13:生まれ変わった令嬢
それから結局二つのベッドの間に衝立を持ってきて、二人は用意された従業員用の服に着替えたようだ。ブローチが一旦外され、クローゼットに放り込まれていたので詳細は分からない。ただし長年虐げられていた上にモモに懸想しているシンが、クロエに劣情など抱く訳がない。彼女が着替えている間、実に紳士的に壁の方を向いていたのは確実だろう。
『シン、どうこれ。似合ってる?』
『お嬢様、その髪は……?』
シンの息を呑む音が聞こえた。粗末なワンピースの上にエプロンドレスを身に着けたクロエは、言われなければ別人と思われるレベルで変貌していた。顔形が変わる訳ではないが、その髪の色は焦げ茶色で長さも肩より少し長いくらいだ。
彼の驚愕に気を良くしたのか、クロエはふふんと得意げに笑い髪を毟り取った。パサリといつもの黒髪が流れ落ちる。
『女将さんに借りたカツラよ。第一王子と婚約破棄した仮の聖女なんて爆弾、公にする訳にはいかないしね。今の私はクロエじゃなくて、チャコよ。貴方もそう呼んでね兄さん』
『……貴女がそれで通したいのであれば、合わせますよお嬢…チャコ。それにしてもチャコ=ブラウンなんて偽名、どこから出てきたんですか』
『んー、何となく』
歯切れ悪く誤魔化すと、クロエは先立って一階へと下りた。女将は夕方に酒場の給仕をしてもらうから、それまでクロエには芋の皮剥き、シンには薪割りを頼んだ。
「これではクロエ嬢の様子が見れませんね……ダーク、彼女の家事の腕はどうだ?」
「できるはずないだろう。生まれてこの方、包丁など握った事もないのだから。こんな使用人の真似事、すぐ音を上げるに決まっている」
セイに訊ねられたダークはぶすっとして答える。比較的庶民感覚に近いダイは、興味深そうにしている。
「まあ王子に嫁ごうって女が家事なんてする必要ねえしな。全部の指切るとか分厚く剥き過ぎて食うとこなくなりそうだぜ……それに比べてモモは料理上手だよなあ。彼女が差し入れてくれるクッキーが絶品でよお」
「なにっ」
「おや? 殿下は貰っていないのですか。彼女もクロエ嬢に牽制されたか王子と言う身分に配慮したんでしょうかね」
「貰っているに決まっているだろう」
差し入れが自分だけではなかった事につい反応してしまったのが恥ずかしい。笑いを堪えているセイを恨めしげに睨み付ける。
スクリーンの中では厨房に戻ってきたシンがクロエの剥いた芋の山を運んでいた。
『チャコ、包丁が使えたのですか』
『あたしも驚いたよ、初めてだって言うからしばらく失敗が続くと思ってたんだけどねぇ』
『女将さんの教え方がよかったのよ』
どうやら飲み込みが早いようで、クロエの家事能力は問題ないとされた。皮も初めてにしてはちゃんと薄く剥かれ、ご丁寧に芽まで取られている。料理下手を嘲笑ってやろうとしたのに些か拍子抜けだったが、彼らが驚いたのはその後の事だった。
夕方になり騒がしくなった酒場の中、それに負けないくらい張り上げられる女の声。
『五番テーブル、エールと鶏の香草焼き一丁! 三番テーブル、ポタージュ追加で!』
『おーい、こっちにもオーダー頼む!』
『はい、喜んで!』
『おや、新入りかい。随分別嬪さんじゃないかい』
『どうも、チャコと言います。ご注文は如何なさいますか?』
『チャコ、一番テーブルの注文あがったよ』
『はぁい!』
何だ、誰なんだこの、庶民が利用する場末の酒場にいそうなウェイトレスは……いやもうそのまんまなのだが。ごろつきと揶揄されても仕方ない粗野な連中の中をパタパタと忙しなく駆け回り注文を取る少女が、少し前まで第一王子の婚約者だったとは誰も信じないだろう。
不埒な客の一人が尻に手を伸ばそうとするも、ひょいと躱して愛想笑い。そんな彼女を後ろに庇いつつ威嚇したのか、その客はシンを見て青褪めていた。





