イエラオ=キース=カラフレア⑩~ピアスの穴~
イエラオ編を書くにあたり最初から読み返していたら、勢いで書いたせいで
途中で設定を忘れたり変えたりした部分があったので統一しました。
●水晶玉は魔力や神力を増幅させるための媒介であってスクリーン機能はない
●シィラは魔道具なしで認識阻害魔法が使える
●セイとミズーリの賭けのあたりを少し変更
【親愛なる我が婚約者イエラオ=キース=カラフレア第二王子殿下
誕生日に素敵なプレゼントをありがとうございました。このところお互いに忙しく、会えない日々が続くのは辛いですが、それだけ両国にとって重要な出来事が起きているという事ですものね。カラフレア王国のゲームが始まるのも間もなくですし、気を引きしめて運命の日を迎え入れなくては。
迎え入れたと言えば、グリンダ伯爵が養子を取られたと聞きました。カラフレア王国の地方の村で、ラルド様そっくりの少年がいたんだとか。名前は、『ロック』……はい、いましたそんなキャラ。すみません、お渡ししたデータには書かなかったのですが、オープニング前のプロローグとして、故郷の村で一言二言会話したモブがいたんです。言われるまですっかり忘れてたのですが、隣国の貴族に養子入りした事も手紙に書かれてました。
だってそんな、まさか一瞬しか登場しない脇役が隠しキャラなんて、普通思いませんよ! 確かにヒロインを一番近くで見てきた幼馴染みですし、王都でちゃんとやれるか心配してくれる優しい人ですけど……彼がヒロインを好きなのも、彼女のために地位と力を手に入れて、強くなって助けに来てくれる理屈も分かりますけど!
同じ平民の幼馴染みでも、第一王女のお相手の方が、よっぽどロマンチックなんですよね。これも最近のニュースなのですが、王位継承権問題で命を狙われていた王女が身を潜めていたキューク村の御学友が、王女の事をずっと想っていて先日プロポーズしたんだとか。
ただ身分の関係でそうすんなりとは承諾されないとは思いますが、若い女性たちの間では障害を乗り越えて結ばれる恋愛劇が流行りらしく、好意的に受け入れられているようです。
わたくしたちは国が決めた結婚ですけれど、物語の盛り上がりより何より、貴方が婚約者になってくれた事が幸せです。それは単に『ゲーム』の最推しだからというだけではないですよ?
今年のキース様の誕生日には、必ずそちらに伺います。何かプレゼントのリクエストなどありましたら、教えて下さいね。
貴方の婚約者カナリア=リクーム】
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カナリアからの可愛い手紙に、遠慮なくリクエストを書いて返事を出し――僕の十三歳の誕生日。彼女がカラフレア王国に訪問してくれた事で、本当に久しぶりの再会となった。
十四歳のカナリアはあどけなさが少し抜けて、ぐっと女の子っぽくなっていたので、ドキドキしつつも同時に不安でもあった。こんなに綺麗な婚約者の隣にいて、僕は見劣りしてないだろうか。君の中では、まだ子供だったりしない?
「お久しぶりです、イエラオ殿下。この度はおめでとうございます」
「ありがとう、リクーム公爵令嬢」
公式の場なので、かしこまった呼び方をする。が、宴が始まるとこっそり耳打ちされた。
「背が伸びましたね。もうわたくしよりも高いのでは?」
「まだまだだよ。兄上ぐらいにはなりたいもの」
「ふふふ、レッドリオ殿下は高身長ですからね……本日は、学園で行われるダンジョン攻略の合宿でしたっけ?」
「そう、昨日から行ってるからパーティーには不参加だよ。まあバースデーカードは貰ってるし……もうすぐダンスだよ、踊ろうカナリア」
僕はカナリアの手を取ると、ホールの真ん中までエスコートし、曲に合わせてダンスをする。今までは付き合いで参加していたパーティーで他の令嬢としか踊って来なかったので、今日みんなに心置きなく見せびらかしてやれた気分だ。もしかしたら未来の王妃になるかもしれない、僕の素敵な婚約者の事を。
その最中、視界の隅にクロエ嬢がシンと踊っているのが見えた。いつもは兄上が出ていない時はダークがエスコートしているのだが、彼も学園の二年生だから合同合宿中なんだよな。曲が終わると、クロエ組はこちらに近付いてくる。
「ごきげんよう、イエラオ殿下。本日はお誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、義姉上」
「リクーム公爵令嬢も、お久しぶりです。相変わらず、お可愛らしくて何よりですわ」
「は、はいっ! せりぇ……セレナイト公爵令嬢も大変お綺麗で……」
緊張のあまり噛んでしまったカナリアに、クロエ嬢は口元を扇子で隠していたが、鼻で笑っているのが見えてムッとした。言い間違いくらい、いいじゃないか、可愛いんだし! ちなみに彼女が緊張しているのはクロエ嬢にビビッているのではなく、『ゲーム』キャラを前にしてテンションが爆上がりしてるんだろう。
「ホホホッ、照れなくてもいいのよ。わたくしたち、義理の姉妹になるのですから。でも貴女から見ても、殿下は成長したでしょう? もうすっかり王子様らしくなられて」
「すっかりも何も、最初から王子ですよ……今まで僕を何だと思っていたんですか」
「もちろん、『王子の弟』ですわ」
クロエ嬢にとって、王子様は兄上一人だからなー……と溜息を吐きそうになっていると、カナリアが僕の腕に手を絡ませた。
「ええ、わたくしにとっての王子様はキース様ですから、レッドリオ殿下が『王子の兄君』になりますわね」
「まあ、もう愛称呼びをお許しに? 仲がよろしくて結構だわ……でも貴女、まだなのよね?」
「?」
カナリアの耳をちらりと見遣ったクロエ嬢は、今度はあからさまに嘲笑してみせる。……何で恋のライバルでもないカナリアにまで突っかかるかなー。兄上がいないから実は機嫌悪いのかな?
「せいぜい頑張りなさい。それじゃ、失礼」
そう言ってクロエ嬢がシンを呼んで行ってしまうと、カナリアが大きく息を吐き出した。
「お疲れ様、カナリア。その、僕のために言い返してくれてありがとう」
「いえいえ、そんな。それにしてもさすが悪役令嬢、近くで見ると本当に超絶美人……あれで十五ですよ十五! あたしなんか近頃やっと膨らみかけてきたとこなのにぃ!」
こっちが心配していたのをよそに、完全に視点がプレイヤーモードになっている。怪しげな手付きで胸の大きさを表現しようとする彼女の手を取って止めさせた。人前だよカナリア……
「羨ましがる事なんてないよ。君があんまり大人っぽいと、逆に僕が子供に見られてるんじゃないかって不安になる。いっそ追い付くまで成長を待ってて欲しいぐらいだ」
「あ、あはは……それは無理ですけど、何がいいのか決めるのはキース様ですものね。そう言えばクロエ様が『まだ』って言ってましたけど、何の事です?」
「うん、今から教えるから一緒にここを抜け出そう?」
ニヤッと笑って手を握りしめれば、カナリアは戸惑いの表情を浮かべながら頬を染めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここが、キース様のお部屋……」
初めて入った婚約者の私室に、物珍しそうにキョロキョロ見回すカナリア。僕は彼女に見せたいものがあるからと、自分の部屋に連れ帰った。使用人が着替えを手伝おうとするのを断り、部屋の外に待機してもらう。ベッドに腰かけて待っているカナリアは、男が好きな女の子を部屋に呼ぶ意味を考えてないんだろうか。
「お待たせ」
「ふおぉぉ…!」
別室で着替え終わってドアを開けると、カナリアは奇声と共に立ち上がり、両手を組んでキラキラした目で凝視してきた。今の僕が着ているのは、兄上が通っている王立学園の制服だ。ついでに伊達眼鏡もかけている。
「キース君の制服姿! しかも眼鏡付き……尊い!! レッドリオルートでは出番が多い代わりに、三年目で修行に入っちゃうから、恋愛エンドじゃじっくり見れないのよねー」
「お気に召してもらえたようで何より。好きなだけ見てもいいよ。あ、よかったらカナリアも着る?」
袋から女子用の制服を取り出すと、我に返ったカナリアが瞬きを繰り返し首を傾げる。
「……どうしてキース様が学園の制服を?」
「これは今度、ジョンを入学させるために用意したものだよ。もうすぐ『ゲーム』が始まるし、ヒロインの動き次第で対処も変わってくるから、できるだけ近くで状況を把握しておかないと……あ、女子の方はミズーリのだから」
まだ着るかどうかの返事は聞いていないが、終わったら呼んでとだけ言って再び別室に移動する。こうすればカナリアも着替えざるを得ないだろう。自分が流されやすいタイプだったからこそ、そういう空気に持って行かせる方法も分かっていた。ああ……十三歳で汚れた大人になった気分だ。こんな僕は、嫌われてしまうかな?
しばらくして、着替え終わったと声がかかったので部屋に戻る。姿見の前に二人で並んで立つと、そこには本来あり得ない光景が映っていた。まだ入学していない僕と、隣国人であるカナリアの、王立学園の制服姿。思わずぎゅうっと抱き着くと、腕の中で小さく「ひゃあっ」と声が上がった。
「すごく、すごく可愛いよカナリア! もうこのまま留学してきちゃいなよ」
「そ、そうしたいですが、なかなか……第一王女やグリンダ伯爵夫人の話し相手も頼まれてしまって、留学したらきっと寂しがられます」
「そっか、君の学友もいるだろうしね。残念……そうだ、僕が君にあげた誕生日プレゼント、持ってきてくれた?」
「あ、はい。穴は開けないでくれと言われたので、今まで仕舞っていましたけど……えっ??」
ここでピアス穴を開けたいと言うと、カナリアは不安そうに目を泳がせた。やっぱり体に傷を付ける訳だから、はいそうですかと簡単に受け入れてくれるとは思ってなかった。
「キース様が開けて下さるんですよね? いえ前世でも開けていたので怖くはないのですが、この体では初めてなので、緊張してきちゃって……あの、自分で開けるんじゃダメですか?」
「僕が開けたい。……ダメ?」
こてん、と首を傾けて上目遣いをすれば、ぶるぶる震えて俯かれる。
「くっ、キース君におねだりされて断るなんてできないわ」
「医療道具は一通り揃えてあるよ。この日のために魔法のコントロールも覚えた」
「そこまで準備万端にしておいて、断らせる気なんてないじゃないですか……」
ぶつぶつ言いながらカナリアは靴を脱ぐと、ベッドに横になった。
「わ、分かりました。それが誕生日プレゼントでよろしいんですね? こうなったら覚悟を決めます」
「カナリア?」
「ひ、一思いにやっちゃって下さい! ……できれば優しく」
好きな女の子が自分の部屋のベッドに寝転がって、ぎゅっと目を瞑って僕に身を委ねている。この状況、一体どうしてくれよう? ……どうって、ピアス穴開けるだけなんだけど。
同じくベッドに乗り上げ、消毒した針と出現させた小さな氷を持つ。薄っすら目を開けたカナリアは、覆い被さる僕を見上げて「はうっ、尊い……」とだけ呟き目を閉じた。
「カナリア? 気を失ったの? おーい……まあいいや」
あまり身を固くされると、僕も意識してやりにくかったから。ささっと手早く終わらせて耳を消毒し、ベッドに座り直せば、椅子にカナリアが脱いだドレスが引っ掛けられているのが目に映った。皺にならないようにハンガーにかける。
まだ目を覚まさない彼女に落ち着かない気分になり、頭を撫でてやりながら独り言の体で語り出す。
「カナリア……僕、ムーンライト侯爵の話で分かった事があるんだ。何故、神を信じない、信じさせない帝国が聖女を欲しがったのか。新興宗教を作ったのか。
答えは、『権威』だよ。コランダム王国は信仰の力が弱かった。カラフレア王国は腐敗していたとは言え、聖女頼みだった。突き崩すには、すぐに撤収できる新興宗教を流行らせる事と、僕たちにとっての『権威』を貶める必要があったんだ。
ムーンライト侯爵家の裏切りにより外国勢力が入り込んだカラフレア王国と聖教会は瓦解し、新興宗教で魔薬漬けにされても残された聖女の血で辛うじて繋いでいたコランダム王国の『権威』も、帝国に奪われた事で折られた。それが二国が滅亡した理由……だと思ってる。
じゃあ、その百年前を生きる僕たちにできる事って、何なのかな? もうすぐ『ゲーム』は始まってしまう。クロエ嬢を改心させて兄上と婚約破棄させない? それとも攻略対象たちの悩みを聞いて、事前に解決させてあげる?
実は、何度か試そうとした事はあるんだ。だけど僕は彼らよりずっと年下で、人生経験も少ない。子供が知った風な事言うなって話だよ。同じ年頃の、同じ学び舎で出会った無関係の少女に強引に抉じ開けられたからこそ、誰にも見せられなかった心を許したんだろうね。やっぱり僕は無力だよ……あるいはこれも『ゲーム』の強制力ってやつなのかな?
だから表立って引っ掻き回すよりも、裏側でフォローに回った方が上手くいくんじゃないかと思って、ジョンを学園に潜入させる事にした。彼にはヒロインの動向を報告してもらって、どのルートを選ぶのか探った上で決めたいと思う。一先ず、『ゲーム』の展開通りで行くって事だよ。
だけど王太子には、僕がならなきゃいけないだろうね。侯爵家が帝国に靡かないためでもあるし、この国の闇を知るためでもある。そうなったら……そうなったらカナリアには、この国に来て王妃になってもらわなきゃいけないんだけど……ついてきて、くれる?」
カナリアがぱちりと目を開ける。寝転がった体勢のまま、クスクス笑って僕の頬に手を伸ばした。
「そんな不安そうな顔をしないで。わたくしたちは婚約者じゃないですか」
「だって、僕たちの問題に君を巻き込む事になる」
「元々は、わたくしの国の問題だったんですから。カラフレア王国で食い止められるのなら、力になります。
それにね、これは『ゲーム』の話ですけど……レッドリオ殿下はとても純粋で繊細で、孤独な御方なんです。人の上に立って、時には汚い事に手を染めるには、あの方は綺麗過ぎるわ。今のキース様の方が向いていると思うの」
離されたカナリアの指が濡れていた。僕は、泣いていたんだろう。義姉を犠牲にして兄を蹴落として、婚約者を巻き添えにして……それでも国というものを存続させていかなきゃならない。辛いな……国のトップはどす黒い孤独の中にいる。
「そばに、いてくれる?」
「わたくしは、キース様のものですから」
少し血の滲んだ耳に触れて微笑むカナリアに、どうしようもなく愛しさが湧き上がった僕は、彼女を強く抱きしめた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヒロインの入学に合わせ、僕はジョンをブリアン男爵子息として学園に送り込んだ。この国では髪と目の色が違うと目立つので、染め粉で髪は黄色くしてある。そうすると、驚くほど僕と瓜二つになった。念のために眼鏡をかけさせておくが、突っ込まれても他人の空似で通してもらおう。
何故そっくりにしておく必要があるのか? それは、時々入れ替わって僕が直接学園に潜入するためだ。ヒロインを直接この目で見ておきたかったし、聖教会にも用があった。王家が所有する魔道具には認識を阻害させるものもあるのだが、聖教会と連携している王立学園では魔道具は認可制だ。よって簡単な変装程度になる。
果たしてヒロインは、何を選択するのか? いっそ何も選ばずに、大人しく田舎に帰ってくれればいいんだけど……兄上にも思惑があるみたいなんだよな。悪いけどこっちだって必死だから、本気で行かせてもらうよ。
さあ、ゲームスタートだ。
※ツギクルブックス様より書籍版、電子版が発売中です。
※書籍情報は活動報告にて随時更新していきます。





