第20話【桜子のたくらみ】
毎日投稿する予定です。
高柳は強く眼瞼を閉じたる。痛みを感じるほど眉間にしわを寄せると、脳裏の奥に桜子の姿が浮かんできた。
*********************
キジ狩りの数日前、高柳は黒澤家に呼び出された。相変わらず威圧的な大きさを誇るお屋敷だ。いったいどういう要件があるのだろうかと、不安な気持ちを抑えつつ黒澤家に赴いた。
屋敷に入るとすぐに応接室に通され、そこには南郷家からいったん実家に帰っていた桜子がいた。緊張したおもむきで硬くなっている高柳があいさつする。
「桜子様、本日はお呼びたていただき、ありがとうございます」
応接室の奥に置かれた大きいソファーに足を組んで横たわっている桜子が高柳を見据えながら口を開く。
「そんなに緊張しなくてもよろしくてよ」
「あの、桜子様、このたびはどのようなご用件でございましょうか?」
「そうね、簡潔に言いましょう。高柳、今度青葉山でキジ狩りが行われるのですが、あなたにやってもらいことがあるわ」
「はい、何でございましょう、桜子様」
「当家の狩場に南郷家の若い使用人が来るの。その人を銃で驚かせてほしいのよ」
「え? 銃でですか?」
「そうよ」
「……。あのー、驚かせるというのは、いったいどのような」
「大したことはないわ、その人に向けて銃を撃ってほしいの。そうね、頭上の木を撃って枝をその人に落とすといいわ」
「な、何をおおせになります桜子様! そのような危険なことはできません!」
高柳の声が上ずる。桜子は話を続けた。
「その人を撃てとは言っていないわ。脅かすだけよ」
「しかし、お嬢様。万が一というのもございます」
「あなたの腕なら大丈夫よ。100m先のウサギに命中させたこともあるでしょ」
「人のいる方向に銃口を向けるなど、私にはできません!」
「もう! わからない人ね。あなた、お子さんはまだ小さいんでしょ? 当家の山の管理のお仕事をなさっているのは先代のあなたのお父様の代からでしたわね。そのお仕事も今日付けをもって終わることになるなんて寂しいものですわ。このご時世、お仕事を探すのは大変よ」
高柳には二人の子供がいた。3歳の男の子と2歳の女の子だ。妻は体が弱く、現在病院に入院中である。幼い二人の子供の面倒を見ながらできる仕事というのは限られている。いや、今の自分を雇ってくれるところなどほとんどないのではないか。今、黒澤家を追い出されると家族を路頭にさまよわせることになる。
「大丈夫よ高柳、そんなに心配しないで。何か問題があったら私に任せなさい。悪いようにはしないわ」
「……はい。承知いたしました」
高柳はうつむき、体を震わせながら小さく返事をした。
*********************
ゆっくりと目を開ける高柳。先日、黒澤家で見た桜子の冷たいまなざしが頭をよぎる。
黒澤家使用人の高柳は英子のいる場所から100mほど離れた草むらの中にいた。高柳の持つ猟銃が英子の方角に向けられている。高柳が見据えるスコープ越しに、桜子が英子のいる場所から離れるのが確認された。もう一度目を閉じる高柳。桜子が先日黒澤家の屋敷で言った言葉が頭の中に渦巻く。手が震えてきた。今にも吐きそうになる胸を左手で抑える。
『大丈夫だ、なにも、人を撃つわけではない。南郷家の使用人の頭上にある木の枝を一本撃ち落とすだけだ』
そう自分に言い聞かせるのだが、心臓が強く脈打ち全身から汗がにじみ出る。
目を開け猟銃のスコープを覗く高柳。フォーカスを再度合わせると大きな木の下にいる英子の姿がはっきりと浮かび上がった。高柳はスコープの十字線で英子の頭上にある一本の枝の根元を捉える。息を止め、引き金に人差し指をひっかけ、ゆっくりと引こうとした。その瞬間、遠くから女性の叫び声が聞こえた。
高柳はスコープから目を外し、猟銃を背に背負い直して草むらから立ち上がる。高柳は悲鳴が聞こえた方を見ると、桜子の姿があった。先ほど英子の元から離れていった桜子がひどくおびえたようにして立ち止まっている。よく見ると桜子の目の前に巨大なイノシシが桜子を威嚇するように気炎を上げていた。英子がいるところからは、さほど離れていない草むらだ。イノシシは人の気配を感じて飛び出してきたようである。英子もまた桜子の叫び声を聞いて桜子の近くまで走ってきた。イノシシは今にも飛びかかりそうに桜子を見据えている。桜子のすぐ後ろは崖となっており深い渓谷が覗いていた。
高柳は背中に背負っていた猟銃を手に持ち、スコープを覗いた。ファインダーに巨大なイノシシの姿が映り、その前でガタガタ震えて全く身動きが取れない桜子がいる。イノシシは今にも飛びかからんとしていた。イノシシは本来おとなしい動物なのだが、パニックを起こすと人を襲ったりする。場合によっては死亡事故に至ってしまったことも実際起こっているのだ。
『このままでは桜子様が危ない』。そう思った高柳はスコープに刻まれた十字の照準をイノシシの脇腹心臓付近に据え、引き金を引いた。その瞬間『ドッガーン!』と巨大な爆音が草原に轟いた。音に驚いた鳥たちが近くの山から鳴き声を上げながら激しく飛び散る。
銃から発射された弾はイノシシに見事命中した。しかし、わずかに急所から外れたのか、イノシシはすぐに倒れることはなかった。なんと、怪我を負ったイノシシが桜子に突進しだしたのだ。悲鳴を上げる桜子。
すぐそばにいた英子がとっさに桜子に向かって走りだした。そして、自分の身を挺して桜子の体を両手で押し飛ばす。桜子は地面に転がるようにして倒れる。イノシシは最後の力を振り絞って、突然目の前に飛び込んできた英子に体当たりした。イノシシの巨大な体が英子にまともに激突し、その拍子に英子は崖から足を踏み外して、深い渓谷に落ちてしまった。
「きゃー!」という悲鳴が谷に吸い込まれ、大きな水の跳ねる音が水流の音に混ざって消えていった。イノシシは英子に体当たりしたあと、痙攣しながら地面に倒れた。撃たれた傷口から大量の血を流している。
銃声に驚いた隆之たちが英子と桜子のいたところに来た。鶴丸も一緒だ。桜子は転んだ時に足に傷を負って出血している。英子の姿は見当たらない。隆之が声をかける。
「桜子さん! 大丈夫ですか? 銃の音がしたのですが、どうしたんですか?」
桜子のそばにイノシシが倒れている。先ほどまでの恐怖と痛みで泣きじゃくる桜子が叫ぶように話し出した。
「英子さんが。英子さんが、崖から落ちました!」
隆之の表情が変わる。
「イノシシが私に向かって飛びかかってきて、それから英子さんが私を助けようとして……」
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「今後どうなるの?」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援を応援をお願いいたします。
面白かったら星5つ、詰まらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると、本当にうれしいです!
なにとぞよろしくお願いいたします。m(__)m




