受付嬢は何処に行っても同じ
とりあえず依頼達成処理を行います。
※レイラちゃんの挿絵を描き直して微修正しました。良ければどうぞ。
桔音がグランディール王国に到着した時、勇者である凪は自分の召喚主であり、自分の所属するところの王様と向かい合っていた。玉座の間であるのにこの場には凪と王様、そして巫女であるセシルの三人しかいなかった。
この世界に来てから、凪は凄く強くなった。それこそ、この国ではもう誰も太刀打ち出来ない程に強くなった。ステータスだけなら追随出来る者も多くいるのだが、勇者である彼はそれを覆すだけの力を持っている。
やってきて一週間と少しでこれほど強くなったという事実は驚愕に値し、またそれだけの資質を持っていたということにも民衆の期待と信頼を受けることになった。
だからこそ、頃合いなのだ。
「そろそろ、魔王討伐の為の旅に出ても良いかと思ってな」
「ん、なるほど……確かにずっとこの国で引き籠ってても仕方ないしな、分かったよ王様」
「うむ、旅にはセシルを含めて数名御供を付けよう。勇者殿には戦いの技術しか学ばせておらなんだから、旅をする知識はないであろうし、そういった面で補助役が必要だろう?」
「ああ、ありがとう。確かに必要だな」
そう、そろそろ勇者として魔王討伐に出発しても良い頃だった。準備を整え、仲間と共にこの国を出る。魔王や魔族達の住まう暗黒大陸に行かねばならない。それが彼の役目で、それが彼の唯一元の世界へ帰る手段だ。
だが、彼はそんなことは考えていない。元の世界に帰るだとか、役目だとか、そういうことは考えていないのだ。
あくまで、自分には困っている人を救う力があって、魔王によって苦しんでいる人々を救ってあげられるから救いたい、そう思っての行動だ。
「出発は明日だ、今日は旅の支度を整えると良い。セシル、勇者殿を手伝ってやってくれ」
「分かりました」
「話は以上だ、勇者殿……改めてよろしく頼む」
「……ああ……全力を尽くすよ」
王様が頭を下げ、凪がそれに胸を張って応えたことで話が終わり、和やかな雰囲気が場に漂う。顔をあげた王様と凪の目が合い、噴き出すように笑った。
◇ ◇ ◇
グランディール王国へ到着した僕達は、奴隷商人達に依頼書へサインして貰った。ミアちゃんに言われたからね、サインして貰わないと報酬が貰えないって。
そして、この国のギルドへ向かうべく護衛してきた奴隷商人達と別れて、今はギルドへ向かっているところだ。ちなみに女冒険者Bも一緒だ。
ルルちゃんと手を繋いで、賑やかな街並みの中進む。リーシェちゃんやレイラちゃんは堂々と歩いているけれど、僕としてはルルちゃんを見てくる周囲の視線が酷くうっとおしい。
ミニエラでは無かったけど、やっぱりこの国では奴隷はあまり良い思いはしないみたいだ。首輪を外せば奴隷には見えないんだろうけど、ルルちゃんは首輪を大事にしてるみたいだから外せないんだよねぇ。
「なんか見られてるね! きつねさん有名なのかな?」
「いやいや、見られてるのはルルちゃんだよ。僕達はそう思ってないけど、この子は体面上奴隷だからねー……」
「なるほど、燃やす?」
「待って、そこに至るの早い」
フィニアちゃんは何でもかんでも燃やしたいのか、それとも気に入らないものは燃やす主義なのか、結構何でもかんでも燃やそうとする。まぁ僕としてはゴーサインを出してあげたいのは山々なんだけど、ここでそんなことしたら余計に視線が痛くなるから止めて欲しい。
「それにしても……何処を見ても戦闘職ばっかだねぇ。マッチョに女剣士、騎士もいるし……戦闘狂にとっての桃源郷とは良く言ったもんだ」
「言いだしたのきつねさんだけどね」
「そうだっけ? 流石だね僕」
「自画自賛にも程があるね! 流石きつねさん器が小さい!」
「あ、この程度の自画自賛も認めてくれないんだ?」
フィニアちゃんの悪態フィニア節が復活している。レイラちゃんとの険悪な関係も一旦は落ちついたみたいだし、少しはいつも通りに戻ったかな。
と、ギルドどこだろう。一応此処に居たらしいレイラちゃんに案内を頼んでるけど、大丈夫かな。正直めちゃくちゃ不安なんだけど。
「此処だよ」
「あ、うん」
と思ってたらちゃんと着いた。ミニエラのギルドとは違って二回りくらい大きい。でも看板に書いてある文字は変わらず『冒険者ギルド』だし、ここで合ってるんだろう。
レイラちゃんが褒めて褒めてと見てくるので、とりあえず人差し指を口に突っ込んでおいた。上機嫌に舐めてくるけど、噛み千切られそうで怖いから数秒で指を引いた。
「じゃ行くかぁ」
そう言って、僕はギルドの扉を開く。
中に入ると、ミニエラと同じ様に中にいた冒険者達の視線が僕の方へと向いた。ミニエラの時とは比べ物にならない品定めの目線が突き刺さる。正直、それしか脳がないのかこいつらはと思っちゃった。
「ちょ、ちょっとだけこの視線はキツイな」
「そう怯えないでリーシェちゃん、別に取って食われたりしないって」
「でもなぁ……此処に居るのは全員がミニエラでトップクラスになれる実力者達だぞ? 寧ろお前のように堂々としているHランクの方がおかしいだろう」
「なら見てみなよ、あそこに居る女の人」
「ん?」
リーシェちゃんがどうにも怯え腰だから、僕は中にいた受付嬢の女の人を指差して、リーシェちゃんの視線をその女の人に向ける。
指を向けられた女性も気が付いたのが疑問の表情で僕達を見ていた。
「ミアちゃんより胸がないだろ?」
ギルドの空気がピシリと固まった。
後で知ったことなんだけど、どうやらギルドの受付嬢が座っている場所は彼女達の立ち場で決まっているらしい。
ミアちゃんが座っていたのは受付嬢達の中央、つまりギルドの扉から真っすぐ進んだ先の席だ。そこは一番人気の受付嬢、つまりエース受付嬢を置くらしく、ミアちゃんはミニエラギルドで一番人気の受付嬢だった訳だ。
そして今回僕が指差したのもミアちゃんと同じ場所、扉から真っすぐ進んだ先のエース席に座っている子だ。
つまり、このグランディールギルドで最も人気のある受付嬢ってわけで、僕はその子に対して胸が小さいと言い放った。
ギルドの空気が固まるのも、納得の事態だったらしい。まぁ、後で知ったことだから今更仕方ないんだけどね。
「……あれ? 何この空気?」
「馬鹿! きつね、女性に対して胸が小さいとか言うな!」
「いやぁ……ほら、リーシェちゃんの気を紛らわせようとね?」
静まりかえったギルドの空気の中、僕が薄ら笑いを浮かべながらきょろきょろしていたら、リーシェちゃんが耳打ちで注意してきた。
ああ成程、そういうことか。でもさ、ミアちゃんよりも小さいのは見れば分かるし、別に貧乳って訳でもないんだから良いじゃん。
「ぷはっ……ぷっ、ふふふふふ……! きつねさん、良くやったね……!」
すると、僕の肩でお腹を抑えて笑っているフィニアちゃんが僕を褒めてくれた。やっぱり僕は間違っていなかった。
「とりあえず受付済ませようよー、私飽きてきちゃった……ふあ……」
すると、今は通常時のレイラちゃんが欠伸をしながらそう言ってきた。まぁ護衛依頼の間、仮眠ばかりで十分に寝れていない3日間だったわけだし、寝不足でも仕方ないか。
というわけで、僕は静まり返った空気の中ニコニコと営業スマイルを浮かべる受付嬢の前にやってきた。さっきの指差した子だ。
「あのー護衛依頼の達成手続きを」
「はい?」
「いやあの、依頼の達成手続きを」
「はい?」
「達成てつ」
「はい?」
駄目だ、なんでか話を聞いてくれない。文字にして三文字しか答えてくれない。なんだろう、ミアちゃんの目が笑っていない笑顔に似てるけど、この子の場合全然怖くない。つまりは怒ってないのか。もしかして苛々してるのかな? 上司にセクハラされたとか?
「フィニアちゃん、なんか苛々してるみたいなんだけど……なんでか分かる?」
「きつねさん、女の子にはデリケートな部分があるんだよ! 触れちゃダメ!」
「あ、うん……ごめん」
「きっと生理だよ」
「なんかデジャヴ」
そんな話をしていたら、いきなり目の前にいた受付嬢の子が立ちあがった。俯いて顔が見えないけど、肩が震えている。
あ、フィニアちゃんが生理って言っちゃったから恥ずかしいんだ。しまったなーフィニアちゃんそういうとこ無頓着だから。
「フィニアちゃん、例えそうだとしても生理とか言っちゃ駄目だよ……」
「あ」
「ごめんね、悪気はないんだ許してあげて」
「お前にキレてんだよぉぉぉぉおおおお!!!!!」
「ぶふっ!?」
僕が謝ったら、いきなり視界が回った。痛みはないけど顔面に走る殴られた感触と、床に倒れた感触が状況を理解させてくれた。
どうやら僕は殴られたらしい。倒れたまま上を見ると、カウンターを飛び越えて僕の下へ来ようとする受付嬢の彼女を、リーシェちゃんや周囲にいた冒険者が羽交い締めにしているのが見えた。
上体を起こす。
「……やんちゃな子だなぁ」
座っているから分からなかったけど、受付嬢の子は凄く小柄だった。おそらくルルちゃんよりも背が低い。ミアちゃんよりも胸は小さいけど、それでも巨乳だ。
所謂、巨乳ロリな受付嬢の子だった。しかもとんだおてんば娘らしく、キレて殴って来るとは中々楽しい子だ。
「きつね君きつね君」
「何かなレイラちゃん……」
「きつね君って人を怒らせるの上手いねっ♪」
「いやぁ話してると勝手に怒らせちゃうみたいなんだよねぇ」
「どうみても悪意満々だったけどね♡ そんなきつね君も好きぃ♡」
レイラちゃんは尻もちを着いた状態の僕の隣にしゃがんで話し掛けて来た。僕には全く非はないと思うんだけど、なぜか皆怒るんだよねぇ。飛んだ災難だよ。
そう言ったら、レイラちゃんはにへらっと笑いながら抱き付いてきた。面倒臭いので立ち上がってレイラちゃんを引き剥がす。
「落ち付け! 落ち付けってルーナちゃん! 確かにちょっとアレだったけど悪気はねぇって!」
「そうだよ! ルーナちゃん可愛いよ! 大丈夫! 全然負けてないって!」
「そうだ! きつねはいつもあんな感じなんだ! 許してやってくれ!」
「ふー!! ふー!!」
冒険者の男2人とリーシェちゃんの3人掛かりでルーナと呼ばれた受付嬢の子を止めている中、僕は彼女の下へと歩み寄っていく。怒らせたのなら謝らないといけないからね。
僕はルーナちゃんの前に立つ。すると、ルーナちゃんは怒りの表情はそのままに身体を動かすのを一旦止めた。話を聞く気はあるってことだろう。止めていた冒険者達もそれを見て羽交い締めにしていた拘束を解く。
「どうどう落ちついて、フィニアちゃんにも悪気はなかったんだよ、許してあげて」
「だからお前に怒ってんだよ!!!」
「げぶっ!」
え、フィニアちゃんじゃなくて僕なの?
彼女のアッパー気味の拳に顎を打ちあげられ、あまりの威力に身体が空中に浮いているのが分かった時、僕はそう思った。痛みはないけど、視界がぐらついた。
とりあえず視界がぐらつくけど意識ははっきりしていたから、落ちていく体勢を整え、両足で着地した。
「……えーと、ああ僕か……そっかそっか僕か……」
「私はあんなでかいだけの女に負けてないし!」
「ミアちゃんのこと?」
「そうよ! あんな奴に私は負けてないもん!」
どうやらこの子、ミアちゃんにライバル意識があるらしい。ギルドの受付嬢同士、競い合う何かがあるのかな? 受け付けた冒険者の数とか、人気とか……まぁそれはどうでもいいけれど、取り敢えず一つ言っておこう。
「いやいや、どう見てもミアちゃんの方が美人で巨乳だろ」
瞬間、小さな拳が視界を埋め尽くし、僕の意識はそこで途絶えた。
というわけで、グランディールのエース受付嬢のルーナちゃんでした。
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