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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第四章 引き裂かれる絆
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邂逅

勇者と桔音君の出会い。

 目が覚めて、最初に感じたのは腰の辺りに感じる掛け布団越しの人一人分の重みと、朝のひんやりした空気によってやけに冷たくなった左手の濡れた感触。

 寝っ転がったまま顔の前に左手を持ってくると、涎でべったべたになった左手が視界に入ってきた。ぽたぽたと僕の顔に涎が垂れて来た。思わず溜め息が出る。


「よっと……やっぱりかぁ」


 上体を起こすと、やはりというかなんというか、僕の腰のあたりに顔を埋めているレイラちゃんがいた。

 顔は上気して赤く、火照った身体は赤みを帯びていて汗だくだ。そしてなにより惚けた様な表情、赤い瞳は虚ろで若干白目を剥いていて、にへらっと開いた口からは赤い舌がだらしなく出て来ている。びくびくと痙攣したように悶える彼女を見ると、事後かこれはと思ってしまう。


「あへぇ……えへへへ……しゅごぉい……♡ しゅごいよぉきつねくん……わた、私、ぶっ壊れちゃうかと思ったぁ……うふふ、うふふふふ……♡」

「そのままぶっ壊れればよかったのに」

「あんっ♡」


 レイラちゃんの力なく倒れた身体の下から足を引き抜いて、ベッドから立ち上がる。その際レイラちゃんの身体が僕の身体分の落差でベッドへと落ち、嬌声をあげたけど無視する。どうせすぐ復活するだろう。


 部屋を見渡してみると、僕とレイラちゃん以外は皆まだ眠っている。僕は朝は早い方だけど、昨日の気絶という名の睡眠によっていつもより早く起きてしまったらしい。空もまだ青白く、時間としては早朝4時30分くらいかな?


「さて……どうするかなぁ……っくぅ~……っはぁ」


 起こすのも忍びないので、身体をぐいっと伸ばしながらそう呟く。

 そしてふと、この宿にはお風呂があることを思い出した。そして、自分が昨日入っていないことも。


「お風呂、入ろうかな」


 今の時間でも入れるのかは分からないけれど、どうせ暇なんだし確認しに行くだけ行けばいいか。入れれば尚良いし、入れなくてもまぁ眠気覚まし位にはなるだろう。寝起きでお風呂に入るのってなんか不健康とか聞いたけど、まぁこれまで入って来なかったんだし、良いでしょ別に。


「あ、私も行く♪」

「復活早いよ、もう少し寝てろよ」

「やー♪ きつね君が一晩中寝かせてくれないから汗だくだしねっ」

「寝かせてくれなかったじゃなくて、徹夜で舐めてたでしょ。少なくとも僕は寝てた」


 何を戯けたことをほざいてんだこの発情魔は。

 

 って言っても、どうせ来るなって言っても付いてくるし、魔族でも女の子だから汗臭いままは生理的に嫌だろう。

浴場は男女別だろうし、別に良いか、それくらい。


「はぁ……まぁいいや、お風呂行こう」

「きつね君とお風呂っ♪」


 僕とレイラちゃんはお風呂場へと向かう為に、部屋を出た。

 何処にあるのかも分からないから、とりあえずうろうろと廊下を歩く。ミニエラの所よりも広いな、やっぱり国土の違いか? 領地が広いのかもしれないね、軍事国家らしいし。


「ねぇねぇきつね君」

「何?」

「勇者って強いのかなぁ? 私よりも」

「さぁねぇ……まぁ魔王を倒す力を持ってるみたいだし、レイラちゃんでもやられちゃうかもねぇ」


 寧ろやられてしまえ。

 まぁまだ勇者が来てから一ヵ月も経っていないんだし、まだまだ強い訳では無いんじゃないかな。僕も一週間じゃそんなに強くなれてない訳だし、よっぽど初期スペックが高くない限りはまだまだ弱いと思う。

 きっと今の段階じゃレイラちゃんの方が上なんじゃない?


「ふーん……楽しみっ♪」

「……あ、ここだね」


 そんなことを話している内に、お風呂場を見つけた。やっぱり男女別だ、お風呂場が男女別であることにこれほど感謝したことないよ僕。

 どうやらお風呂は常時開放らしい、今も入れるみたいだ。ラッキーだね。

 

「さて、それじゃレイラちゃんは女湯ね。僕は男湯行く」

「えー、私きつね君と入りたーい、この時間だし誰もいないよ?」

「駄目だよ、問題になるし」

「何が問題なのっ!?」

「モラル!」


 ルールは守るよ僕、確かにレイラちゃんみたいな容姿だけは美少女な子とお風呂に入れるっていうのは魅力的ではあるけど、ルールは守ろうよ。真面目で青少年なことに定評がある僕だ、そこはきっちりしてるんだよ。


 まぁ正直なところレイラちゃんと入りたくないだけだけどね。


「ほら、大人しくそっちに入って」

「むぅ……分かったよ」


 渋々、レイラちゃんは女湯の暖簾を潜って姿を消した。僕もそれに続くように男湯の暖簾を潜る。

 脱衣所は案外広く、見る限り誰もいない。服も置いてないから誰もいないんだろう。とりあえず手近な所に服を脱いで、脱衣所から浴場へと入る。


 すると、中は結構広かった。シャワーはないけれど、身体を洗うスペースにも水路があって、そこにお湯が流れている。備え付けの桶もあるし、石鹸で頭と体を洗ったら、水路のお湯をすくって流すんだろう。

 湯船と同じお湯だから泡とか湯船に入るんじゃないかと思ったけど、どうやら用水路的な洗浄効果を持つ魔導具で、湯船と身体を洗う水路の水質は随時洗浄されているみたいだ。凄いなファンタジー。


「取り敢えず身体洗おう」


 僕は身体を洗うスペースにある椅子に座って、備え付きの石鹸で身体を洗う。一週間以上お風呂に入っていなかったからか、皮脂と汗でギトギトになった髪や身体を洗うのには2度3度繰り返し洗う必要があったけど、流し終わった後は凄くさっぱりした。


『きつね君いるー?』

「……」


 すると、壁を隔てた向こう側の女風呂からレイラちゃんの声がした。まぁ壁の上の部分は繋がっているから声が聞こえるのもおかしくはないか。

 ついでに言えば向こうの浴場もレイラちゃんしかいないんだろう。とりあえず無視しよう。


『なんだ、居るなら返事してよー』

「……何故分かった」

『あはっ♪ 私の瘴気は広げた場所の状況がある程度感知出来るんだよー』

「何その索敵能力」


 見れば湯気に混ざって黒い瘴気が見えた。あれで僕が居るのを感知したんだろう。


『……視覚能力がないのが残念だけどねー……』

「心底残念そうに言うな」


 視覚能力備わってたら完璧覗き能力じゃないか。


「……はぁ~……」


 取り敢えずレイラちゃんは無視して湯船に浸かる。日々の疲れが染み出る様な感覚に、思わず気の抜けた声が出た。

 口までお湯に使って、ぶくぶくと息を吐く。少しマナーが悪いだろうけど、僕一人だけだしいいよね。


『きーつーねーくーん?』


 レイラちゃんの声をBGMにして、癒しの時間を楽しもう。まるでごちゃごちゃした日常から切り離された様な感覚は、偉く気持ちいい。


「…………ぶくぶく」

「どうしたのきつね君、眠いの?」

「…………何故此処に居る」


 いつの間にか隣にレイラちゃんがいた。無駄に高い身体能力で壁を越えて来たんだろうけど、本当止めて欲しい。

 分かってるのかな、相手してて一番疲れるの君なんだぜレイラちゃん。やっと見つけた僕の癒し時間を邪魔しないで欲しい。


「あはっ♪ 二人っきりだねぇ……♡」

「……珍しく発情してないんだね」

「一晩中きつね君を堪能したからね♡ 今は我慢してあげる♪」

「ふーん……まぁそれなら良いけど」


 所謂賢者タイムか。一晩中僕の左手を舐めていたから欲求が満たされてる訳か、まぁどうせしばらくしたらすぐに発情するんだろうけど。このお風呂に入ってる間だけは大人しくしてて欲しいもんだ。


「気持ちいいねぇ♡」

「……そうだね」


 僕はレイラちゃんの肢体が隣にあるにも拘らず、一度たりとも見ようとは思わなかった。多分怪物云々じゃなく、ただ単に久々のお風呂を堪能したかったからだろう。

 

 それからしばらく、僕とレイラちゃんは無言で湯船に浸かっていた。


あーあ、なんだか無性にルルちゃんをもふもふしたい気分だ。



 ◇



 部屋に戻ると、フィニアちゃん以外は全員眼を覚ましていた。外に出る準備も整えているようで、ルルちゃんは上着の袖に腕を通してる所で、リーシェちゃんは下ろした髪を括ってお団子を作っていた。

 二人とも僕に気が付いたようで、苦笑した様にはにかんだ。


「お風呂に行っていたんだな、きつね」

「お帰りなさい、きつね様」

「うん、ただいま」

「気持ち良かったぁ♪」


 短く挨拶して、僕は未だに寝ているフィニアちゃんに近づく。

 そしてお腹をくりくりと指先でくすぐりながら、声を掛ける。フィニアちゃんも起こさないとね。


「フィニアちゃん、起きて」

「俺は……誰だ……誰なんだァ!! はっ……おはよ!きつねさん!」

「うん、おはよう」


 今日は記憶喪失の男の話かな? 毎度毎度変な夢を見るね、フィニアちゃんも。

 とはいえ、これで全員起きた訳だ。早速勇者に会いに行こうかな。いつ彼がこの国を出るかも分からないし、早めに会いに行かないとね。


「さて……それじゃあ僕とフィニアちゃんは城へ行くよ。リーシェちゃん達は好きに遊んでて頂戴。まぁ依頼を受けたいならギルドに行っても良いし」

「ああ、分かってるよ」

「それじゃフィニアちゃん……行こうか」

「うん! 勇者狩りだね!」

「待って、狩らない。会いに行くだけだから」


 フィニアちゃんも気合十分みたいだ。結構なことだけど、本当に狩らないよね? 止めてよほんと、そういうの洒落にならないんだから。


 とまぁ、そんな不安を抱きつつ、僕達は動きだす。目的は勇者、異世界からの来訪者に会いに。

 学ランの前を止めて、フィニアちゃんを肩に乗せる。そして狐のお面を頭に掛けて、いつも通りの状態になった所で、僕は再度扉を開き、部屋を出た。


 さて、勇者に会いに行こう。



 ◇ ◇ ◇



 芹沢凪は、朝起きてからなんだか妙な感覚に苛まれていた。


 胸がざわつく様な、けれど嫌な予感というよりは何かが起こる予兆のような感覚。この世界に来てから、彼には多い頻度でそういう感覚に陥る時があった。訓練で戦う時など、特に集中している時なんかはまるで未来予知の様に、次何が起こるのかを察知出来た。

 『直感』のスキルを持ってはいないのだが、恐らく召喚の影響で強化された第六感が告げているのだろう。


 何かが起こると。


 一歩づつ、なにかが自分に迫って来ている様な感覚。


「……夢でもあったな」


 そして、眠っている間に見た夢もまた、今の感覚に似た夢だった。内容はこんな感じだ。 

 真っ暗な空間の中、ひたひたと背後から近寄って来る足音が聞こえて、振り返って見てみるとそこには、誰もいない。訝しげに思ったその瞬間、自分の首に人間の手が添えられた。しかも肉の付いていない骨の手だ。

 そして、首を動かして背後を見ると、そこには人ではなく死神がいた。人間の骨に真っ黒い衣服、そして右の目玉だけがぎょろりと自分を見ていた。


 凪は背筋に走る悪寒と恐怖心に、目が覚めた。


「……なんだったんだ……あの右眼だけの死神……?」


 そう呟いて、未だに胸の中でざわつく感覚を拭えずにいた。

 

 とりあえず気分を変えようと、凪は部屋のカーテンを開き、窓を開けて朝の空気を大きく吸い込む。少しだけ、気分が落ち付いた気がした。


「ん?」


 ふと、凪は窓から下を見た。

 彼とセシルの部屋は、城の比較的高い場所にある。故に、窓から下を見れば国を一望出来るのだが、そこからは城の入り口の門も見える。凪が注目したのはそこだ。



 背筋に、夢で体感した悪寒が走った。



「なっ……アレは……」


 視線の先には、真っ黒い衣服を着て、左眼を包帯で覆った少年がいた。門の入り口に向かって足を進め、その表情には薄ら笑いが浮かんでいた。

 そして、凪には彼の衣服に見覚えがあった。いや、見覚えどころではない、学生だった彼にとって最も近しい衣服だ。


「学ラン……!? まさか、俺と同じ……!」


 学ラン。ブレザー制服だった凪ではあるが、同じ制服のソレは当然知っている。異世界に来て一切見なくなった制服姿の人間、それが此処に来て自分の前に現れたのだ。彼の表情は、驚愕に眼を見開いていた。


 そして、それを理解すると慌てて部屋を飛び出す。


学ラン姿の少年、自分と同じ異世界の人間かもしれないという考えが、彼を突き動かした。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」


 周囲の人間からすれば圧倒的に速く廊下を駆け抜ける凪、だが本人からすればもっと速く! と逸る気持ちを抑えきれずにいる。階段を駆け下りて、玄関まで全力で走っていく。


「はぁっ……はぁっ……!」


 そして正面玄関へ続く大きな扉を開いて、外へと飛び出した。

バランスが崩れて前のめりにつんのめったが、無理矢理体勢を整えて入り口の門を見た。そこには門番の兵士と口論している学ランの少年が確かにいた。


 近くに来て確信する。


「やっぱり学ランだ……!」


 また地面を蹴った。そして、すぐ門まで辿り着き、よっぽど逸る気持ちを抑えきれなかったのか、門番の兵士を押し退けて学ランの少年の前に出た。

 がむしゃらに走ってきたからか、荒い呼吸に胸が苦しくなって、膝に手を付き息を整える。顔が下を向き、地面に汗がぽたぽたと落ちた。


「―――勇者、であってる?」


 頭上から浴びせかけられるその声は、凪を勇者だと確信しているような声音だった。

 凪は顔を上げて、学ランの少年の顔を見る。目の前にいたのは、薄ら笑いを浮かべた左目の無い学ラン姿の少年。


凪は堪らず笑って返す。


「はぁ……はぁ………ああ―――俺が勇者だ!」


 薙刀桔音と芹沢凪。


 正反対の境遇で異世界へやってきた二人の異世界人(イレギュラー)が、遂に邂逅した。




凪と桔音が出会いました。ここからちょっとずつ物語が大きく動き始めます。

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