005
本日も快晴です。
依頼書のコピーを片手に、俺たちはローザウィ商会の面接会場に行ってみた。
「でかっ!」
赤いバラの垣根が続く通りを、歩く事5分。
三階建ての大きな白い屋敷が見えた。
鉄製の壮麗な門の奥には、青い芝生と噴水、そして色とりどりのバラの庭。
屋敷には、緋色のバラと船をあしらったマークが描かれた、大きな看板が掲げてある。
その看板には、
【ローザウィ商会 ハスラータ支部】
と書かれてあった。
「支部」
「ローザウィ商会は、海洋都市リバイアに本部がある。国や大陸を股にかけて貿易を扱う、大きな商社だ。知らなかっ……たんだな」
ジェイスが諦めたように言い換えた。
しかたないだろ、西大陸なんて俺は初めてなんだからな!
しかし、
あの喧嘩っ早そうな赤毛のお姉さん、結構すごい人だったのか。
建物の入り口には、既に多くの冒険者で溢れ返っていた。
長い長い行列は、門の外にまで続いている。
これ、何人待ちですか。50人以上はいそうなんですけど。
「うわあ。依頼書が張り出されて間もないのに、もうこんなに来てんのか……」
「内容が良いからな」
そうなのだ。片道10万シェルは、結構な額だ。
それも討伐依頼ではなく、ただの護衛でこの報酬額は破格。道中何事もなければ、優雅に船旅するだけでなんと10万シェルもの大金が手に入ることになるのだ。復路も入れると20万シェル。超掘り出し物の好物件と言える。
1時間並び続けて、ようやく面接室に入れた。
通された部屋は、白を基調とした応接間。
白い長机にはバラが飾られ、椅子は向かい合って6脚ずつならんでいる。
向かいの真ん中の2脚には、右側に鼈甲色の縁メガネをかけた、黒茶ボブヘアの女性。
物凄い早さで書類になにやら書き込んでいる。机の上には次々と仕分けされていく書類の山々。
プロだ。事務職のプロフェッショナルがいる。
左側には、ワイルドな赤毛美女社長が、眠たそうに欠伸をしながら、頬杖をついて座っていた。
眠そうな赤い瞳と目が合う。
あ。
やっぱりあの時の人だ。
入室してきた俺たちを見るなり、椅子を蹴り倒す勢いでマゼンダ社長が立ち上がった。
「はい、採用決定!」
「え、ちょ、まだなにも言ってないんですが」
ボブヘアの女性が、メガネを押し上げる。
「……社長。まだ自己紹介もして頂いてませんが」
「だって、この子たちなんだもの! 見間違えるわけないわ! 私を助けてくれたの! さっき話したじゃない」
「ですが、規則ですので。では。冒険者協会より事前にあなた方の詳細情報は得ておりますが、再度確認のため、お手数ですがパーティー名と、メンバー名及び、職業、レベルをお願いします」
ジェイスが前に出る。
「【蒼銀の風】リーダー、ジェイス。重剣士。レベル97」
「レフト! 弓使い! レベル、23!」
「ライト! 弓使い! レベル、23!」
「宵月。魔導学者。レベルは96」
「はい、採用!」
ボブヘアの女性のこめかみがひくりと動いた。
「ですから、物には順番と言うものがあるんです。社長なんですから、もう少し落ちついて下さい」
「もう、セオっちは頭硬いなあ」
「社長が適当すぎるんです!」
「だって、実力はもうこの目で確認済みよ。もう1人の格好良いお兄さんは分からないけど、私の勘では、結構な使い手だと思うわ」
「私としましては、幼い子供がいる点と、初めて見る【魔導学者】の職性能が不確かな事、加えてレベルの大きなばらつきが気になりますが……社長はこうと決めたら頑として変更して下さいませんので」
ボブヘアの女性は諦めたように溜め息をつきつつ、書類に印鑑を捺した。
「では。【蒼銀の風】の皆様は、採用ということになりました。場所は現地集合ですので、遅れないように注意して下さい」
赤毛美女社長が、親指を立ててウインクした。
「よろしくね!」
なんだかよく分からないが、即決したみたいだ。これで100万シェルの旅費を貯めなくても、東大陸に行ける!
「はい! ありがとうございます!」
赤毛美女はうんうんと腕を組む。
「丁度いいわ。この場を借りて申し訳ないんだけど、お礼を渡させてもらってもいいかしら?」
「お礼?」
「そう。さっき助けてくれたお礼。ちょっと待ってて!」
赤毛美女社長マゼンダは慌ただしく部屋から出ていくと、数分も経たずに駆け戻ってきた。じっとしていない人だな。
「お待たせ! はい、これ!」
マゼンダが濃紺色の原石を、俺と双子に一つずつ、差し出した。
俺は目を見張った。
野球ボールくらいの大きさの鉱石だった。冬の夜空のように深遠な濃紺の中に、大小の小さな無数の光が瞬き、大きな光を中心にしてゆっくりと渦を巻いている。まるで星雲を切り取って閉じこめたように美しい石。
「これは……!」
【ネビュラストーン】だ。
星雲石【ネビュラストーン】
希少レベル☆☆☆☆☆。
氷山地帯の山頂で、稀に見つかる珍しい鉱石。夜空に瞬く星々と星雲を閉じこめたような美しい造形は、手にした者の目を奪う。魔力を多分に含む。高レベルな武器や装備品が作れる為、冒険者なら喉から手が出るほどほしい素材である。
〜鉱石リストより〜
……何故これほど詳細に覚えているかというと。
これを揃えるのに、俺は散財したのだ。今着ている最強装備を作るために、どうしても必要な素材だった。
あの時の苦労が走馬灯のように脳裏をよぎり、俺は目頭を押さえた。
なんだろう。すごく嬉しいのに、すごくやるせない、この気持ち。
「あら、そんなに感激しちゃうほど嬉しかった? 何にしようか迷ったんだけど、冒険者ならこれのほうがいいかなって」
「きれい! キラキラ、いっぱい見える!」
「きれい! ピカピカ、いっぱい見える!」
ジェイスが驚いて目を開く。言いたい事は分かる。これは不相応に良すぎる御礼だ。
「こんな高価な物、受け取れないよ」
「いいのよ。懇意にしてる鉱石のバイヤーから、そこそこ纏まった数が手に入ったの。だから、気にしないで」
そうは言っても、結構な高額品だ。1個でなんと、俺が購入した時の時価で30万シェル。これを50個揃える必要があり、俺は一夜にして大富豪から大貧民に転落した。
「こんな高価な物貰えるほど、大した事はしてない」
「いいのいいの! 私の気持ちよ。受け取って。コレクションするも良し、売るも良し、装備を作るもよし、大事な人に何か作ってあげるもよし。好きに使っちゃって!」
「でも……」
ジェイスが俺の肩を軽く叩く。
「御礼の品だ。感謝して受け取っておけばいい」
「そうそう! 格好良いお兄さんの言う通りよ」
マゼンダが腕を組んで頷く。
そうだな。感謝の品を突き返すほうが失礼か。
俺はありがたく受け取る事にした。
でも。
やっぱり、なんだか微妙に切ないです。