初めての〇〇
チーズの町の噂は、近隣だけでなく、遠く離れた場所まで広まっていた。
冒険者であれば、気軽に行くことが出来るのだが、普通の人たちとなると、命がけの旅になる。
そんな中、チーズを求めて貧しい二人組が、決死の覚悟でチーズの町を目指していた。
二人は、夫婦であり、年も中年。子供には恵まれず、生まれ育った貧しい村は、自然消滅してしまった。若い者が村を出ていき、年寄りが死んでいく、そういった何の特色もない小さな村は、自然消滅するのが、この世界の常識だった。
復興したチーズの町に行けば、何か働き口があるかもしれない、そういう藁にも縋る思いで、チーズの町を目指していた。
彼らが、最も気を付けるべきなのが、モンスターでも獣たちでもない。
最も危険なのは、同じ種族の人間だった。
人は罪深く、強欲で残虐である。
チーズの町まで、残り数日といった所で、彼らは出くわしてしまった。野盗という、人間で最も残虐な奴らに。
「有り金、全部出せ。」
相手は、5人。
逆らえば殺されるのは目に見えている。
なけなしの金を大人しく渡した。
「これっぽっちか?」
「は、はい。」
「たくっ、最近は、貧しい奴らが多くなったもんだなあ。」
金を持った商人たちは、護衛を雇っているし、種族的に強いドワーフなんて、とてもじゃないが野盗ごときでは敵わない。
「おい、こっちの女はどうする?奴隷商人に売るか?」
「無理だろ、年齢が行き過ぎてる。」
「面倒だし、殺すか。」
「そうだな。」
「い、命だけは、お助けを。」
夫が土下座して頼み込む。
「駄目だな。」
「馬鹿なのか、お前は、野盗に命乞いして、何になる。」
野盗たちは笑った。
男は、正座したまま、天を仰いだ。
「精霊フレイ様、我々に慈悲を与えたまえ。」
涙ながらに、天に祈る。
「ぶははっはは。」
「精霊に祈ってやがる。」
「頭いかれてるな。」
大笑いする野盗たち。
「世の中を知らないんだな、無知な貧乏人め。」
「そうだ、そうだ。」
「こういう時はな、ダメもとでもブラッディフッドに助けを求めるもんだ。」
「まあ旅の常識も知らない貧乏人は死ね。生きる価値もない。」
そうして、野盗は、山刀を振り上げた。
「そうでもないわよ。祈りっていうのは、意外と届くものよ。」
そう言って現れた女性は、ひらひらのついた真っ赤なドレス風の衣装を身に纏っていた。
見る者が見れば娼婦に見えるいでたちだ。
「なんだ、女。娼婦か?」
「ああ、金ならあるぞ。これで俺たち5人の相手をしてくれ。」
そう言って卑しい笑いを浮かべる5人。
夫婦から奪った金を見せびらかした。
「レオース、人を殺めた事はないでしょう?私がやるわ。」
「いえ、僕がやります。」
そう言って、フレイの前をガードしながら、レオースが姿を現した。
「ぼ、冒険者かっ!」
焦る野盗たち。
「レオース、殺るなら、一思いに殺りなさい。」
「はい。」
「おい、こいつ震えてるぜ。」
一人の野盗が言った。
「なんだ、見た目だけの奴か。」
「なあ、こっちの二人の女は売れそうじゃないか?」
「いい稼ぎになりそうだ。」
卑しい笑いを浮かべる野盗たち。もし彼らが冒険者であれば、噂くらい聞いていただろう。
旅の娼婦に見える女には、決して手を出してはならないと。
二人掛かりで、レオースに切りかかる野盗たち。
レオースは冷静だった。
一人一人、確実に殺した。
元々、野盗のスピードなんて、冒険者にとってはゴミに等しい。10人いようが20人いようが相手にならない。その上、アナスタシアがこの場に存在する。敵対する者のスピードは落ち、味方のスピードは上がる。割合としては、かの伝説の歌姫とは比べ物にならない程小さいが、相乗された効果は、絶大だ。
それに魔力と呪文の詠唱を必要とする歌姫とは違い、こっちは自動発動。
アナスタシアは、残りの野盗たちが逃げ出さない様に注意を払ったが、所詮はゴミのような存在。頭もまともじゃない。今度は3人がかりで、レオースに切りかかった。
レオースは落ち着いて、一人一人、斬り殺した。
「あれで逃げないなんて、所詮、野盗ね。」
アナスタシアが呆れたように言った。
野盗とは、他に何にも成れない人間が、群れをなして徒党を組んだ、ゴミのような集まりで、考える頭も碌に持ってないようだ。
「もう大丈夫よ。」
フレイが優しく女性に話しかけた。
「ありがとうございます。」
男が、レオースに礼を言った。
レオースは、震えたまま、何も言わなかった。
「レオース、気を静めて、剣をしまいなさい。」
フレイが優しく言った。
「は、はい・・・。」
剣を収めると、地に膝をついた。
「あなたの行いは間違ってないわ。」
フレイがそっと肩に手をかけて、そう言った。
「何処へ向かうの?」
アナスタシアが男に聞いた。
「チーズの町です。」
「そう、私たちはチーズの町から来たのよ。ここからなら、多分、野盗も出ないと思うけど、十二分に気を付けて。」
「は、はい。」
「危ないと思ったら森の奥に逃げなさい。野盗たちは追ってこないわ。」
「し、しかし・・・森の奥には・・・。」
「決して、自分たちから攻撃しないこと。そうすれば、この辺りに住んでいるモンスターは、襲ってこないから。」
「わ、わかりました。」
夫婦は、その後、何度もアナスタシア達に礼を言った。
「ちょっと待って。」
フレイは、二人が出発する前に呼び止めた。
「あなた達が、無事、チーズの町に着けますように。」
そう言って、二人を送り出した。
「これで、あの二人は大丈夫ね。」
二人が見えなくなった頃に、アナスタシアが言った。
「そうですね。精霊フレイの加護を受けたんですから。」
ようやく復活したレオースが言った。
「もう大丈夫?」
フレイが心配して聞いた。
「ええ、心配かけてすみません。人を殺めたのは初めてだったので・・・。」
「無理するからよ。」
アナスタシアが言った。
「アナさんは、そのう・・・。」
「私は数えきれないくらい人を殺めているわ。お師匠様からゴキブリと野盗は、見かけたら即、殺せって言われてるし。お師匠様が相当、殺してるはずだけど、居なくならないわね。あいつら・・・。」
「ねえ、なんで野盗は、同じ火の民を狙うの?」
「同じ火の民以外は、自分たちより強いからよ。」
「なるほど・・・。とんだ屑なのね。」
「ええ。だから、レオース、気に病む必要は一切ないわ。」
「は、はい。」
「レオース、あなたは優しい人だから、その優しい気持ちだけは失わないでね。」
フレイが言った。
「わかりました。」
レオースは、力強く、頷いた。




