表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

019

「え、ちょ、おい!」


 閉じた扉を背にして、スティングが微笑んだ。困ったように眉を下げて。

「本当、馬鹿みたいに御人好しだよねえ、宵月君。人を信じすぎ。俺様、元悪者だってさっき言ったでショ?」

「スティング?」

「ほら。背中向けてちゃ危ないよ」


 獣の唸り声が、玉座方向から響いてきた。


 慌てて前を向く。

 広間の中央には天井から地面まで、緞帳が吊ってあったようだ。仮定なのは、もう今では赤茶けて、真ん中が引き裂かれてしまっているからだ。

 十段ほど階段を上がった先の、玉座は倒れてしまっている。


 その奥の暗闇から、白い獣が現れた。


 床から頭まで、ゆうに三メートルはあるだろう。白い、大きな狼。

 俺たちを赤く裂けた眼で睨み、唸りをあげる頭部は、二つ。


「げ。双頭の雪狼!?」


 いきなり大当たりで見つけてしまった。


 なんでこんなところに居着いちゃってるの!?

 雪山に帰ったんじゃないのか!


「山に帰れないから、ここを新たな根城にしたらしい。まったく、迷惑な話だよ」


 雪狼の背後から、獣系の魔物が何十匹と続いて出てくる。

 これ、まずくないか。


「おい! これ、二人じゃ無理だろ! 戻って、ロッソ達に──」

 スティングが、もじゃもじゃ頭に乗っけていた赤眼鏡をかけた。銃口を、俺に向ける。


「スティング……? お前、何を」

「宵月君。ユート君、知ってる?」

「ユート? ──ああ! あの、白くて細い神官?」

「はは。そうそう。俺様、ユート君とはお友達でねえ。聞いたんだよね。黒本の事」

 おいおいおい。


 あのやろう、友達だからって、何しゃべっちゃってんの!


 あれか! 奥様達の井戸端会議の法則か! 

 ここだけの話ってやつ!

 それ、もう秘密でもなんでもないから!


「宵月君、手に入れたんだね。すごいや〜。でも、宵月君なら、手に入れられそうな気がしてたんだ。なんとなくさ」

「……それで。お前は、どうしたいんだ」


 ひたひたと、背後から複数の獣の足音が近づいてくる。俺は、汗をかき始めた手の平を握りこんだ。


 スティングが、胡散臭い笑みを浮かべた。


「黒本なら、この絶体絶命のピンチを切り抜けられるデショ?」

「そんなの分からねえよ! いくら反則みたいな威力補正でも、二人じゃキツイだろ、この状況! 下手したら、二人とも──」


 スティングが、嗤う。


「別に、いいだろ。俺たちには、【死に戻り】があるんだから」

「この馬鹿!」


 雪狼が一声、遠吠えした。

 それを合図に、獣系の魔物が、一斉に飛びかかってきた。


 俺は黒本を選択して、手に装備した。

 【アルグリフィの研究書】程度の威力補正じゃ、とても間に合わない。この数じゃ、何度も詠唱してる余裕はない。瞬殺する勢いでいかないと、いつか隙をつかれて、こちらが死ぬ。


「くそ! 我、アイテールを通して、天の元素に干渉」


 魔導書の上で、正12面体が回る。


「光を集積し、数多の槍と成し降り注がん──【流星槍】」


 無数の光の筋が、上空から降り注いだ。降り注ぐ光の槍は半壊した天井を貫き、広間に降り注いだ。周囲の魔物が絶叫しながら消えていく。


 スティングが口笛を吹いた。


「雑魚敵全部瞬殺とは。そこそこHPの高いヤツもいたのに。すごいね〜。さすが、神様に繋がる本」


「お前、何がしたいんだ!」


「ほらほら。しゃべってる暇はないよ」


 スティングが銃を撃った。いつの間にか空中に跳び上がっていた雪狼に命中し、驚いた雪狼が空中でさらに飛んで下がる。身体能力半端ない。


「まずは、こいつを倒してから、だよ。この城に、この部屋に、いつまでものさばらせていたくないんだ。俺様、あの奥の部屋に用があるんだ。どうしても。レベル上げては、装備替えては、何度も、何度も、何度も挑戦したけど、ダメだった。でも、最強の魔導書、黒本持ちと一緒なら、今度こそ──」


「ロッソ達に相談しよう! きっと、力を貸してくれる!」


 スティングが鼻で笑った。


「全く関係ないのに? 死に戻りするかもしれないボスの相手を? 皆、口に出していわないけど、死に戻りなんて、したくないんだよ。怖いんだ。ものすごく痛いし。死ぬほど痛いし。そんなの、手を貸してくれる訳ないじゃないか」

「そんなの、分からないだろ!」


「分かるよ。所詮、人は、自分の事で手一番なんだから」

 スティングが続けて撃った。


 雪狼が駆ける。

 銃弾が擦ってはいるが、ダメージは微小。

 狼だけあって、動きが素早い。


 魔道士系の俺には、目で追うのが精一杯だ。赤眼鏡のスナイパー、という二つ名を持つスティングですら、命中判定ギリギリだ。


「やっぱり、二人じゃ無理だ!」

「足止めは、俺様に任せて。派手にぶちかましていいから」


 スティングが、雪狼が飛びかかろうとする度、撃って威嚇する。でも、それがいつまでもつか。


「ああもう! 我、アイテールを通して、火と風と天の元素に干渉!」


 赤、緑、白の三色の図形が、魔導書の上でくるくると回る。


「獄炎の嵐となりて、仇成す者を焼き尽くせ──」


 暴風に炎が乗って暴れ回り、広間全体を火の海にした。


 雪狼は炎のなか叫んだ。

 そこそこHPが削れたが、まだ二十分の一ほどだ。この大型ボスにして、1人の魔道士が与えるダメージとしては破格ではある。あるが。


「む、無理無理無理! これ、かなりの持久戦になるぞこれ! それまで二人で保つのこれ!? 普通、五パーティぐらいで挑むクエストじゃないのこれ!」


「これこれ煩いよ、宵月君。愚痴っても状況は変わらないし。大丈夫! なんか、いけそうな気がしてきたよ俺様〜」

「それはお前だけだ、阿呆う!」


 焼け焦げた雪狼が、牙をむき出しにした。

 キラキラと、スターダストが狼の周囲を舞う。空気中の水分が凍ったのだ。部屋の温度が急激に下がった所為で。


 寒い。寒いなんてもんじゃない。凍る。いや、マジでこれ凍る。


 俺は慌てて体温保持の術を俺とスティングに二重にかけた。


「アイツ、怒ると、【氷点下マイナス100】っていうスキル攻撃しかけてくるんだ。これ、まともにくらうと即死するから。宵月君のお陰で、今回は、楽に即死を免れたわ〜サンキュ☆」

「なんだと! それを早く言ええ!」


 雪狼が、再び床を蹴った。

 今度は、俺は目で追えなかった。残像。それほど素早い動きだった。


「スティング!」

「……くそ!」


 スティングは続けざまに四発撃ち、それは右の頭の両目に命中した。あのスピードで両目に当ったのは神業に近い。けれど。


 頭部は二つ。左の頭は無傷だ。


 スティングの左肩が食いちぎられた。


「スティング!」

「俺の回復はいい! 早く、次の攻撃を!」


 だけど、【失血】状態は、一秒ごとに、5HP減っていく。早く回復しないと、いずれ死ぬ。

 どうする。

 回復の詠唱中に俺がやられたら、二人とも死ぬ。

 でも、このままスティングを放っておけば、アイテムを使う暇さえないあいつは、いずれ死ぬ。

 そして、壁のなくなった俺が、あのスピードについていける訳がない。


 雪狼が、次の攻撃態勢に入った。


 やるしかないのか。

 じわりと浮かびかける絶望感を押さえ込みながら、俺は次の攻撃をするべく、魔導書を繰った。

「我、」


 飛びかかろうと空中に躍り出た雪狼が、真横に吹き飛んだ。


「え?」


 俺、まだ次の術、発動してないよ?


「──宵月!」


 入り口から駆け込んできたのは、大剣を軽々と片手で振り上げ、肩に軽く担いだ、灰色の背の高い男。


「ジェイス!?」

 思わず泣きそうな声になってしまったのは、なかった事リストに追加だ。


「お前に渡してる媒体の気配が城のほうからして、不思議に思って来てみれば。何をやってるんだ、おまえら!」


「何って、見て分かるだろ! 戦ってんだ! 手を貸せ!」


「な」

「そ、そうそう! 来たんなら、お兄さん、手を貸して〜!」

 我に返ったスティングも懇願する。詰め寄る俺たちに、面食らったジェイスが僅かに後ろへ身を引いた。

「手を貸せ、って──」


 雪狼が一声吠え、ジェイスに向かって突進した。


 俺は動く暇もなかった。

 ジェイスが吹き飛ばされ、壁に激突する。その周囲がえぐれ、蜘蛛の巣のようにひび割れた。


「ジェイス!」

「……大丈夫だ」


 半分壁に埋まった身体を瓦礫の中から起こし、ジェイスは壁を蹴って雪狼に向かっていった。さすが、半竜。驚異的な防御力を誇るだけある。

 スティングが呆然と口を開けて見送っている。


「だ、大丈夫ってお兄さん……え、あれで致命傷じゃないの? お兄さん、マジで何者?」


 続けて背後の扉から、複数の足音がした。それも大勢。

「くおらあ! まてや、チビ共! こんな城にいるわけないだろ、て何度言ったらわかるんだ! 戻れ!」

「待って下さい、おちびちゃんたち! 宵月さんは見回りにいったんです! ですから、大人しくお宿で待ちましょう! ね?」


 ロッソとロージーから少し遅れて、二十人以上の冒険者が駈けてくるのが見えた。部隊の半分くらいいないか、あれ。


「けもけもちゃんたち! 待って〜」

「けもけもちゃんてなんだ! きっしょいなお前!」

「うるせえ!」

「ろ、ロージーちゃん、ロッソさん、足、超早!」

「惚れるう!」

「ま、待ってよ、俺を置いてかないでくれ! こえーよ、ここ! ひいい! そこの柱の影にも、血まみれの人影が!」

「ぎゃあ! やめろてめえ黙れ! お前だけの幻覚だ! 幻覚!」


 なんだか一気に脱力……違った、騒がしくなった。


「「嫌! いる! ここ、いる! 青いお兄さん!」」


「……レフ、ライ? それに、ロッソとロージーも!? それに皆も!?」

「ああ!? おまえら、何でいる!?」

「宵月様! スティング様! ジェイス様!」

「「青いお兄さん! 灰色のお兄さんも! いた!」」

「なんで、ここに」


ロッソが苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめた。

「チビ共がいきなり宿飛び出していきやがってよ。外からお前の声が聴こえるって言ってよ。皆で町じゅう探して回って──て、うげ! 双頭の雪狼じゃねえか! 何やってんだ、お前ら!」

 皆が騒めく。


「皆、手を貸してくれ! スティングが、この部屋の奥に用があるらしいんだ。頼む!」


「た、頼むって言われてもよ……何が何だか」

 ロッソ達がスティングを見た。俺も見た。スティングは、珍しく表情をこわばらせていた。目を彷徨わせながら、ぼそりと答える。

「……この、大広間の奥に。奥の部屋に、どうしても、俺は行かないといけない。約束があるんだ。俺は、その約束だけは、どうしても守りたい。守りたいんだ。だから、頼む……できれば、手を貸してほしい……」


 ロージーが胸元で手を組んだ。

「スティング様。理由はわかりませんが、何か、大切なお約束があるのですね。私で宜しければ、お手伝い致します!」


 ロッソが眉間に皺を寄せながら、頭をかいた。

「ったく。しょうがねえな! 野郎共! やるぞ!」

 おー!、と威勢のいい声が上がった。


「手伝って、くれるのか?」


 ロッソが長剣と分厚いナイフを構えた。

「当たり前だろ! お前は元仲間で、古いダチで、今も俺のギルド員だ。なに遠慮してやがる。お前らしくねえな」

 ここまできたら、一蓮托生でい!と冒険者集団の中から声が上がった。出身地は江戸だなあいつ。そしてやんやの大喝采。


 スティングが、泣き笑いの表情で笑った。

「は、はは。うちはちょっと、乗りが良すぎるのが、やたら集まりすぎてない?」

「類友だろ。お前も含めて」


 上位レベルの冒険者が四十人近くも揃えば、流石に戦況は百八十度変わる。

 変わるというか、もう、一方的すぎる状態というか。

 ようするに、俺の出る幕はもうなかった。というか、後方でただ応援してただけというか。

 え、なにこの切なさ。黒本、結局全然必要なくね? ていうか美味しいとこ取られた感がすごくするんですけど。


 

 猛攻撃の最後に、スティングが左の頭の両目を撃ち抜いた。


 追撃のロージーが、強烈なボディーブローを決める。

 悶絶した雪狼は、ジェイスとロッソによって、二つ首を斬り飛ばされた。


 首の無くなった巨体は、広間中に響き渡るほどの地響きとともに、倒れた。




 ものの二十分程で、勝敗は決してしまった。


 勝利を告げるファンファーレが脳内に響き渡る。もう慣れたが、シュールだ。

 歓声が湧き上がる。 


「終わった……」

 倒れた雪狼の側で、呆然とスティングが立ち尽くしていた。

 俺は、落ちていたスティングの左肩を拾い、側に立つ。パーツさえ残っていれば、俺でも修復可能だ。

「スティング。良かったな」

 スティングは軽く頷き、ふらふらと歩き出した。

「スティング? おい。待てよ、肩の治療──」

「行かないと……」



 嘗て玉座のあった場所の脇に、もう一つ扉があった。

 真鍮のドアノブは凍りついているのか、スティングがいくら回しても動かない。しびれを切らしたスティングが銃で錠前を撃ち抜いて、ようやく扉が開いた。


 中は、そこそこ広い、祭壇のようだった。


 恐ろしく寒く、吐く息まで凍りそうだ。

 

 全てが凍りついていた。


 中央の白い石段の上には、白い翼を広げた女神の像が立っている。

 石段の周囲を囲むように、十人の神官達が倒れている。

 そして、女神像の前には、たおやかな白銀の髪の、神官服の女性が膝をついて、祈りを捧げたまま──凍っていた。


「もしかして、スノフェザの王女様なのか?」


 命を懸けて防御結界をはったという、ノスフェザの神官長でもある、王女。

 スティングは無言で、ふらふらと、倒れている神官達を一人一人、見て回り、最後に祈り続ける女性の側に膝をついた。

「……お待たせ。って、遅すぎる、よなあ」

 はは、とスティングが力なく笑った。


 ジェイスが周囲を見回し、目を細めた。

「……ここで、結界をはる術を行ったんだな」

「少人数でやるには、町を守るだけで精一杯だったんだろう」

 俺は動かないスティングの側まで行き、左肩を回復魔法でくっつけてやった。

 振り向かないまま、スティングが頷いた。


「そう。非常事態の防御結界。王族だけに伝わる秘術。ここでしか、行えなくてさ。俺様、これでも頑張ったのよ。そこの扉の前でさ。皆と。でも、明らかに戦力と頭数が足りなくて。俺様も【死に戻り】しちゃって。必死で城に戻った時には、もう──」


 女性の白い神官帽についた霜が、溶け始めた。雪狼を倒したから、室温が戻り始めたのかもしれない。


 冒険者の中にいた吟遊詩人が、ハープで【鎮魂歌】を演奏し始めた。

 静かな音色が響く。


 溶けた神官長の女性を、スティングが抱きとめる。


「宵月君。宵月君。今なら、今なら蘇生って、」

 俺は、首を横に振った。

「……ごめん。蘇生魔法が有効なのは、俺たちのように、【死に戻り】を持ってる冒険者だけだ。この世界の人を蘇生させる事は……」


 俺たちだけが、異質であり、異例なのだ。

 普通は、死んだら、生き返ることなど決してない。

 神様の力でも持っていない限り。

「そう、だったね……」


 スティングが、眠っているように安らかな顔をした王女の頬を撫でた。


「遅くなって、ごめんな……本当に、ごめん……。変な意地張らずにさ、もっと早く、来れてたら……」


「スティング……」




 氷の溶けた部屋の中に、ふわりと温かい風が吹き込んできた。



 ──あえて、うれしい。



 ──ありがとう。

 ──おかえりなさい。


 風の音に混じって、微かにそう聞こえたのは、願望が見せた幻覚なのか、それとも、現実だったのか。







 仲間達が、倒れた神官達を布でくるんで運び出していった。

 皆、どことなく表情は硬い。


 だって、俺たちはこんな世界知らない。

 他人の死なんてものは、いつだって、ディスプレイ越しの出来事だったんだから。

 




 誰もいなくなった祭壇で、スティングが唯1人、女神像を見上げていた。布にくるんだ女性の身体を、大事そうに、腕に抱いて。

 その背中は、縮んでしまったかのように、小さく見えた。


 ロッソさえ声をかけられず、静かに立ち去る。

 気の利いた言葉1つ浮かばない俺も、1人にしておいてあげるのが最良だと思い、その場を立ち去る事にした。


「……ねえ、宵月君」

 呼ばれて、立ち止まる。


「この世界、なんなんだろうねえ。ゲームとおんなじなんじゃないの? 全部夢みたいな、世界なんじゃないの? みんな、作り物だ。これも。あれも。人も。全部。そう、思ってたのに」

「スティング」

「宵月君の、言う通りだよ。作り物だと思ってたのに、俺なんかに、笑いかけてくれて。優しい言葉をかけてくれた。抱きしめてくれた腕は、すごく、温かかったんだ。なあ。死んだら、どうなるのかな。ゲームの中みたいに、消えちゃうのかな。デリートみたいに。何も、残らないのかな。まるで、最初から何もなかったかのように。欠片さえ、残らないのかな。何も──」


「残らない訳ないだろ」

 スティングが振り返る。その顔からは、表情が抜け落ちている。


「この世界は、確かにグラナシエールだけど、完全に、あれと同じじゃない。ちゃんと、皆、生きてる。存在してるんだ。だから、残らない訳がない。そうだ。いつか身体は、四色のアイテールに。魂は、白い光……天のアイテールに。世界に溶けて、混じって、循環して、そして、また」


「どこかで……また、会える?」


「ああ。きっと。きっと、会えるさ。また、いつか、何処かで」


 それはもう、全く違うものかもしれないけれど。


「きっと。色んな形で、残っていくんだよ。例え、この世界がよくわからないものでも。俺たちのいた世界とそこは同じだ。心は、誰かの心に。いろんな人の、心を伝って。繋がって。そして、また、何処かで。逢いたいと思い続けていれば、いつか……その思いが、糸みたいに、どこかで、繋がり、交差して、きっとまた、逢える──」


 きっと。

 それは、そうあってほしい、という願いにも近いけど。


 例え、俺が、この世界で消えたとしても。

 何かが。残っていくのだと思えたら。


 もし、俺が、この世界で死んだとしても。



 スティングが、盛大に鼻をすすった。

 いつものようにゆらゆらとワカメのように身体を揺らし、へらり、と笑む。

「……うん。宵月君は、いつだってロマンチストだよねえ」

「うるさい」


 スティングはもう一度だけ、女神像を振り仰いでから祈るように目を閉じてから、腕に抱いた王女の額に唇を落として、微笑んだ。

「……また、何処かで逢おう。今度はもっと、温かい場所で」

 

 まるで返事を返すように、仄かに柔らかな風が、スティングの髪をさらさらと流していった。


 

 



「さてさて。そろそろ俺らも戻ろうかねえ〜。ここは寒くて凍えちゃうわあ!」


 なんで女言葉なんだよ。

 まあ、なんだ。

 ようやく、いつものスティングに戻ったようだ。

 よかった。


「……何にやにや笑ってんの宵月君。気持ち悪いなあ」

「お前に言われたくないわ!」


「あの本はさ。最後の最後まで、誰にも言わないほうがいい」


 突然の話題の転換についていけず、首をかしげる。

 ああ、あれか。

 黒本のことか?


「人は弱いからさ。俺みたいに、縋ろうとする奴が何人もでてくる。とんでもない悪者に狙われた日には、命がいくつあっても足りないデショ?」

 俺は大きく息を吐いた。

 だから。


「お前が言うな」



 *   *   *



 結局、双頭の雪狼を倒しても、防御結界はそのまま残った。


 残された人々を魔物から護る為に、これからも残っていくのだろう。


 神官の人々と姫を町外れの見晴らしの良い墓地に、町の人達に手伝ってもらいながら埋葬した後。

 スティングはジェイスに礼をいいたいから、と町中探したが、ジェイスの姿は見つからなかった。

 いつの間にか、また姿を消していた。


 珍しく諦め悪く探そうとするスティングを宥め、外の見回りに行ったのかもしれないからと、明日の朝、礼を言ったらいいから、と宿に戻るよう促した。


 おそらくジェイスは、ボスと魔物がいなくなって安全になった城にでも、戻ったのだろう。

 あの城の中なら、ゆっくり休めるのだろうか。

 人の造った結界に拒絶されることもない。平穏を脅かす魔物もいない。

 誰もいない、城。


 でも、それは、なんて──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ