007
俺はさっそく下準備に取り掛かる事にした。
通称、色が黒い故に黒本と言われている、【暝闇の書】。
手に入れれば付随して、いくつかの特殊な魔法が手に入る。
但し。
特殊魔法取得条件は、【暝闇の書】を所持し、且つ、【魔導学者】であること。
それ以外の魔道士系職業では、普通の魔導武器と同じく、魔法威力・魔法防御力の上昇ぐらいの効果しか得られない。
運良く【魔導学者】になったからには、これはもう目指さねばなるまい。
俺は一念発起し、《神の黒き塔》を目指した。
俺は、777階を1人で登りきり、本を手に入れた。
黒本所持者のみが使用できる特殊魔法も取得した。
そして愕然とした。
なぜなら。
天への塔を777階昇って暝闇の書を手に入れた事により、取得した特殊魔法は。
これ、使えるの?的な魔法ばかりだったのだ。
善意的に解釈すれば、採用すべきか不採用にすべきか迷ってて、ちょっとモニターしてみてよ的な魔法というか。
桜の花びらの幻を周囲に舞い散らせるだけの魔法。
植物の声を《音》にして聴くことができる魔法。
酒を水にする魔法。その逆は不可。
全てのアイテムを元素まで分解する魔法。
HPMP所持金全てを引き換えにして唯1人の身代わりとなる魔法。
この魔法は、場合によっては使いどころがありそうだが、その人が死ぬか、もしくはかけた術者が解除しない限り、他の人には使用できない。しかも発動条件は、所持金50万以上所持。汗水垂らして50万貯めて、あっという間に消失。悪夢な魔法である。
等々。
たった1人、777階も死に物狂いで登って、これかよ!
そういう訳で、あまりにも悔しかった俺は、どうにか活用法を見つけ出すべく、一月近くの間、試行錯誤の日々を送っていたのだ。
まさかこんなところで役に立つとは。
暝闇の書がぱらぱら捲れ始める。
「我、アイテールを通して、火の元素へ干渉」
正4面体が現れて、回る。
「青き炎を1矢と成し、貫かん──【一時停止】」
回転が止まる。
ノーフェがこちらをぎょっと見たのが目の端に映った。
うん。言いたい事は分かるよ。変だもんな。【一時停止】っていう魔法スキルなんて。俺だって最初、一時停止してどうするんだよって、思わずつっこんでしまったさ。
「我、アイテールを通して、土の元素へ干渉」
正4面体の隣に、正6面体が現れて、回る。
「砂礫を岩となし、降り注がん──【一時停止】」
回転が止まる。
「我、アイテールを通して、水の元素へ干渉」
正6面体の隣に、正8面体が現れて、回る。
「液体より変成し、拡散せん──【一時停止】」
回転が止まる。
「我、アイテールを通して、空気の元素へ干渉」
正8面体の隣に、正20面体が現れて、回る。
「気流の複合により、渦と成さん──【一時停止】」
回転が止まる。
「我、アイテールを通して、天の元素へ干渉」
正20面体の隣に、正12面体が現れて、回る。
「光を収束し、神成となさん──【一時停止】」
回転が止まる。
これで下準備は終了。
皆の視線が、俺に集中してる、気がする。
緊張するから、止めて!
舳先にまた衝撃。
ざざ、と上部デッキに取り付けられている拡声器が起動した。
「あー、あー、テステス。マゼンダよ。巨大モンスターが船体の舳先に何度も体当たりしてくれちゃった御陰で、エンジンに影響が出始めたわ。ちょっとエンジン止めまーす。点検するから、その間に倒しちゃってね!」
甲板にいる全員の額に汗が浮いた。
か、簡単に言ってくれちゃって。
「来るぞ。準備は良いか?」
「はい!」
「はい!」
「いつでもオッケー!」
エンジンが止まる。
舳先で大きな水柱が上がった。
その中から、あらゆる叫びを内包した嘆きの顔が現れた。
「今だ! ノーフェ!」
ノーフェが紫色の大きな宝石が先端に飾られた黒い杖を掲げた。
「──闇の顎門よ。我に仇成す者を食い尽くせ。【ダークス・バイト】」
真っ黒い煙が牙もつ顎門となり、巨大魚の顔に食いついた。
がち、と弾かれる音がする。
嘆きの顔が、横に振られる。黒い顎門は外れ、霧散した。
ノーフェが悔しそうに唇を噛む。
闇属性は無効。俺の番か。
「では。《打ち上げ花火スペシャル》、いきます」
「は? なんだそれは」
「俺はこの技をそう命名しているのだ。では!」
「【停止解除】」
赤い正4面体が再び回り始める。
「【青白き矢】」
青白い炎を巻きながら、電柱ほどの太さがある矢が巨大魚めがけて飛んでいく。
鱗の上で霧散した。
「【停止解除】」
黄色い正6面体が再び回り始める。
「【落石】」
巨大魚の上空から、数個の大岩が落ちてくる。
全て鱗で弾かれた。
「【停止解除】」
青い正8面体が再び回り始める。
「【気化】」
巨大魚から湯気が僅かに出る。終了。
「【停止解除】」
水色の正20面体が再び回り始める。
「【竜巻】」
巨大魚の鱗に当たって霧散した。
「【停止解除】」
白い正12面体が再び周り始める。
「【天雷】」
天空より、大きなの一筋の雷が巨大魚に落ちた。
巨大魚が絶叫した。
煙を上げて、再び海に姿を隠す。
「き、効いた──!!」
うおお、と皆から歓声が上がった。
「雷属性だ!」
「雷を叩き込め!」
ざざざ、と拡声器が起動した。
「攻撃止め──! なに馬鹿なこと言われてるんですか──! この船の素材は、金属です!」
セオによる、鶴の一声。
ぐああ、と皆から悶絶する悲鳴が上がった。
うん。下手すると感電死するね。
せっかく、打ち上げ花火スペシャル、したのに!
「打ち上げ、か」
「ジェイス?」
「俺たちが奴を打ち上げる。その間に雷を叩き込めるか?」
なるほど。
「よし。それで行こう」
ジェイスが声を張り上げる。
「力のあるものは、次に現れた時、巨大魚を打ち上げる。遠距離技をもってる者は、着水する前に雷を叩き込め!」
理解した面々は、大きく頷いた。
これで、決める!
左で大きな水飛沫があがる。
「今だ!」
金剛力士2人、大盾のリーダー、ジェイスが走る。
金剛力士と大盾のリーダーの打ち上げ攻撃で、黒い巨体が僅かに浮いた。
ジェイスが唸る。
重剣が風の唸りを上げ、巨体を上空高く打ち上げた。
俺、チビ達、ノーフェ、神官、他遠距離技をもつものは、一斉に雷属性付加攻撃及び魔法を叩き込む。
黒い巨体は炭になり、崩れて落ちていった。
「幻の魚肉がー!!」
シェフ4名の絶叫とともに。
俺はその場に仰向けに倒れた。
頭痛で。目も回る。知らなかった。実際にやるとなると、結構疲れるんだな、これ。
双子とジェイスが駆け寄ってくる。
「青いお兄さん、大丈夫!?」
「青いお兄さん、大丈夫!?」
「おい。どうした!? 怪我をしたのか!?」
「してない。大、丈夫……疲れた、だけだから……」
手を振ろうとして、ぎょっとした。
手が一瞬、透けて見えた。
気がした。瞬きをしたらもう元に戻っている。
見間違い?
疲れてんのかな、俺。
視界の中に、知らない青年が入る。え、誰。
「──大丈夫ですか? 宵月君。回復しましょうか?」
ああ、【天駆ける白狼】の神官か。色素も薄くて、体も細くて、存在感が薄くて、思い出すのに時間がかかってしまった。すいません。
「いえ、休めば、大丈夫ですから」
神官青年が、気づかうような表情を浮かべる。あの最悪パーティの良心は、あのリーダーとこの神官青年だな。
「あの……」
「ユート。大丈夫って本人が言ってるんだから、大丈夫よ。放っておけば」
ノーフェが割り込んできた。心に突き刺さる言葉と共に。君はツンデレか。いや、デレはなさそうだからツンツンだな。
「ほら、リーダーの方を回復してあげて」
「……わかったよ、ノーフェ」
人の良い神官青年ユートは、ノーフェに押されるように退場した。
ノーフェは青年神官をしばらく見送ったあと、俺に向き直った。
「ねえ」
「何?」
「あなたが持ってるその黒い本。──【暝闇の書】でしょう?」
俺は目を見開いた。衝撃が走る。
痛む頭を押さえながら、俺は身を起こした。
「本当にあったのね、その魔道書」
「君はどうして知ってる?」
心臓がうるさい。
もしかして。もしかして!
少女が微笑む。
「……やっぱり。そうなのね」
「君は……」
「それは、《こちらの世界》にはない物。《在り得ない神の塔》。《在り得ない遺物》。だからあなたは、《向こうの世界》の人でしょう?」
俺は思わず強く頷いた。
「じ、じゃあ、君も……?」
声が震える。
少女は深く笑みを浮かべる。
「「お前、青いお兄さん、友達?」」
興味津々にチビ共がノーフェと俺の間に割り込んできた。
「……ふふ。そんなものかな」
ノーフェは子犬でもなでるように、双子の頭をなでた。随分長い事なでている。小動物は好きですか。戯れる美少女と獣耳の子供。ありがとうございます。ささくれた心の癒しになります。
「……ねえ。話があるの。二人だけで話せる?」
「え? ああ! もちろん!」
「そう。じゃあ、明日の夜、見回りが終わった頃、後部甲板に来てね」
そう言い残して、少女は青年神官を追って、去っていった。