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22)灯子と燈次郎

 私は我を失った道蓮様の頬に触れながら、灯子として接していた。


 忘我状態だった道蓮様の瞳が揺らめき、少しずつ正気を取り戻してゆく。

 道蓮様の様子を皆が見守っていた。

 再度呼びかける。


「道蓮様……」


 すると道蓮様は私の顔を見て、僅かに動揺した。


「燈次郎、が……灯子……?」


 震える声で問いかける道蓮様の姿に痛む心を押さえつけて首を振った。


「ごめん、違うんだ。僕は、灯子さん、じゃない……」

「何……?」


 彼の表情に動揺の色が浮かびかける中、言葉を続ける。


「でも、僕なら、君と灯子さんを逢わせてあげられると思う」

「……?」


 戸惑う道蓮様の両手を握り、説明する。


「道蓮さんも知っていると思うけど、僕は式神様に体を貸して、その力を借りられる特異体質だ。その応用で、死者の言葉を君に伝えられるか試してみたんだ」


 道蓮様は半信半疑といった風だった。

 しかし疲れ果てた彼は疑うよりも、結局、信じることを選んだらしい。

 私の手を握ると、縋るような眼差しを向けた。


「頼む、灯子に……彼女に逢わせてくれ」


 憔悴した声で告げる道蓮様に、胸の痛みが増す。

 死者の御魂を宿すというのはもちろん嘘だ。

 けれど、改めて『灯子』がどういう人間だったのか、いまの私にはもう、よくわからなくなっていた。

 あの幼き日の自分に戻った気持ちで深呼吸し、道蓮様を見つめる。

 その手を握り返して、静かに語りかけた。



「……道蓮様、お久しぶりです」



 燈次郎の時の癖が出ないように細心の注意を払い、『灯子』として続ける。


「道蓮様、来世では、また一緒に木登りや川遊びをしましょう。道蓮様が川は危ないと仰っていましたけど、釣りなら灯子も出来ます。道蓮様が風邪をひいたら、灯子がお粥で看病いたします」


 その瞬間……

 道蓮様は眩しいものでも見るような表情で私に語りかけた。


「灯子……! すまない! 俺は、お前を守れなかった」

「そんな事は!」


 こんな回りくどい事をせずに、燈次郎は灯子なのだと言えば済む。

 恥を忍んで道蓮様に晴人を託し、彼が陰陽頭になるべき道を支える道もあろうとは思う。


 しかし私が灯子であるのがバレた時点で、私も晴人も狂火様のモノになってしまう。

 散々、呪術の実験台に使われて、最後は芥のように捨てられるだろう。

 それを胸に刻み、私は続ける。


「申し訳ありません。もっと早くに、貴方に逢いに行くべきでした。全ては貴方を待つ事に甘んじ、貴方の誠心に応えられなかった、私の咎です。どうかご自身を追い詰め、責めないでください。道蓮様が己を責める事なく、あの幼き日のように笑みと共に生きてくださるのが、灯子の幸せです」

「灯子……」


 道蓮様は指先で、そっと私の頬に触れた。


「灯子、そちらは辛くないか? 苦しかったりはしないか?」

「はい……。もう、何処も痛くありません。此処は、皆、とても賑やかで、優しくて……」


 黄泉を見た事は無いので、つい今の生活の事を口にしてしまった。

 けど、それを聞いた道蓮様は優しく微笑み、噛み締めるように呟いた。


「……そうか。それなら俺の心も慰む」

「道蓮様、どうか精一杯生きて、楽しいと思う気持ちを大切になさってください。道蓮様の幸せが私の幸せですから」


 それから道蓮様は長く瞬きをすると、口を開いた。


「灯子……また、逢えるか?」


 縋るような道蓮様の視線に耐え切れず、私は首を振る。


「御免なさい……灯子は、彼岸に戻ります……。最期にお逢いできて……ッ、本当に、嬉しかったです」


 私も限界だった。涙が頬伝う。

 それを道蓮様が指で拭ってくれた。


「……わかった。灯子。ありがとう……」

「さようなら、道蓮様。どうか、お幸せに……」


 そこで視界が揺らぐ。

 道蓮様に抱きしめられていた。

 痛いくらいの強さで抱きしめられ、その気持ちが伝わってくる。

 そのまましばらくお互いに動かずに居てから、私は声音を変える。


「……道蓮さん、灯子さんには逢えた?」


 燈次郎の振る舞いで問いかけると、道蓮様は赤らんだ目を細め、微笑んだ。


「……ああ。逢えたよ。ありがとう、燈次郎」


 こうして道蓮様は正気を取り戻した。


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