓮様は、皇都で目を治してから迎えに来てくださるそうです」
本人は嬉しそうだったが、御霊府君の胸には、わだかまるものがあった。
(儂が人間であったなら……)
共に何処にでも往けるのに。
触れることができるのに。
剣の中に封じられた存在でなければ、攫っていけたのに。
そう考えて首を振る。
灯子の幸せが第一だ。
興味がないふりをして、御霊府君は灯子に話しかけた。
『ふん。男は目を離すと都で雅な女に目移りするものじゃ。あの小僧が、何処まで約束を守れるかのう~?』
「もう! 意地悪を言わないでください! 府君!」
そう言われてぽかぽか叩かれた。
肉体が無いので痛くはなかった。
でも笑っていたが、胸は痛かった。
また一人、この御殿で誰かを待つ日々がくるのかと思うと……。
幾百、幾千の夜を数える気もなくなるぐらいに遠い年月、一人で過ごしてきた。
御殿には封印された日月剣があるので、近づく者もいない。
何よりも、灯子の笑顔も声も、他人のモノになってしまうのが、悔しい。
触れることも叶わない身の、何たる嘆かわしきことか。
そう思っていたのに。
土御門が百鬼夜行と黒衣の鬼に蹂躙され、灯子が弟の晴人と共に御殿に逃げ込んできたことで、全てが変わった。
灯子が日月剣を抜刀したことで、何とか事態は収束した。
が、引き換えに彼女は寿命を削られ、黒衣の鬼にも呪詛をかけられた。
そして皮肉にも、灯子が日月剣の主となったことで、御霊府君は具現化が可能になったのだ。
(何たること……)
婚約者の道蓮に捨てられ、呪詛に蝕まれる灯子を前にして、御霊府君は誓った。
自分だけは最期まで、彼女の傍に居続けようと。
無論、呪詛を晴らすのが第一だが、もしも彼女が陰陽頭になれなかった場合――肉体が、どれだけ醜く腐り落ちていこうとも、決して離さないと決めたのだ。
◆◆◆
そう考えながら、府君は訓練が終わった灯子に近づき、笑いかける。
『燈次郎、燈次郎、はよう食堂にゆくぞ! 今日は、まかろにぐらたんじゃ!』




