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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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完全ではないけれど

 それから一週間程が経ち、屍音を弄りながら過ごした。一応初めの2日間で桔音は身体を動かすことが出来るようになっていたので、屍音弄りは物理的に触れ合うことによるものも行われた。鼻を摘ままれたり、顔に落書きされたりと、その度に桔音に笑われて青筋を立てていたのだが、やはり動く事は出来なかった。

 そして現在、桔音のスキルの使用不可制限が解かれた。屍音はそれまで一切動くことが出来ずにいたのだが、スキルが戻ってきたこともあって『金縛り』から桔音の瘴気による拘束へと、拘束方法が変わったことで、屍音もある程度動くことが出来る様になった。かといって、歩いたり殴ったりは出来ないので、出来るのは単に起き上がったり身体を捻ったりする程度だ。

 まぁ、彼女も凄まじい柔軟性と天性の身体能力を持っているので、両脚跳びで移動したり、軽くストレッチしたりもしていた。


 だがやはり、両手足を拘束している状態で出来る事はかなり限られている。例えば食事だが、彼女はレイラの様に人肉を食べて生きる魔族ではないので、桔音達と同様の食事で十分。しかしそれを食べるには少々不都合が多い。

 そこで、ここ数日は桔音が彼女に食べさせている。スプーンで掬ったスープを口へと入れ、サラダや肉料理もフォークで彼女の口にぶち込む。あー、と口を開ける屍音は、桔音曰く雛鳥の様で中々滑稽だったという。故に、食べる直前でスプーンを引いたり、碌に冷まさずに熱い料理を口に入れたりして遊んでいた。


「屍音ちゃん、そんなに頬を膨らませると馬鹿みたいだよ?」

「……うっさい、死ね」

「ハハ、生意気な」


 とまぁ、そんな訳で桔音と屍音はこんな調子だった。レイラ達も桔音の調子が元に戻ったということもあり、少しだけほっとしている所である。

 それはさておき、桔音の調子が戻ったという事は、そろそろ行動を開始するということに他ならない。桔音のステータスを戻さないといけないということもあり、これからさっさと行動を開始しなければならないだろう。


「きつね君♪ これからどうするの?」


 なのでレイラが全員を代表して桔音にそう問いかける。因みにこのレイラ、記憶を失くしている時の記憶がある様で、なんとなくその時の話題を出されると恥ずかしがったりする。無愛想な自分があまり好きではないようだ。

 桔音に後ろから抱き付き、頬ずりする様にくっついてくる彼女に、桔音はそうだなぁと呟きながら返す。


「とりあえず、アリシアちゃん達に挨拶しに行こうか。ルークスハイド王国には今の所残るだけの理由もないし、屍音ちゃんの仲間である魔族達が何処に潜んでいるのかは分からないけれど、もう二週間も来ないんだから、こっちからわざわざ探す必要も無いでしょ……だから、アリシアちゃん達に何処か情報のありそうな場所を教えて貰って、そこへ行こう」

「そっか♪ じゃあこの子は殺すの?」

「……うーんそうだねぇ」


 レイラの言葉に、桔音は改めて屍音を見る。すると、屍音も会話の流れ上身構えた。未だに生殺与奪権を握られていることは変わりない……つまり、この会話の流れが転んだ方向で自分の命がどうなるかが決まる。

 今まで散々からかわれ、弄られ、虚仮にされ続けて来て、最後には殺されるとなると、彼女としてもあまり望む所ではない。何より、彼女は死にたくはなかった。今の彼女からしてみれば、いきなり人間に捕まってて、そしていつのまにやら自分が殺されそうになっているという展開なのだ。何もしていないのに何故こうなるのか、と文句の1つでも言ってやりたい気分だろう。

 だが、桔音からしてみれば違う。ドランを殺され、散々厄介な目に遭わされた最悪の敵なのだ。殺しても誰にも責められない。


「屍音ちゃんはどうされたい?」

「……生きたい」


 当然の様に、彼女は生きたいと望みを言う。桔音も、今の屍音に対して少しだけ気の毒に想う部分はある。記憶がない上に、何故か殺されそうになっているのだから、ソレを考えると正直気の毒だなぁとは思うのだ。しかも、見た目は幼女である。


「……ま、いいか。とりあえずこの話は後回し。まずはアリシアちゃん達の所へ行こうか……魔王と魔王の娘は無力化したし……勇者も助かったから、その辺も伝えておかないとね」

「そうだねー、きつねさんも病み上がりだし、それほど無理しない方がいいしね!」

「ん……そういえばフィニアちゃん、リアちゃんの様子はどう?」

「んー、なんというか話は通じないかなぁー……ちょっと要領を得ないというか、なんというか……そんな感じ!」

「そっか」


 立ち上がる桔音。『死神の手(デスサイズ)』を手に取り、フィニアを肩に乗せる。お面をいつもの位置に掛けると、そこへくるくると回りながらリアが飛んできた。狂気の妖精だけあって、なんとなく危なっかしい動きというか、精神的にヤバい人みたいな行動や言動をするのだが、彼女はそのままフィニアとは逆側の肩に腰を落とすと、上半身をフラフラと揺らしていた。瞳はいつも通りボールペンでぐちゃぐちゃに書き殴った様な濁り方をしているので、正直不気味だ。

 ただ、彼女の想いの品である指輪は桔音の首に糸でぶら下がっているので、彼女は桔音についてくるだけだ。


『この子ってなんとなくきつねちゃんに似てるよねー』


 ノエルの言葉に、桔音はいつも通り喧しいぞと返し、そして外に出る為に扉を開けた。


「そうだなぁ……レイラちゃん屍音ちゃん抱えて来てくれる? ルルちゃんとリーシェちゃんはお留守番お願い。お城に行くのにそんな大勢で押し掛ける訳にも行かないし」

「はい……分かりました」

「任せてくれ」


 桔音がルルの頭を撫でると、なんとなく久しぶりな感覚にルルは目を細めた。やはり撫でられるのが好きなのは、変わらないらしい。因みに、現在のルルはその姿を幼女から少女へとシフトさせている。見た目で言えば、大体中学生程度だろうか。桔音が動けない状態を利用し、ギルドで依頼を受けていたのだ。

 レベルが上がったことで、ルルは少し大きくなった胸をえへんと自慢げに張っていた。ルルは成長したことで少しだけ天真爛漫さが加わったようだ。大人しかった彼女も、言動の中にちょっとした子供っぽさが混じってきた。


「……うん、良い子だね―――それじゃ、行こうか」

「うん♪」

「いこー!」

「……うふふっ☆ おー、いこー……」

「行くなら行くで歩きたいんだけど……」


 桔音の言葉に、レイラ達が返事をする。ただ、抱えられていた屍音は項垂れながらも拘束を解いてくれと懇願していた。



 ◇ ◇ ◇



 桔音のいなくなった部屋の中、リーシェとルルは2人、向かい合っていた。

 リーシェの視線に、ルルは少しだけ気まずそうな顔をしている。桔音は気が付いていなかったけれど、リーシェは気が付いていた。ルル達が、嘘を吐いていることに。

 実際の所、ルルを含め、フィニアやレイラは、完全に全てを思い出した訳ではない。あの時、リーシェの言葉は確かに彼女達の心を打った。結果、彼女達は部分的にではあるが確かに記憶を取り戻すことが出来た。


 しかし、ソレはあくまで部分的にだ。リーシェが刺激した部分――つまり、フィニアは桔音と出会った最初の記憶を、レイラは桔音への恋を自覚した魔王戦の記憶を、ルルは桔音と家族になった日の記憶を、それぞれ思い出しただけに過ぎない。

 出会ってから今日までの全ての記憶を取り戻した訳ではない。故に、今の彼女達の桔音への態度は、その取り戻した記憶を頼りにしたもの。桔音は嘘を見抜く力に長けているものの、流石に彼女達が自分自身に対して吐いている嘘を見抜くことは出来なかったのようだ。


 だがそれでも、彼女達になんらかの違和感は感じているのだろう。


「きつねは恐らく気が付いているぞ? お前たちの変化に……」

「……はい」


 リーシェの言葉に、ルルは頷く。


「それでも、お前たちは続けるのか?」

「――はい……私は記憶こそありませんが……でも、なんとなく、きつね様を悲しませたくはないんです」


 ルルはリーシェの視線を真正面から受け止めつつ、そう言った。


 なんとなく、悲しませたくない。


 それだけの理由で、ルル達は今、以前の自分達を演じている。知っている限り、知り得る限りの情報から自分を汲み取って、ソレを現在に顕現させている。ただ1つ、桔音を悲しませたくないからという理由で。

 何故悲しませたくはないのか、その理由は全く自覚していないし、理解していないというのに、ただなんとなくという理由だけでそれだけの行動を取ることが出来るというのだから、彼女達の想いというのは、思い出した記憶の中だけでも大きなモノなのだろう。


「なんとなく……か」


 リーシェが呟く。

 なんとなく、というのは奇しくも桔音が虐められていた時の理由と同じだ。ルルもフィニアもレイラも、思い出した記憶だけで桔音を強く思うことが出来る。どうしようもなく好きなのだ、その感情だけは抑えようがない。例え聖母の力だろうと、一度解放された記憶に込められた想いは忘れられない。

 愛は仮初の記憶など関係無く、届くのだ。


「きつね様は私の家族になってくれました……今はそれだけしか分かりません。それしか思い出せません。でも、ソレで十分です。私が自分に嘘を吐く理由も、私がきつね様の為に命を賭けるだけの理由も、それ以外に……必要ありません」


 だから、ルルははっきりとそう答えた。何処までもまっすぐで、桔音が大切だからそうする。ルルにとってはそれだけで良い。おそらく、レイラやフィニアにとっても、それだけで良いのだ。


「……本当、お前達はどこまでも……馬鹿なんだなぁ」

「ふふふ……褒め言葉ですね」


 リーシェはそんなルルの心を知って、呆れた様に笑う。空気がふと緩み、ルルもそんなリーシェにクスリと笑った。今まで見せたことがない様な、小悪魔的な笑み……それは、ルルが記憶を失い強い想いを再認識したことで得た、確かな成長と言えた。

 大人しくもない。逃げるわけでも、足掻くことなく待つわけでも、運命を受け入れるわけでもない。


 運命に抗い、大切なモノを護り、大切な人を悲しませないために戦う。その為なら、もっと強くなる。いや、弱くとも立ち向かう。


 それが、ルルの得た成長。レイラ達の取り戻した想いだ。


「――きつね様は、私が護ります」

「……悪かった、お前は確かにルル・ソレイユだ」


 故に、リーシェは苦笑しながらそう言った。


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