イエラオ=キース=カラフレア⑨~魔女の子孫の悲願~
城内は地方の村に現れた聖女候補の話題で持ち切りだったけど、既に知っている僕からしてみればノイズでしかない。あらゆる生物と会話ができるようになる国宝『エルフの宝珠』の力を使い、僕はムーンライト侯爵家に纏わる噂話を集めて回った。まあ聖女の件も気になるんだけど、王族がおいそれと遠出はできないし、信頼できる者も限られているのだ。
カナリアから届いた報告によれば、コランダム王国では大きく情勢が動いていた。カラフレア王国のヒメモモバナ輸出規制と合わせ、魔薬『プリンセス』に関して調査したところ、例の新興宗教で信者に売りさばいていたので、一網打尽にしたとの事。帝国由来の新興宗教が違法薬物の温床になっていたとは……恐ろしい話だけど、これで滅亡の芽の一つは潰せたと言える。
ちなみに禁止されたのは未熟果から作られる魔薬のみ。花弁は食用で無害であり、特にアルコール漬けは夫婦生活の問題には効果的な薬……だと書かれていた。で、グリンダ伯爵はこれでダメならもう養子を取ると決意し、一縷の望みをかけ薬用酒の買い付けにカラフレア王国へ来るんだとか。
……隣国の伯爵のプライベートを聞いてしまっていいのかな? でもまあ、伯爵子息が亡くなり跡継ぎも望めない今、養子として引き取られるのが『ゲーム』におけるグリンダ伯爵なのだろう。前世では伯爵の正体が分からなかった事もあり、カナリアが興奮している様子が文体から窺えて、ちょっとムッとした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数ヶ月後、去年ウォーター伯爵から紹介してもらった宝石商を城に招いた僕は、サンドと共に応接用の一室に案内していた。そこへクロエ嬢がシンを伴い反対側から歩いてくるのが見えた。
「お久しぶりです、義姉上」
「まあ、イエラオ殿下。ごきげんよう」
義姉と言われ、満更でもない表情のクロエ嬢。実際はまだ早いかなと思うし、兄上の前でこれ言ったら物凄く不機嫌になるけどね。
「そちらの方は、お一人? 大規模な商談と言う訳ではなさそうですけれど、どんな商品を取り扱っているかしら」
「彼は王都で宝石店を営んでいます。カナリアの誕生日プレゼントを選びたいから、今年も流行商品の見本を持ってきてもらったんですよ」
「まあ、宝石商の方!? 素敵! 是非わたくしもご一緒させて頂くわね」
返事を聞く前に、クロエ嬢は目を煌めかせて勝手についてきた。こういう厚かましさが、兄からの不興を買う一因になっているんだけど……でも『ゲーム』じゃヒロインの距離感のなさとか怖いもの知らずなところに惹かれてもいるので、ケースバイケースなのかもしれない。
「イエラオ殿下は、去年もここのお店を利用されたのですわよね。カナリア嬢には何を贈られましたの?」
「去年はアメジストのヘアピン。今年は……シトリンのピアスにしようかと」
応接室で広げられた商品やカタログをうっとり眺めながら質問されたので、僕は見本の一つを摘まみ上げた。金髪に着けると目立たなくなる黄色の宝石も、ピアスなら僕の婚約者だって主張にもなるだろう。
クロエ嬢はカタログから顔を上げ、信じられないと言った表情で首を振った。
「まっ、ピアス! カナリア嬢はまだ十三歳ではありませんか。我が国ではうら若き貴族令嬢の耳に穴を空けるなど、外聞がよろしくないのでは?」
クロエ嬢の言い分には注釈が必要で、貴族令嬢の大半は聖教会と連携している王立学園に通っており、卒業するまでは『神官見習い』なのだ。そんな彼女たちに、体に穴を空ける必要のあるピアスを贈るのは非常識だと言いたいのだ。
「その常識は、王立学園でしか通用しないでしょ……カナリアは隣国の公爵令嬢ですよ? それに、今回はプレゼントするだけですから」
「それでも十二、三で宝石は早いわ。いくらコランダム王国が鉱物の国だからって……わたくしなんて二年連続、クマのぬいぐるみだったんだから」
誰とは言わないけど、兄上からのプレゼントだろう。選んでいるのはセイなんだけど。
「えっ、同じクマですか? 同じ商品を二年連続で?」
「ち、違うわ! 去年が赤いリボン、今年は黒のリボンよ。そう、わたくしたちの髪と同じ! きっとベニー様はわたくしが寂しい思いをしないようにぬいぐるみを贈ったものの、わたくしが大事にしているのに嫉妬して、今年はクマにパートナーを用意してあげたって事なのだわ。きっとそう!」
うん、ポジティブなのはいい事だね。――と、ここで開かれたドア付近で佇んでいるシンが目に入った。いい機会だし、気になっていた事をこそっと訊ねてみる。
「ところでシンは、義姉上がスラムで拾う前から何度か貴族に雇われていたと聞きました。その間に患った大病とか……強い副作用の薬とかで、後遺症が残ってたりしてないですか?」
「ホホホ、心配は無用ですわ。ペットの健康管理は飼い主の務めでしてよ。毎晩わたくしが自ら神聖魔法を施しておりますので、常に傷一つない、美しい肢体のままでしてよ!」
言い回しが何か気持ち悪いんだけど……あー聞かなきゃよかった。得意げに胸を張るクロエ嬢から視線を移すと、シンは無表情だったが顔に影が差していた。毎晩神聖魔法が必要になる事してるって、こんなの兄上に聞かれたら……
「お前たち、何をしている」
ちょうどそこに、たった今思い浮かべていた人物が現れて、何も後ろめたくはないのに思わず身が竦んだ。クロエ嬢の方は欠片も動揺する事なく、ぱっと顔を輝かせてカタログを手に兄上の方に駆け寄る。
「イエラオ殿下がカナリア嬢の誕生日に贈るプレゼント選びを、『義姉として』お手伝いいたしておりましたの。ベニー様、わたくしこれが欲しいですわ」
「お前の誕生日は終わった。欲しいなら自分で買え。……キースも、あまりこいつとは親密になるなよ」
愛称呼びされてあからさまに顔を歪めている兄上のこの物言いは、決して嫉妬心からのものではない。が、そこを捻じ曲げて都合のいいように取ったクロエ嬢は、嬉しそうに頬を染める。
「つれない事仰らないで。わたくしたちは将来の姉弟なのですから」
「どうだかな……うかうかしていると、番狂わせが起きるかもしれないぞ。お前も噂くらい聞いているだろう」
新たな聖女候補の話題を出され、クロエ嬢の笑みが引き攣った。彼女が嫉妬深いと分かっていて、敢えて挑発している。今までは嫌がりながらも耐えていたが、埒が明かないので今後はちょくちょく反撃に出る事にしたようだ。
嫌味を言ってスッキリしたのか、言うだけ言って部屋を出て行く兄上をぶるぶる震えながら見送ったクロエ嬢は、キィーッと奇声を上げて扇子を床に叩き付けた。……僕の前では取り繕わないんだよなぁ。
「不愉快だわ!! ごきげんよう、イエラオ殿下」
「あ、ちょっと待って! 義姉上に渡したいものがあるんですよ」
ドンと床を踏み鳴らして出て行こうとするのを引き留めた僕は、サンドに命じて鳥籠を持って来させた。黄色い羽に赤と青の尻尾を持つ、珍しい色合いの鳥がそこに入っている。
「まあ、わたくしにプレゼント? でもペットはもうシンがいるから結構ですわ」
「だと思った。それならこれは、親戚のムーンライト侯爵にお渡ししてくれませんか?」
断っておきながら、お前にじゃないと言われてにこやかな態度が一変する。無関係な他人として見る分には、彼女もなかなか面白いな。兄上はたまったものじゃないんだろうけど。
「義姉になるこのわたくしに、使いっ走りをしてこいと?」
「まあまあ、本命は伝言をお願いしたいんですよ。兄上と義姉上が結婚すれば、僕は侯爵とも繋がりができますから、今の内に仲良くしておきたいんです。可愛い義弟の頼み事、お優しい義姉上なら聞いてくれますよね?」
拾った扇子を差し出しながら、上目遣いで彼女が喜びそうな言葉を吐く。案の定、クロエ嬢は速攻で機嫌を治していた。
「あ、あら……いつの間にそんな口が上手くなって、嫌だわ。仕方ありませんわね、他ならぬ義弟の頼みですもの、わたくしも一肌脱ぎましょう」
たかだか鳥一匹届けるのにこの恩着せがましさ。だけどそんな事はおくびにも出さず、僕はにっこり微笑み返した。
「さすがは義姉上、御心が広い! では伝言の内容ですが……
『古よりの悲願達成を心からお祈りします』とだけ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
数日後、僕はムーンライト侯爵家の屋敷に招かれた。お忍びで、と言われたのでサンドだけを伴って王家の紋章入りではない馬車で向かう。
侯爵邸で応接間まで案内してくれたのは、侯爵子息のブラッドだった。当主が来る間、僕を持て成しているつもりなのか、ブラッドは勝手に向かい側に腰かけてペラペラ喋り出す。
「この部屋の隅にある鳥籠の鳥、殿下が贈って下さったのですよね? 躾の行き届いたペットだって、父が褒めてましたよ」
「喜んでもらえたようで、何よりだ」
「持ってきたクロエの態度は、恩着せがましくていただけませんでしたけどね。あいつも愛人の子がセレナイト公爵家に来るまでは可愛い奴だったんですが。ヨナ様直々に例のメイドの後見を頼まれたので、渋々引き受けましたけど……平民風情に我がムーンライト侯爵家の名を穢されるのは我慢ならないですね」
なるほど、クロエ嬢の「愛人の子」発言はこいつからか。侯爵家からも何人か使用人が送られているだろうし、悪い影響受けてるんだろうなー。あと引き受けたのは、お前ではないだろ。
「まあその妾腹野郎も、嫁の貰い手がないデブを婚約者に宛がわれて、いい気味ですけどね!」
「へえ……そのデブの婚約者とは、私の従姉シィラ=ホワイティ辺境伯令嬢の事かな?」
「……へぇっ!?」
「どうなのだ? そなたの言う妾腹野郎とやらがダーク=セレナイトの事を指しているのであれば、婚約者は我が母ネージュ……つまり王妃の姪にあたるシィラという事になるが?」
身内を貶され、ついついよそいきモードで圧力をかけると、ブラッドは途端にしどろもどろになり「い、いやこれは……言葉のあやと言うか、ですね」などとへたり出す。ふん、だ。
そうこうしている内に侯爵が応接間に現れたが、室内の微妙な空気を感じ取り戸惑いの表情を浮かべている。
「これは殿下、この度はご足労いただき……ブラッド、何をしている!?」
「いや、それは……父上が来る間、退屈な思いをされてはと」
「ああ、いい退屈凌ぎにはなった。侯爵、御子息は私が贈った鳥を『うちとは違ってよく躾けられている』と褒めてくれたんだよ」
「!! ブラッド、もう下がれ」
真っ青になった侯爵によりブラッドは叩き出され、サンドや他の使用人たちもドアの外で待機となったので、部屋は一気に静かになった。
「申し訳ございません、殿下!! 愚息が大変な無礼を……」
「構わない、それより早く本題に入ろう。……と、その前に」
「!?」
パチン、と指を鳴らすと、僕たちの周りが一瞬、光の柱に包まれる。何事かとキョロキョロ見回していた侯爵は、ふと天井を見上げて仰天した。いつの間にか、黒い線で魔法陣が描かれていたのだ。
「で、殿下……これは一体!?」
「ごめんね、話が終われば撤収させるから」
そう言って差し出した指先には、一匹の女王蟻。そう、天井の黒い線――いや、点の集合体は蟻だった。ブラッドがくだらない話をしている隙に、こっそり持ってきた蟻入りの袋を放ったのだ。『エルフの宝珠』のスキルで女王蟻に頼んで命令してもらい、静寂魔法の陣形を組んで発動させる。床でやったら踏んじゃいそうだから、こんなやり方にしてみた。
「いやはや、お見事です。さすがはホワイティ辺境伯の系譜を受け継ぐ御方」
「今は誰にも聞こえないから、いちいちおべっかは要らないよ。わざわざ僕を呼んだのも、公にできない話をするためでしょ?」
腹を割って話そう、と言う意思を示すために、わざとくだけた口調に変更すると、侯爵も愛想笑いを引っ込めて着席を促してから自分もソファに腰かけた。
ムーンライト侯爵家当主――布教や寄付など、国中で一番聖教会に貢献してきた貴族と言われている。家訓は【尽くす事、施す事、慈しむ事聖女の如くあれ】……息子が全然順守できていないのはさておき、そんな聖人のような当主の功績が評価され、代を重ねるごとに少しずつ爵位を賜り、先代ではついに侯爵にまで上りつめた。
(の割に、ムーンライト家からは王妃も聖女も出てはいないんだよなぁ。不思議と……って今までならそう思ってたんだけど)
口直しにと用意させたお茶を飲み、女王蟻用の小皿に砂糖を一匙入れるという労わりを見せてから、侯爵は切り出した。
「わざわざおいで頂いたのは、確認したい事があったためでございます。単刀直入に伺いますが……殿下はどこまでご存じなのですか」
「そうだねー、全てと言う訳でもないけどそこそこは、と言っておこうか」
「……我がムーンライト家の秘密は記録にも残されず、王家でも王太子にしか伝えられられないはず。第一王子優勢と聞いていたが、まさか陛下はイエラオ殿下こそをとお考えなのか!?」
侯爵が何やら邪推してるけど、もちろんカナリア由来のゲーム知識でーす♪ ……なんて言える訳ないので黙っておく。ハッタリは大事。
「侯爵、僕がわざわざこんな回りくどい方法にしたのは、侯爵家に帝国の手の者が接触したという情報を入手したからなんだ。僕は帝国が周辺国家の侵略を企んでいると見ている。我がカラフレア王国で言うなら、牙城は聖教会だ。突き崩すならば、最も影響力の高いムーンライト侯爵家だってね」
「ハハハ……殿下はお若いのに謀略小説がお好みとは。確かに最近出入りしている商人は帝国出身者ですし、冗談で帝国との取引を持ちかけられた事もあります。もちろん、きっぱり断りましたよ。我が侯爵家は代々、聖教会の敬虔な信徒ですからな」
案の定、相手にしていられないとばかりに笑い飛ばされる。けれど僕はムーンライト家がヨルダ=ムーンの一族だと推測してから、ずっと気になっていた事があった。
「先祖を魔女と……悪者と呼ばれて、聖女を恨んでいたんじゃないの?」
「殿下にはまだ難しいでしょうが、国には権威というものが必要なのですよ。民を飢えさせない、仕事や便利な暮らしを与えると言った政策はもちろん大事ですが、中にはそれだけではどうしようもない国難も起こり得ます。そんな時、絶対に大丈夫だと安心感を与えてくれる存在が」
「安心感……それが、聖女?」
「仰る通り、ムーン家は聖女ヨルダが魔に魅入られ、堕ちた事で迫害を受けました。家名を変更し、男爵へ降格せざるを得ないほどの。ですがムーンライト家を庇い、連座から守ってくれたのは、ヨルダと敵対していた聖女だったのです。もちろん複雑な思いはありますが、ここで復讐しても『悪の一族』であると証明されるだけ――」
聖女からの恩を受けたムーンライト家は恨みを飲み込み、国のために尽くしてきた。それでも『仮の聖女』にも『王妃候補』にも選ばれてこなかったのは、魔女の子孫であるからなのか。
「マスミ殿から聞いたよ。クロエ嬢と兄上が結ばれるのは、侯爵家の悲願だと」
「そうですな……クロエは幼い頃から、大変な努力家だった。ブラキア殿は厳しい方だが、決して挫けず期待に応えてきた。彼女が王妃、そして聖女になれば……地に落ちた名誉も回復し、先祖も浮かばれるだろう」
クロエ嬢に対する評価は、身内である事を抜きにしても僕たちの世代とは真逆のものだった。彼女は猫被りにも長けているので、大人は騙されているだけだと言う事もできるが、王妃教育も聖女の修行も努力なしでは続けられないのは本当だ。
ここまでならただの美談だが……『ゲーム』知識で彼女の運命を知っている僕からすれば、呑気に微笑ましいとは思っていられない。
「もし……もしも、その前提が引っ繰り返ったとしたら?」
「……はい?」
「侯爵もご存じでしょう? 新たな聖女候補誕生の噂を。そしてクロエ嬢が兄とは不仲である事……このまま何事もなく婚姻まで辿り着ければ問題はないけど、万が一という事もある」
侯爵が息を飲む。僕の懸念が何なのかを察したようだ。子供の杞憂だと笑い飛ばせないだろう……あの時の天からの光は。
「まさかそんな……だとしても、クロエは聖女にならなくとも充分王妃になれる資格はございます。いざとなれば、二人とも妃とする事も」
「その場合、どっちが正妃になる? 侯爵の言った通り、聖女の存在は国にとっての権威だ。いくら平民だからと言って、聖教会が聖女と認定すれば粗末には扱えない。この状況……聖女伝説の二の舞になるんじゃないかって」
ヨルダが魔女に堕ちたように、クロエ嬢も同じく魔女に――言葉にはしないが、その可能性を示唆すると侯爵は渋い顔をして唸った。
「……殿下は私めに何をお望みなのですか」
「できれば何も起こらない事を祈るけど、侯爵にはどうか、カラフレア王国を帝国に売り渡すのは思い留まって欲しいんだ」
婚約破棄、聖女認定剥奪、王都追放……それらによる絶望で魔女化。ムーンライト家の血を引くクロエ嬢の破滅は、侯爵家に王家と聖教会への失望と不審を抱かせるだろう。何百年仕えてきた仕打ちがこれかと。しかし決して表には出さず、裏で帝国と手を組み内部に次々と帝国の息がかかった者たちを送り込む。
そう、国の滅亡には武器による殺し合いなど必要ない。ただ影響力を持つ者がちょいと、運命を滅亡の方向へ傾けてやるだけで、誰にも気付かれぬまま緩やかに衰退していくのだ。
「そうならないように、僕が侯爵家を守ります。貴方こそが、国家存続の要だから」
ブラッドは正直アレだけど、今代当主こそが『ゲーム』時間軸での我が国の命運を握っている。『ゲーム』には登場しない、裏方の中枢とも言うべき存在。
「ハハ……殿下は侯爵家を買いかぶり過ぎですよ。私一人が何を思おうが、事態はそれほど大きくは変わりません。そしてそれは、貴方も同じだ。……無礼を承知で申しますが、第二王子派は今の時点で劣勢。貴方自身もまだまだ若過ぎる。発言力も求心力も、第一王子に遠く及ばない」
「……」
「無力なんですよ、我々は」
そうだ……僕一人、侯爵一人では最悪の未来を回避する事はできない。
「今のままなら、でしょう?」
「……?」
「僕には、力を得られるチャンスがある。貴方が王家に失望せず、聖教会を支えてくれるためならば、僕は――王太子を目指します……本気で」
一瞬、兄上の顔が浮かんだが、すぐに振り払った。『ゲーム』では勝手に王太子候補に祀り上げられる事を嫌がっていた……と言うか今もそうだ。第二王子派の道具に成り下がるつもりはない。だけど、僕はカラフレア王国の王子だ、百年後も国家を存続させるために、僕は選ばなければならない。
「……貴方がどれだけ悩まれたのか、お顔を見れば分かりますよ殿下。我々もムーンライト家を守るためには、いざとなればクロエを切り捨てるでしょう。貴方も……兄君と戦う覚悟はおありですか」
「ええ、もしも第一王子がムーンライト……ムーン家の血筋を蔑ろにし、クロエ=セレナイトが魔女になるような事があれば、私イエラオ=キース=カラフレアは……兄を蹴落としてでも王太子の座を奪い取ります」
願わくば、そんな日が来ない事を、今の僕は祈るしかなかった。
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※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





