聖なる船の中で
再開の勢いが無くならない内に次話を投稿します!ではどうぞ!
『使徒』ステラを始めとして、四人の少女達に連れられていく桔音達は今、海の上に居た。
あの滅んでしまった、滅ぼしてしまった国を去り、あるいは最後の戦いになるかもしれない場所へと向かう。
その道中で桔音達を待っていたのは、ステラ達がこの大陸へとやってくるのに使ったのだろう。大きな船があった。それは彼女達らしく白いカラーリングで、そこかしこに綺麗な装飾がなされている。
乗り込んでみれば中々に快適な空間で、船独特の揺れはあまり感じられない。
まっさらに舗装された道を走る高級車の様に、海を行くこの白い船もまた、乗り心地は最高だった。
しかしどうだろう。酔いというのは揺れがなくともあるのか知らないが、この船に乗り込んでからというもの、元々気絶状態のメティスとは別に、レイラにリーシェ、屍音の三人は真っ先にダウンしてしまっていた。顔が青ざめ、気持ち悪いのかうーうー唸りながら、船に設置されている柔らかなソファに寝転んでいる。フィニアやルルがそれを看病しているけれど、一向に良くなる様子は見られないようだ。
桔音はそれを一瞥しながらも、この船に使われている照明や、どことなく神聖な空気の漂う船内に違和感を覚える。
そして最悪、もしかしたら彼女達の船酔いは船酔いではないのかもしれない。そう思っていた。魔族である彼女達だけがこんな状態に陥っているのだ。疑いもする。何しろこの船の持ち主達は、魔族や魔獣といった、"そういう類"の存在に対して天敵ともいえる力を持っているのだから。
「申し訳ありません、きつね。どうやら彼女達にはこの船の空気は身体に合わないみたいですね」
すると、それを察したのだろう。
ステラが桔音の傍にやってきて、同じくレイラ達をちらりと一瞥しながらそう謝ってきた。どうやら彼女達の持ち物にはもれなく退魔の力が宿っているらしい。
神葬武装しかり、この船しかり、ほとほとレイラ達魔族陣にとっては最悪の相性なのだろう。
「うん、まぁ命に関わらないのであれば良いよ。仕方ない部分もあるだろうし」
故に桔音も、無駄にいきり立つこともないとその謝罪を素直に受け止めた。
「失礼します……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん……君は確か、マリアちゃんだっけ? 良いよ、何?」
「ええ、その節はどうもご迷惑をおかけしました……お聞きしたいのは、メアリーのことです」
メアリー、その名前が出た瞬間、桔音の眉がピクリと動いた。眉間に若干の皺が寄る。
彼女は桔音の目の前で死んだ。それは紛れも無い事実であり、桔音自身が証人としてその瞬間を見ている。故に、彼女が言うメアリーの話というのは―――本当にメアリーは死んだのかどうか、ということなのだろう。
マリアは何かに祈るように、問いかける。
「メアリーは……死んでしまったのでしょうか?」
「うん、死んだよ。僕が殺した」
「……そうですか」
「!」
隠すこともない。桔音は冷たく突き放すように、マリアの問いに即答した。自分が殺したのだと、彼女は死んだのだと、悪びれもなく。
だが、それは戦いの末に起こってしまった現実だ。結局、彼女の死はどうあっても防げなかっただろう。いずれはぶつかり、そして殺し合うことになった筈なのだ。
桔音はそれを悪いことだとは思っていない。自分がやったことは、自分を殺そうと襲い掛かってきた火の粉を振り払っただけ。正当防衛と言い張るつもりはないけれど、桔音とメアリーの二人が同意して行われた殺し合いだ。メアリーも、殺される覚悟位はあったはずだ。
だが、その答えを聞いたマリアの顔を見て、桔音はぎょっとする。
「……」
マリアは静かに泣いていた。その白い頬を伝う涙を拭うこともせず、瞳を閉じて祈りを捧げていた。死んでいったメアリーに黙祷を捧げているようだった。
その姿はまさしく『聖母』の様で、なんだかこうして悲しみに祈りを捧げている姿を作った原因である身としては、少し罪悪感を覚えてしまいそうになる。
「……ありがとうございます。お聞きしたかったことはそれだけです……それでは」
数秒祈りを捧げた後、マリアはそう言って何処かへ行ってしまった。広い船だ、何処かに自室の様な部屋があるのかもしれない。
「あまり気にしないでください。マリアとメアリーは、非常に仲が良かったですから。とはいっても、マリアがメアリーに一方的に世話を焼いている様なものでしたが」
すると、いつの間にか桔音の隣に座っていたステラがそう言った。桔音をフォローしているのか、それとも言外にお前のせいだと言われているのか、判断に困る言葉だ。
罪悪感を煽るような情報はいらなかったな、なんて思いながら桔音は短く溜息を吐いた。
「ちょっと船の中を見て来てもいいかな。道に迷ったら大変だし」
「ええ、構いません。案内は必要ですか?」
「大丈夫だよ、これでも冒険者だからね」
そう言うと、桔音は立ち上がり、船の中の大広間とでもいうべきこの空間から伸びる、船内の廊下へとその足を進めていった。そうすると直ぐに、ステラの視界から桔音の姿が消える。
ステラは桔音が居なくなった後も、姿勢正しくソファに座ったまま動こうとはしなかった。
◇ ◇ ◇
一人で歩きながら、僕は考えてみる。この船、神葬武装、そしてステラちゃん達についてだ。
どうにも腑に落ちないのは、神葬武装もこの船もどうやって製造されたのかということ。そもそも、神葬武装という代物の概念自体が分からない。
どういう代物ならば、神葬武装と呼ぶことが出来るのか。魔法具と神葬武装はなにが違うのか。形あるものでなくとも神葬武装と呼ぶことが出来るのは何故か。そしてその全てが悉く、魔族や魔獣に対して抜群の効果を持つのか。
謎は謎を呼び、分からないことばかりで困る。
今まで見た神葬武装に付いて考えてみれば、その全てが規格外の武装だった。最高の鍛冶師が打った最高の武器でさえ凌ぐような化け物武装。
ステラちゃんの『神葬ノ雷』なんて、僕の防御を抜く防御無効の力すら持っていたし、その雷には浄化の性質があった。おそらくあれこそ人魔両陣に対して最も有効な最強の武器だろう。
その切れ味は鋭く熱く、その速度は雷と同等、そして威力に関しては彼女達の中でも最高火力。おまけに一切壊れない『不壊属性』持ちと来たものだ。しかもその攻撃範囲は、一点集中から逃げることの出来ない超広範囲殲滅まで行える優れもの。
第二開放されれば最早魔王であってもただでは済まないだろう。更に言えば、体質的な素質あっての武器故に、彼女にしか使えないものであり、彼女自身の戦闘能力も並ではないときた。
現状、最も厄介な相手だ。能力がどうこうではなく、ただ単純に強いのである。
そしてメアリーちゃんの『断罪の必斬』。
これは形ある武器ではなく概念武装だった。ステラちゃんの神葬武装とは違い、『斬る』という概念そのものを現実に顕現させる力。謂わばスキル型の神葬武装だ。
手刀を持って空間を切り裂くことで、その手の通った場所を距離に関係なく切り飛ばすことが出来る力。防御なんて関係なく、彼女の力は振るった瞬間『斬った』という結果を生み出すことが出来る。これも間違いなく規格外、埒外の力だ。
但し、アシュリーちゃんの考えでは、この武装に関しては概念武装の域であり、何の負荷も使えるのはおかしいとのことだったね。
第二開放に至っては物理的な物以外ですら切り裂くことが出来る力に昇華する。肉体ではなく、魂を切り裂くことが出来る。命そのものを切り裂くことが出来る力。『斬った』という結果を生じさせることの出来る彼女の力ならば、ソレを振るった瞬間に命が真っ二つになることだろう。
まぁ、僕もステータスを捨てていなければどんなに耐性値が高かろうと真っ二つだっただろうね。
でもそうなると、どうやら彼女の力は人間を止めた僕には通用しなかったようだから、もしかしたら今の僕ならステラちゃんの攻撃も防ぐことが出来るのかもしれない。
最後にメティちゃんの『叛逆の罪姫』。
言わずもがな、先日僕が崩壊させてしまったことになったあの国で振るわれたモノだ。その性質は『同士討ち』を引き起こす裏切りの神葬武装であり、形態としては兎のぬいぐるみという形を取っていた。
これはある意味分類が難しい神葬武装だろう。
ステラちゃんの様に形として在る武装でありながら、その能力としては精神干渉系のスキルのようでもあったからね。発動条件がメティちゃんが恐怖の対象として見ている者にしか発動しないことだったし、彼女の感情とも密接に繋がった武器だった。
これはどちらかと言えばスキル型の神葬武装と見た方がいいかもしれない。
恐るべきはその効果範囲。国丸ごとを覆い尽くすほどの超広範囲に渡る効果範囲は、逃げ場などないことを示している。しかも、発動地点であるメティちゃんに近づけば近づくほどその干渉濃度は強くなっていく。
メティちゃんをどうにかしようとしても、近づけば近づくほど彼女に攻撃することは出来なくなっていく。まさしく攻防両立させた、規格外にして戦力外な力だ。
まぁ第二開放の能力は分かっていないから、まだまだ底の知れない武装ではある。アレは僕には通用しなかったからね。
「マリアちゃんの神葬武装は縁切り以上のことは分かっていないけれど……とりあえず魔眼の一種だろうし」
未だに分からないのはマリアちゃんの能力。あれはスキル系だけれど、魔眼という核が存在する神葬武装だ。形状が定まらないのは今に始まったことじゃないし、今は放っておいてもいいだろう。
「……やっぱり分からないなぁ」
『あの子たちの武器のこと?』
悩みながら呟くと、ふよふよと背後を浮遊する幽霊、ノエルちゃんが話し掛けてくる。
基本的に僕から離れることが出来ない彼女は、何処へ行くにも僕と一緒だ。お風呂とかトイレの時は流石に困るけれど。まぁなんだかんだ傍にいるからそれなりに仲も良くなったし、良いけどね。
「うん、どうにも彼女達の力は説明が付かない以上に共通点がなさすぎる。神葬武装という分類に全部入るとするなら、彼女達の力はどうにも不自然だ」
『それもそうだねー……ふひひっ、でもそう考えるとさっきの子! あの子の雷の槍だけは、能力もなにもないよねぇ~、くふふふっ♪』
「……まぁ確かに」
ステラちゃんの神葬武装。そう、共通点がないという問題を生じさせてるのは彼女の神葬武装があるからだ。
他の全員は、どちらかと言えばスキル的な神葬武装なのに対し、彼女だけは違う。体質によって生み出される特殊な魔力で練り上げられた雷の槍。ただそれだけ。
彼女のこれに関しては、武装というよりもただの魔法に分類される代物なのだ。
これは神葬武装と呼んで良いものなのだろうか。
「あっ」
「ん?」
そんなことを考えていると、廊下の先に一人の少女が現れた。
自己紹介はもう済んでいる。序列第3位『聖剣』の名を冠する少女。名前はそう――アリアナだったっけ。
僕を見つけるや否や、彼女はずんずんと僕の目の前までやってきた。勝気な吊り目はどこまでも真っ直ぐで、むすっとした表情がなんだか子供のような少女。それでも彼女の序列はメティちゃんより上、油断は出来ない。
けれど、彼女は腰に両手を当てて胸を張るように立つと、僕の顔を見上げてきた。目を逸らそうとはしない彼女のどこまでも真っ直ぐな瞳は、なんだかカリスマすら感じる。
『ふひひっ……なになに? どういう状況?』
喧しいぞ幽霊。
この子はいつも妙に状況を楽しんでいる節がある。修羅場とかそういうのが好きなんだろうか。幽霊だからって傍観者気取りやがって畜生め。
「アンタ、こんな所で何してるのよ!」
「何ってまぁ……散歩?」
「散歩? 船の中で? ふーん、物好きね」
「アリアナちゃんは何してるの?」
「気安く名前を呼ばないでくれる? 穢れるでしょ!」
初めて会った時も思ったけれど、本当に何処までも生意気な子だな。
目立ちたがり屋だと聞いているけど、どうにも距離が掴みにくい。彼女が此処まで近づいてくるのだから、見た目で嫌われている感じはないけれど――どうもこの子は、僕のことを嫌いなのかそうではないのか、分からない。
なんだろう、思春期の中学生を見ている気分。
「というかアンタ、道分かるの?」
「いや? 分かんないけど、適当にぶらぶらと……」
「しょうがないわねぇ……ほら、付いてきなさい! アタシが案内してやるわ!」
「……うん」
なんだろう、この感じ。超生意気だけど、嫌いになれない。この子、もしかして心根はかなり優しいんじゃない? 言動がアレなだけで。案内してくれるみたいだし。なんかお姉さんぶってる感あるし、もしかして大分背伸びしてるのかな。
思い返せば最初の自己紹介の後も、自分が連れて行ってあげる的なこと言ってたし、世話焼きな性格なのかな。
そんなことを考えながら何故か上機嫌なアリアナちゃんの後ろを付いていく。
背がちっさいからか、メアリーちゃん的な子なのかなと思っていたけれど、今までと比べれば断然常識的な部類に入るんじゃないだろうか。
「全く、お礼も言えないの? 本当ダメねぇ全く……全くもうっ!」
言ってることはきついのに、可愛いと思ってしまうのは僕だけじゃないはずだ。後ろからでもちらちら見える顔が、にやにやと表情が緩んでいる。世話を焼くのが好きらしい。足取りも軽く、上機嫌も上機嫌そうだ。
お姉さんっぽいことしてる私凄い、的なアレなのかもしれない。
『この子アレだね。嫌いとか言ってるくせに素直じゃないだけで本当は大好き! みたいな子だね。かーわいいー♪ ふひひっ、ふひひひひっ♪』
人はそれを俗にツンデレという。
ノエルちゃんが幽霊の癖に、時代を先取りした瞬間だった。
私の小説の美点は、個性のあるキャラクター達だと思ってます!
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