昼酒
「嘘だろ、アナスタシアがあんたの弟子なのか?」
ワイングラスを片手にハゲール子爵が言った。
「ああ、そうだ。」
「信じられん・・・。」
「惜しい事をしたな、ハゲール。」
「何がだ?」
「あいつは、ああ見えて、料理の腕は一流だぞ。」
「は?いやいや、貴族だぞ?」
「俺が仕込んだんだ。その辺の料理人には負けねえ。」
「マジかよ・・・。何度か見かけたことはあったが、全然イメージが・・・。」
「マルガリータの所で侍女をやってたみたいでな、掃除も出来てたなあ。」
フールの家で修行中、アナスタシアは細々と掃除をしていた。
「掃除も、料理も出来る女か、確かに嫁には最適だろうが、婚約破棄されたのは俺の方だからな。どうにもならん。」
「あいつも酷い奴だな。いや・・・、元々そういう性格か。」
傍若無人な師弟コンビを思い浮かべ、フールは嫌気がした。
「しかし、せっかくいいワインなのに。ツマミがイマイチだな。」
「悪いな、死ぬ予定だったんで、料理人も食材も切らしていてな。」
「なんだ、なんだ?まるで俺が手あたり次第に人を殺しているみたいじゃねえか。」
「いや、そういう訳じゃねえよ。言うなれば俺は生贄だ。貴族の責任って奴だな。」
「わけがわからんな。」
二人は、真昼間からいい感じに酔っていた。
コンコン
客間がノックされた。
「だ、旦那様・・・。」
「おい、大事なお客様を迎えてるんだ、誰も入って来るなと言っただろう?」
今、広い屋敷に居るのは、ハゲール子爵とフール、そして唯一残っていた老人の執事だけだった。
「そ、それが、王妃様が・・・。」
「王妃様がどうしたっ!」
王妃様と言われて、ほろ酔いが吹き飛んだ。
何か良くない事でも?
「ハゲール子爵っ!」
そう言って、王妃エラが単身で乗り込んできた。
真昼間からワインをかっくらってる駄目な大人二人を睨みつける。
「お、王妃様・・・、こっちは・・・。」
フールまで睨みつける王妃を危ういと思いハゲール子爵が焦った。
「初めまして、フール。私がアナスタシアの妹エラです。」
王妃とは、言わず、ブラッディフッドの弟子の妹であると自己紹介した。
「そりゃあ、初めまして。あんたがシンディの娘か。」
「母をご存じで?」
「面識はないがな、ブラッディフッドに聞いてる。」
「ここでは何ですし、王宮へいらっしゃいませんか?」
「おいおい、俺を王宮に招き入れるなんて、正気の沙汰じゃないと思うが?」
「あなたがその気になれば、国の一つや二つ、簡単に潰せるのでは?」
「まあ、ブラッディフッドが邪魔しなけりゃあな。」
そう言って、やれやれとフールは立ち上がった。
「ハゲール、いい酒だった。次に来る時は、ツマミでも持ってくる。」
「今日は偶々料理人が不在でな。次は、旨い物も用意できる。」
ハゲール子爵の屋敷に残っていたのは、後始末を任された老人の執事のみ。それ以外は、全員解雇されていた。
「そりゃあいい。」
エラ王妃とフールはハゲール子爵の屋敷を後にした。
「俺もそんなに暇じゃなくてな。歓待してくれるのは嬉しいが長居はできないぞ?」
フールはエラ王妃に言った。
「歓待する気はありません。」
「おいおい・・・。」
「私に武術を教えてください。」
「は?」
「私の姉は、舞踏術を使っていました。教えたのはあなたですね?」
「立ち会ったのか?」
「ええ。」
「自分の動きが出来なかっただろう?」
「その通りです。」
「あれは、反則だよな。」
そう言ってフールは笑った。
「しかし、武闘と舞踏は、呼び名は一緒だが、全然違うものだ。」
「はい、心得ています。」
「今更、武器を持って舞踏なんてやらないだろ?」
「ええ。」
「じゃあ、俺が何を教えるんだ?」
「武術の基礎を。」
「ある程度は習ったんだろう?母親に。」
「本当に少しだけです。小さい頃に亡くなりましたので。」
「その後はずっと一人で修行していたのか?」
「はい。」
「それで王国一になったんだ、そりゃあ凄い。物語になるわけだな。」
「あんな物語、作った奴を処刑したいと思っています。」
「穏やかじゃねえな。」
「何度かマルガリータ王女様に引き渡しを頼みましたが駄目でした。」
「ドワーフに恨まれ、アナスタシアに恨まれ、そして王妃エラにも恨まれか、絵本作家ってのも割りに合わない仕事だな。」
フールは笑った。
「ブラッディフッドも狙っていますよ。」
「は?何で?」
「赤ずきんちゃんを書いた子孫だとか。」
「そ、そりゃあ・・・、しゃあないな・・・。」
「着替えてきますので、お待ちいただけますか?」
「ああ。」
王妃エラは、王宮内の広い場所にフールを案内して、着替えに行った。
そして、フールの元に一人の男性が近づいた。
「この度は、我が国の者が粗相をしてしまい、申し訳ありませんでした。」
一国の国王が深々と頭を下げた。
「もういい、終わったことだ。」
「子爵の命も救って頂き、本当に。」
もう一度深々と頭を下げる。
「ハゲールはあんたにとって、どんな存在だ?」
「剣の師であり兄のような存在です。」
「そうか、酒と女にだらしなさそうな奴だが、いい奴だ。俺は嫌いじゃあない。」
「ありがとうございます。」
「それにだ、弟子の元婚約者だからな。無下にはできん。」
「は?」
着替えてきた王妃エラが戻ってきた。
「陛下、姉は、フールの弟子でもあるそうですよ。」
「な、なんと・・・。」
「準備はいいですか?」
「ああ、俺の方はいつでも。」
エラは、軽く礼をすると、フールに攻撃した。
フールはポケットに手を入れたまま、攻撃を避けた。
華麗なステップを踏むその様は、まるで踊っているようだった。
ある程度、時間が経ち、エラは攻撃をするのを止めた。
息を整えて、フールに聞いた。
「私の攻撃はどうですか?」
「悪くはない・・・、が、良くもない。」
「そうですか。」
「基本と言っても、出来ているのは、ほんの初期の基本だけだ。まあ、それでもこれだけ出来る様になるには並大抵の努力じゃあ無理だがな。」
フールは、王妃エラの努力を称賛した。
「最初に言ったように、俺は直ぐにでも、ここを立たないといけない。だから教えるのは、もう1段階進んだステップだけだ。」
「はい。」
フールは簡単に基本のステップを教えた。
「俺は、これから、偶にハゲールの所に酒を飲みに来る。その時でよければ、少しずつ教えてやる。と言っても俺が教えるのは武術の基本だけだがな。」
「はい、宜しくお願いします。」
やる気度、超MAXの王妃エラだった。




