019
「え、ちょ、おい!」
閉じた扉を背にして、スティングが微笑んだ。困ったように眉を下げて。
「本当、馬鹿みたいに御人好しだよねえ、宵月君。人を信じすぎ。俺様、元悪者だってさっき言ったでショ?」
「スティング?」
「ほら。背中向けてちゃ危ないよ」
獣の唸り声が、玉座方向から響いてきた。
慌てて前を向く。
広間の中央には天井から地面まで、緞帳が吊ってあったようだ。仮定なのは、もう今では赤茶けて、真ん中が引き裂かれてしまっているからだ。
十段ほど階段を上がった先の、玉座は倒れてしまっている。
その奥の暗闇から、白い獣が現れた。
床から頭まで、ゆうに三メートルはあるだろう。白い、大きな狼。
俺たちを赤く裂けた眼で睨み、唸りをあげる頭部は、二つ。
「げ。双頭の雪狼!?」
いきなり大当たりで見つけてしまった。
なんでこんなところに居着いちゃってるの!?
雪山に帰ったんじゃないのか!
「山に帰れないから、ここを新たな根城にしたらしい。まったく、迷惑な話だよ」
雪狼の背後から、獣系の魔物が何十匹と続いて出てくる。
これ、まずくないか。
「おい! これ、二人じゃ無理だろ! 戻って、ロッソ達に──」
スティングが、もじゃもじゃ頭に乗っけていた赤眼鏡をかけた。銃口を、俺に向ける。
「スティング……? お前、何を」
「宵月君。ユート君、知ってる?」
「ユート? ──ああ! あの、白くて細い神官?」
「はは。そうそう。俺様、ユート君とはお友達でねえ。聞いたんだよね。黒本の事」
おいおいおい。
あのやろう、友達だからって、何しゃべっちゃってんの!
あれか! 奥様達の井戸端会議の法則か!
ここだけの話ってやつ!
それ、もう秘密でもなんでもないから!
「宵月君、手に入れたんだね。すごいや〜。でも、宵月君なら、手に入れられそうな気がしてたんだ。なんとなくさ」
「……それで。お前は、どうしたいんだ」
ひたひたと、背後から複数の獣の足音が近づいてくる。俺は、汗をかき始めた手の平を握りこんだ。
スティングが、胡散臭い笑みを浮かべた。
「黒本なら、この絶体絶命のピンチを切り抜けられるデショ?」
「そんなの分からねえよ! いくら反則みたいな威力補正でも、二人じゃキツイだろ、この状況! 下手したら、二人とも──」
スティングが、嗤う。
「別に、いいだろ。俺たちには、【死に戻り】があるんだから」
「この馬鹿!」
雪狼が一声、遠吠えした。
それを合図に、獣系の魔物が、一斉に飛びかかってきた。
俺は黒本を選択して、手に装備した。
【アルグリフィの研究書】程度の威力補正じゃ、とても間に合わない。この数じゃ、何度も詠唱してる余裕はない。瞬殺する勢いでいかないと、いつか隙をつかれて、こちらが死ぬ。
「くそ! 我、アイテールを通して、天の元素に干渉」
魔導書の上で、正12面体が回る。
「光を集積し、数多の槍と成し降り注がん──【流星槍】」
無数の光の筋が、上空から降り注いだ。降り注ぐ光の槍は半壊した天井を貫き、広間に降り注いだ。周囲の魔物が絶叫しながら消えていく。
スティングが口笛を吹いた。
「雑魚敵全部瞬殺とは。そこそこHPの高いヤツもいたのに。すごいね〜。さすが、神様に繋がる本」
「お前、何がしたいんだ!」
「ほらほら。しゃべってる暇はないよ」
スティングが銃を撃った。いつの間にか空中に跳び上がっていた雪狼に命中し、驚いた雪狼が空中でさらに飛んで下がる。身体能力半端ない。
「まずは、こいつを倒してから、だよ。この城に、この部屋に、いつまでものさばらせていたくないんだ。俺様、あの奥の部屋に用があるんだ。どうしても。レベル上げては、装備替えては、何度も、何度も、何度も挑戦したけど、ダメだった。でも、最強の魔導書、黒本持ちと一緒なら、今度こそ──」
「ロッソ達に相談しよう! きっと、力を貸してくれる!」
スティングが鼻で笑った。
「全く関係ないのに? 死に戻りするかもしれないボスの相手を? 皆、口に出していわないけど、死に戻りなんて、したくないんだよ。怖いんだ。ものすごく痛いし。死ぬほど痛いし。そんなの、手を貸してくれる訳ないじゃないか」
「そんなの、分からないだろ!」
「分かるよ。所詮、人は、自分の事で手一番なんだから」
スティングが続けて撃った。
雪狼が駆ける。
銃弾が擦ってはいるが、ダメージは微小。
狼だけあって、動きが素早い。
魔道士系の俺には、目で追うのが精一杯だ。赤眼鏡のスナイパー、という二つ名を持つスティングですら、命中判定ギリギリだ。
「やっぱり、二人じゃ無理だ!」
「足止めは、俺様に任せて。派手にぶちかましていいから」
スティングが、雪狼が飛びかかろうとする度、撃って威嚇する。でも、それがいつまでもつか。
「ああもう! 我、アイテールを通して、火と風と天の元素に干渉!」
赤、緑、白の三色の図形が、魔導書の上でくるくると回る。
「獄炎の嵐となりて、仇成す者を焼き尽くせ──」
暴風に炎が乗って暴れ回り、広間全体を火の海にした。
雪狼は炎のなか叫んだ。
そこそこHPが削れたが、まだ二十分の一ほどだ。この大型ボスにして、1人の魔道士が与えるダメージとしては破格ではある。あるが。
「む、無理無理無理! これ、かなりの持久戦になるぞこれ! それまで二人で保つのこれ!? 普通、五パーティぐらいで挑むクエストじゃないのこれ!」
「これこれ煩いよ、宵月君。愚痴っても状況は変わらないし。大丈夫! なんか、いけそうな気がしてきたよ俺様〜」
「それはお前だけだ、阿呆う!」
焼け焦げた雪狼が、牙をむき出しにした。
キラキラと、スターダストが狼の周囲を舞う。空気中の水分が凍ったのだ。部屋の温度が急激に下がった所為で。
寒い。寒いなんてもんじゃない。凍る。いや、マジでこれ凍る。
俺は慌てて体温保持の術を俺とスティングに二重にかけた。
「アイツ、怒ると、【氷点下マイナス100】っていうスキル攻撃しかけてくるんだ。これ、まともにくらうと即死するから。宵月君のお陰で、今回は、楽に即死を免れたわ〜サンキュ☆」
「なんだと! それを早く言ええ!」
雪狼が、再び床を蹴った。
今度は、俺は目で追えなかった。残像。それほど素早い動きだった。
「スティング!」
「……くそ!」
スティングは続けざまに四発撃ち、それは右の頭の両目に命中した。あのスピードで両目に当ったのは神業に近い。けれど。
頭部は二つ。左の頭は無傷だ。
スティングの左肩が食いちぎられた。
「スティング!」
「俺の回復はいい! 早く、次の攻撃を!」
だけど、【失血】状態は、一秒ごとに、5HP減っていく。早く回復しないと、いずれ死ぬ。
どうする。
回復の詠唱中に俺がやられたら、二人とも死ぬ。
でも、このままスティングを放っておけば、アイテムを使う暇さえないあいつは、いずれ死ぬ。
そして、壁のなくなった俺が、あのスピードについていける訳がない。
雪狼が、次の攻撃態勢に入った。
やるしかないのか。
じわりと浮かびかける絶望感を押さえ込みながら、俺は次の攻撃をするべく、魔導書を繰った。
「我、」
飛びかかろうと空中に躍り出た雪狼が、真横に吹き飛んだ。
「え?」
俺、まだ次の術、発動してないよ?
「──宵月!」
入り口から駆け込んできたのは、大剣を軽々と片手で振り上げ、肩に軽く担いだ、灰色の背の高い男。
「ジェイス!?」
思わず泣きそうな声になってしまったのは、なかった事リストに追加だ。
「お前に渡してる媒体の気配が城のほうからして、不思議に思って来てみれば。何をやってるんだ、おまえら!」
「何って、見て分かるだろ! 戦ってんだ! 手を貸せ!」
「な」
「そ、そうそう! 来たんなら、お兄さん、手を貸して〜!」
我に返ったスティングも懇願する。詰め寄る俺たちに、面食らったジェイスが僅かに後ろへ身を引いた。
「手を貸せ、って──」
雪狼が一声吠え、ジェイスに向かって突進した。
俺は動く暇もなかった。
ジェイスが吹き飛ばされ、壁に激突する。その周囲がえぐれ、蜘蛛の巣のようにひび割れた。
「ジェイス!」
「……大丈夫だ」
半分壁に埋まった身体を瓦礫の中から起こし、ジェイスは壁を蹴って雪狼に向かっていった。さすが、半竜。驚異的な防御力を誇るだけある。
スティングが呆然と口を開けて見送っている。
「だ、大丈夫ってお兄さん……え、あれで致命傷じゃないの? お兄さん、マジで何者?」
続けて背後の扉から、複数の足音がした。それも大勢。
「くおらあ! まてや、チビ共! こんな城にいるわけないだろ、て何度言ったらわかるんだ! 戻れ!」
「待って下さい、おちびちゃんたち! 宵月さんは見回りにいったんです! ですから、大人しくお宿で待ちましょう! ね?」
ロッソとロージーから少し遅れて、二十人以上の冒険者が駈けてくるのが見えた。部隊の半分くらいいないか、あれ。
「けもけもちゃんたち! 待って〜」
「けもけもちゃんてなんだ! きっしょいなお前!」
「うるせえ!」
「ろ、ロージーちゃん、ロッソさん、足、超早!」
「惚れるう!」
「ま、待ってよ、俺を置いてかないでくれ! こえーよ、ここ! ひいい! そこの柱の影にも、血まみれの人影が!」
「ぎゃあ! やめろてめえ黙れ! お前だけの幻覚だ! 幻覚!」
なんだか一気に脱力……違った、騒がしくなった。
「「嫌! いる! ここ、いる! 青いお兄さん!」」
「……レフ、ライ? それに、ロッソとロージーも!? それに皆も!?」
「ああ!? おまえら、何でいる!?」
「宵月様! スティング様! ジェイス様!」
「「青いお兄さん! 灰色のお兄さんも! いた!」」
「なんで、ここに」
ロッソが苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。
「チビ共がいきなり宿飛び出していきやがってよ。外からお前の声が聴こえるって言ってよ。皆で町じゅう探して回って──て、うげ! 双頭の雪狼じゃねえか! 何やってんだ、お前ら!」
皆が騒めく。
「皆、手を貸してくれ! スティングが、この部屋の奥に用があるらしいんだ。頼む!」
「た、頼むって言われてもよ……何が何だか」
ロッソ達がスティングを見た。俺も見た。スティングは、珍しく表情をこわばらせていた。目を彷徨わせながら、ぼそりと答える。
「……この、大広間の奥に。奥の部屋に、どうしても、俺は行かないといけない。約束があるんだ。俺は、その約束だけは、どうしても守りたい。守りたいんだ。だから、頼む……できれば、手を貸してほしい……」
ロージーが胸元で手を組んだ。
「スティング様。理由はわかりませんが、何か、大切なお約束があるのですね。私で宜しければ、お手伝い致します!」
ロッソが眉間に皺を寄せながら、頭をかいた。
「ったく。しょうがねえな! 野郎共! やるぞ!」
おー!、と威勢のいい声が上がった。
「手伝って、くれるのか?」
ロッソが長剣と分厚いナイフを構えた。
「当たり前だろ! お前は元仲間で、古いダチで、今も俺のギルド員だ。なに遠慮してやがる。お前らしくねえな」
ここまできたら、一蓮托生でい!と冒険者集団の中から声が上がった。出身地は江戸だなあいつ。そしてやんやの大喝采。
スティングが、泣き笑いの表情で笑った。
「は、はは。うちはちょっと、乗りが良すぎるのが、やたら集まりすぎてない?」
「類友だろ。お前も含めて」
上位レベルの冒険者が四十人近くも揃えば、流石に戦況は百八十度変わる。
変わるというか、もう、一方的すぎる状態というか。
ようするに、俺の出る幕はもうなかった。というか、後方でただ応援してただけというか。
え、なにこの切なさ。黒本、結局全然必要なくね? ていうか美味しいとこ取られた感がすごくするんですけど。
猛攻撃の最後に、スティングが左の頭の両目を撃ち抜いた。
追撃のロージーが、強烈なボディーブローを決める。
悶絶した雪狼は、ジェイスとロッソによって、二つ首を斬り飛ばされた。
首の無くなった巨体は、広間中に響き渡るほどの地響きとともに、倒れた。
ものの二十分程で、勝敗は決してしまった。
勝利を告げるファンファーレが脳内に響き渡る。もう慣れたが、シュールだ。
歓声が湧き上がる。
「終わった……」
倒れた雪狼の側で、呆然とスティングが立ち尽くしていた。
俺は、落ちていたスティングの左肩を拾い、側に立つ。パーツさえ残っていれば、俺でも修復可能だ。
「スティング。良かったな」
スティングは軽く頷き、ふらふらと歩き出した。
「スティング? おい。待てよ、肩の治療──」
「行かないと……」
嘗て玉座のあった場所の脇に、もう一つ扉があった。
真鍮のドアノブは凍りついているのか、スティングがいくら回しても動かない。しびれを切らしたスティングが銃で錠前を撃ち抜いて、ようやく扉が開いた。
中は、そこそこ広い、祭壇のようだった。
恐ろしく寒く、吐く息まで凍りそうだ。
全てが凍りついていた。
中央の白い石段の上には、白い翼を広げた女神の像が立っている。
石段の周囲を囲むように、十人の神官達が倒れている。
そして、女神像の前には、たおやかな白銀の髪の、神官服の女性が膝をついて、祈りを捧げたまま──凍っていた。
「もしかして、スノフェザの王女様なのか?」
命を懸けて防御結界をはったという、ノスフェザの神官長でもある、王女。
スティングは無言で、ふらふらと、倒れている神官達を一人一人、見て回り、最後に祈り続ける女性の側に膝をついた。
「……お待たせ。って、遅すぎる、よなあ」
はは、とスティングが力なく笑った。
ジェイスが周囲を見回し、目を細めた。
「……ここで、結界をはる術を行ったんだな」
「少人数でやるには、町を守るだけで精一杯だったんだろう」
俺は動かないスティングの側まで行き、左肩を回復魔法でくっつけてやった。
振り向かないまま、スティングが頷いた。
「そう。非常事態の防御結界。王族だけに伝わる秘術。ここでしか、行えなくてさ。俺様、これでも頑張ったのよ。そこの扉の前でさ。皆と。でも、明らかに戦力と頭数が足りなくて。俺様も【死に戻り】しちゃって。必死で城に戻った時には、もう──」
女性の白い神官帽についた霜が、溶け始めた。雪狼を倒したから、室温が戻り始めたのかもしれない。
冒険者の中にいた吟遊詩人が、ハープで【鎮魂歌】を演奏し始めた。
静かな音色が響く。
溶けた神官長の女性を、スティングが抱きとめる。
「宵月君。宵月君。今なら、今なら蘇生って、」
俺は、首を横に振った。
「……ごめん。蘇生魔法が有効なのは、俺たちのように、【死に戻り】を持ってる冒険者だけだ。この世界の人を蘇生させる事は……」
俺たちだけが、異質であり、異例なのだ。
普通は、死んだら、生き返ることなど決してない。
神様の力でも持っていない限り。
「そう、だったね……」
スティングが、眠っているように安らかな顔をした王女の頬を撫でた。
「遅くなって、ごめんな……本当に、ごめん……。変な意地張らずにさ、もっと早く、来れてたら……」
「スティング……」
氷の溶けた部屋の中に、ふわりと温かい風が吹き込んできた。
──あえて、うれしい。
──ありがとう。
──おかえりなさい。
風の音に混じって、微かにそう聞こえたのは、願望が見せた幻覚なのか、それとも、現実だったのか。
仲間達が、倒れた神官達を布でくるんで運び出していった。
皆、どことなく表情は硬い。
だって、俺たちはこんな世界知らない。
他人の死なんてものは、いつだって、ディスプレイ越しの出来事だったんだから。
誰もいなくなった祭壇で、スティングが唯1人、女神像を見上げていた。布にくるんだ女性の身体を、大事そうに、腕に抱いて。
その背中は、縮んでしまったかのように、小さく見えた。
ロッソさえ声をかけられず、静かに立ち去る。
気の利いた言葉1つ浮かばない俺も、1人にしておいてあげるのが最良だと思い、その場を立ち去る事にした。
「……ねえ、宵月君」
呼ばれて、立ち止まる。
「この世界、なんなんだろうねえ。ゲームとおんなじなんじゃないの? 全部夢みたいな、世界なんじゃないの? みんな、作り物だ。これも。あれも。人も。全部。そう、思ってたのに」
「スティング」
「宵月君の、言う通りだよ。作り物だと思ってたのに、俺なんかに、笑いかけてくれて。優しい言葉をかけてくれた。抱きしめてくれた腕は、すごく、温かかったんだ。なあ。死んだら、どうなるのかな。ゲームの中みたいに、消えちゃうのかな。デリートみたいに。何も、残らないのかな。まるで、最初から何もなかったかのように。欠片さえ、残らないのかな。何も──」
「残らない訳ないだろ」
スティングが振り返る。その顔からは、表情が抜け落ちている。
「この世界は、確かにグラナシエールだけど、完全に、あれと同じじゃない。ちゃんと、皆、生きてる。存在してるんだ。だから、残らない訳がない。そうだ。いつか身体は、四色のアイテールに。魂は、白い光……天のアイテールに。世界に溶けて、混じって、循環して、そして、また」
「どこかで……また、会える?」
「ああ。きっと。きっと、会えるさ。また、いつか、何処かで」
それはもう、全く違うものかもしれないけれど。
「きっと。色んな形で、残っていくんだよ。例え、この世界がよくわからないものでも。俺たちのいた世界とそこは同じだ。心は、誰かの心に。いろんな人の、心を伝って。繋がって。そして、また、何処かで。逢いたいと思い続けていれば、いつか……その思いが、糸みたいに、どこかで、繋がり、交差して、きっとまた、逢える──」
きっと。
それは、そうあってほしい、という願いにも近いけど。
例え、俺が、この世界で消えたとしても。
何かが。残っていくのだと思えたら。
もし、俺が、この世界で死んだとしても。
スティングが、盛大に鼻をすすった。
いつものようにゆらゆらとワカメのように身体を揺らし、へらり、と笑む。
「……うん。宵月君は、いつだってロマンチストだよねえ」
「うるさい」
スティングはもう一度だけ、女神像を振り仰いでから祈るように目を閉じてから、腕に抱いた王女の額に唇を落として、微笑んだ。
「……また、何処かで逢おう。今度はもっと、温かい場所で」
まるで返事を返すように、仄かに柔らかな風が、スティングの髪をさらさらと流していった。
「さてさて。そろそろ俺らも戻ろうかねえ〜。ここは寒くて凍えちゃうわあ!」
なんで女言葉なんだよ。
まあ、なんだ。
ようやく、いつものスティングに戻ったようだ。
よかった。
「……何にやにや笑ってんの宵月君。気持ち悪いなあ」
「お前に言われたくないわ!」
「あの本はさ。最後の最後まで、誰にも言わないほうがいい」
突然の話題の転換についていけず、首をかしげる。
ああ、あれか。
黒本のことか?
「人は弱いからさ。俺みたいに、縋ろうとする奴が何人もでてくる。とんでもない悪者に狙われた日には、命がいくつあっても足りないデショ?」
俺は大きく息を吐いた。
だから。
「お前が言うな」
* * *
結局、双頭の雪狼を倒しても、防御結界はそのまま残った。
残された人々を魔物から護る為に、これからも残っていくのだろう。
神官の人々と姫を町外れの見晴らしの良い墓地に、町の人達に手伝ってもらいながら埋葬した後。
スティングはジェイスに礼をいいたいから、と町中探したが、ジェイスの姿は見つからなかった。
いつの間にか、また姿を消していた。
珍しく諦め悪く探そうとするスティングを宥め、外の見回りに行ったのかもしれないからと、明日の朝、礼を言ったらいいから、と宿に戻るよう促した。
おそらくジェイスは、ボスと魔物がいなくなって安全になった城にでも、戻ったのだろう。
あの城の中なら、ゆっくり休めるのだろうか。
人の造った結界に拒絶されることもない。平穏を脅かす魔物もいない。
誰もいない、城。
でも、それは、なんて──




