156話
「さて、そろそろ休憩地点だ。眼鏡をかけておいた方がいいよ」
「んー」
そうこう話しているうちに陽は高く上り、昼も兼ねた休憩地点に到着したようだ。
五大国から五大国へを繋ぐ大街道には馬車を停め、野営をできるだけの広場が要所要所に設けられている。
高速道路のサービスエリアみたいな感じ。
強い魔物のいる場所によっては国が軍の駐屯地を構え警備をしているが、ここカタラータには強い魔物はいないようで常駐の警備兵はいない。
五大国から五大国を繋ぐ大街道の一つなので、他の旅人や冒険者でもいるかと思ったが、どうやらそう言った人もおらず、広場は俺たちだけの貸し切り状態だ。
「すっごい。ミストがすっごい」
馬車に乗っている時はまだ耐えられたが、馬車から降りると滝から発生するミストのせいで眼鏡に水滴が馬鹿ほどつく。
すっごい眼鏡外したい。とても不快。
「……眼鏡外したい」
「遠目ならともかく、近くで見たらすぐにばれるぞ? 特に、君は一族の中でも一際美しい色を持っているからな」
「いやーん、ヴィル君ったらもしかして口説いてる? ゴメンネ。俺婚約者がいるんだー」
「酷いな、ハニー。私のことは遊びだったのか」
割と初めの方からだったけど、ヴィルって結構ノリいいよね。
それはさておき、俺もヴィルを含めた他の人たちも。やっぱり長時間馬車に揺られていると体を動かしたくなってくるもので、ウルリカさんが昼食の準備をしてくれるので各々好きに過ごすことにした。
セフェリノさんとヴァレンティナさん、イバニェス伯爵はもうすぐ俺たちをオッキデンスへ連れて行くという任務も終わるので、その後の動きについて打ち合わせをしている。
議題は主に俺の扱いをどうするか、かなぁ。平民と思ってた子が貴族子息。それも推定公爵系列なんて、教師からすると勘弁してくれ案件だろう。
じっとそちらを見ていたためだろうか、俺の視線に気づいたセフェリノさんが大きく手を振ってくれたのでそれに振り返した。
カタラータに来たのはもちろんこれが初めてなので、もっと近くで川を見ようと整備されている広場の端へと足を進めると、すぐにマングローブのような木の生える川べりへとたどり着く。
地球のマングローブ林は茶色く濁ったブラックウォーターのイメージが強いが、カタラータの水は透き通っていて美しい。
環境破壊などされていないありのままの自然と言ったところか。山奥の清流のようだ。
水面は陽の光を反射してキラキラと輝き、その向こうで小魚が泳いでいる。
海を魔物に支配されているこの世界では魚は肉よりも貴重だ。
だが、ことカタラータにおいてはそんなことはないらしい。
むしろ、広大な放牧地を食肉用の動物たちばかりに割くことは難しいので現地の人は魚の方が身近なのだそうだ。
ちなみに、これはヴィルからの受け売りだ。
おもむろに靴を脱ぎ、ズボンのすそを捲って川に入る。
カタラータの気候は安定して温暖。なのに川の水は刺すように冷たい。
ずっと浸かっていたら寒いだろうが、今の俺にはむしろちょうどいい。
「セフェリノさーん! 俺ちょっと川の方にいますね!」
「おーう! なんかあったら呼べよぅ!」
一応今の俺の預かり人はセフェリノさんなのでそう声をかけると、あちらも特に気負った様子もなく返事をしてくれた。
そのままざぶざぶと川の中を進んでいく。
この水はいったいどこに流れていくのだろう。
足を取られるほど流れが早いわけでもなく、むしろ立ち止まってじっと見つめていないとわからないほど緩やかな流れ。
もちろん人間十センチもあれば溺死し得るのだから気を付けはするが、穏やかで綺麗な川というのはなかなかに楽しい。
前の『俺』はともかく、今の俺にとっては初めての経験だしね。
水を両手ですくってこぼしてみたり、すくった水を遠くへと放り投げたり。 無理だろうとはわかっていても、川底を泳ぐ魚を捕まえようと追いかける。
魚を掴み損ねたから代わりに川底の石を拾って陽にかざす。
なんていうことはない、ただの石だ。花崗岩とか安山岩とか小学校の時の地理で習った気もするけど、そんなの紙上の話しで実際見分けられるわけもなく。
グレーの、角の取れた普通の石。水のおかげでつやつやとまるでニスを塗ったかのように輝いている。なんてことのない普通の石。
俺も小さい頃はこうやって家族と一緒にキャンプに来たことがあったっけ。
何が楽しかったのか、ずーっと川で石を拾っていた。今となっては懐かしい思い出だ。
母さんが川べりで俺をにこにこした表情で眺めていて、その向こうで父さんが焚火に火をつけようと炭と格闘している。
今日は病気で来られなかった弟にお土産を持って帰ろうと両手いっぱいに石を拾って、それをズボンのポケットにしまうから、だんだん腰がずり落ちてくる。
「何か面白いものでもあったか?」
ようやく焚火に火が付いたのか。低い男の声にふと声をかけられて。
ぱっと振り向いた先に黒い髪の男がいる。
「…………今の、誰の記憶だ」




