14:魔石と聖石
最後の客が去り、後片付けが終わると賄いが出される。この時教会にいたグレース牧師も戻ってきていた。
『お疲れ様、助かったよ。一日目だけど、給仕だけでも雇いたいくらいさ』
『今までは女将さん一人で切り盛りを?』
『いや、今は出払ってるけど、そこのダンジョンを利用してる冒険者たちが、たまに宿賃代わりに手伝ってくれる。そこの宿六はボロ教会でボーッと突っ立ってるだけだけど』
『おい宿六とは何だ。ダンジョン近くに教会があるとないとじゃ大違いだ。誰のおかげで安全に暮らせてると…』
グレース牧師は聖教会の厳かな連中とは違い、どちらかと言うと冒険者たちの気質に近い。教会があるから安全と言うのは、クロエが言っていた結界の事だろう。聖石にヒビが入っていたとの事だが……
休んでいいと言われたので、散歩のふりをして二人は外に出た。周りに人がいない事を確認し、クロエの体が光り始める。神聖魔法で結界を張っているのだ。正式な聖女でなくとも、聖教会に認められた神官のレベルであればこの程度はできる。
『一応、毎日張り続ける事で私の周辺は大丈夫だけど……私たちが去った時の事を考えて、新しい聖石を調達しなきゃダメね』
『考えたのですが、魔石は使えないのですか』
魔石とは、この世界のあらゆる魔道具に使用される魔法エネルギーの元だった。これがあれば誰でも簡単に魔道具が使えるのだが、シンによればこの宿屋には魔石が使われていないらしく、調理から風呂まで原始的なのだそうだ。
『魔石と聖石は根本から違うわ。魔石は特定の地域で採れる鉱物を研磨した物だけど、聖石は上級者向けダンジョンにしかない魔水晶を元に専門の神官が錬成するの。あと、魔法の系統も違うわね。私たち聖教会の出身者が使えるのは神聖魔法……魔石で結界を張ろうと思えば、魔術師の類になるんじゃないかしら』
『では聖石は、聖教会にしかないと……』
『そうなるわね。まずは申請して送ってもらわないといけないから、連絡するついでに出しておきましょう』
クロエは宿に戻る前に、大きく伸びをする。しばらくはイーリス山に縛り付けられると言うのに、焦ってはいないようだ。この状況を楽しんですらいるように見えた。
『お疲れのようですね、お嬢様』
『そうね……でも心地いい疲れだわ。王都じゃ確かに贅沢な暮らしはできたけど、誰も私の努力を当然の事だからって評価してくれなかったから、余計にここの人たちの言葉が温かいの。きっと貴族に生まれたのが間違いだったのよ私』
『…らしくない事を。それにお嬢様がいなければ、今の私はここにはおりません』
『ふふ、そうだったわね……私はもう戻るけど、貴方はどうする?』
『もう少し夜風に当たっています』
そう答えられて訝しむ事なく、クロエはシンの元を立ち去った。