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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十三章 魔王の消えた世界で勇者は
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正義の味方とやらに

 左腕が斬り飛ばされた瞬間、僕の身体は無意識に動いていた。宙へ飛んだ左腕は放置して、屍音ちゃんから距離を取るべくバックステップする。と同時に、僕は『初心渡り』で左腕を元に戻した。

 右手で『死神の手(デスサイズ)』を持っていて良かった。もしも左腕で持っていたら、武器まで失う破目になる所だ。


 しかし、バックステップで距離を取ろうとしたのは失敗だったことに、距離を取ってから気が付く。屍音ちゃんは魔王遺伝の『転移』の能力だか魔法だかを使って移動してきたのだ。ならば、バックステップで距離を取ろうが一瞬で詰めて来れる。

 そう、それこそ……距離を取った筈の僕の背後に回り込む事だって、容易い訳だ。つまり、後ろへと跳んだ瞬間、僕の視界から屍音ちゃんが消えていた。そして、下がった後方からトンと肩に置かれる……黒いグローブに包まれた小さな手。


 振り向けば当然――


「どこ行くの?」


 ――屍音ちゃんが魔力剣を振り上げた状態で笑っていた。転移を使える彼女は、短距離転移を使って超高速どころか時間が飛んだ様な錯覚を思わせる、瞬間戦闘が可能。正直、転移が使えない僕には先回りなど出来ない速度だし、直感で接近を察知した所で……対応しようとした瞬間にもう攻撃は目の前にまで迫ってきている。

 魔力剣が振り下ろされる。今度は腕ではなく、顔面を真っ二つにするコース―――躱せない……!


『ヴ……ゥァァア!!』


 しかし間一髪、その魔力剣と僕の顔の間に半透明な触手が入り込んできて、魔力剣を防いでくれた。危なかった、精霊が護ってくれなかったら死んでたぞ……! 見れば触手が宝石の様に硬質化している。どうやら以前戦った時にはなかったけれど、身体の性質を変えることも出来るらしい。本気で精霊を仲間にしておいた良かったと思ったぜ。

 でも、気を抜けない。屍音ちゃんは斬れなかったとあれば直ぐに手を変える。魔力剣を消し、触手の隙間を縫って殴り掛って来た。今度は対応出来る。迫る拳に手を添えて、軌道を逸らす。そのままくるりと回転し、裏拳の様にして屍音ちゃんにカウンターで殴りかかる。


 当然『城塞殺し(フォートレスブロウ)』が発動する。この拳の威力は如何に屍音ちゃんだろうとただでは済まない筈だ。

 でも、彼女もソレをしっかり感じ取ったらしい。僕の拳をしゃがむ事で躱す。しかし彼女の動作はそれだけに収まらなかった。しゃがみ込んだ勢いのままに足払いを仕掛けてきたのだ。鞭の様なしなやかさで振るわれたその足が、僕の足を払った。

 足を払われた事で僕は仰向けに倒れてしまう。視界がグルっと周り、そして視界に天井が入ってきた。あまりの早技に僕はなんの抵抗も出来ずに倒れてしまい、そして倒れた僕の上に屍音ちゃんはドスッと腰を落とした。


 つまり、馬乗りだ。重心をお尻で抑えられ、両足で胴体を挟みこむように圧し掛かってきた彼女は、ぺろりと舌舐めずりした。


「あっはぁ……! 捕まえたよおにーさーん☆」

「ッ……!」


 屍音ちゃんは僕の顔の横に手を置いて、じっと見下ろしてくる。狂った様な瞳が、僕の瞳を覗きこむ。殺意に満ちたその瞳の中に、苦渋の表情を浮かべた僕が映っていた。絶体絶命のピンチだ。

 しかも、此処まで数秒しか経っていない。スキルを開放されてからたった数秒で僕を捕らえ、王手を掛けてきたのだ、ソレを考えれば凪君のスキル封じは凄まじい効果を発揮していたと言えるだろう。


『ヴぁ……!!』


 ピンチの状況で、精霊が僕を助けようと触手を放つ。隙を見て抜け出す―――と思っていたのに、屍音ちゃんは僕の想像を超える。僕に馬乗りになったまま、迫ってきた触手を全て掴み取ったのだ。


「な……!?」

「鬱陶しいなぁ、この光……!」


 屍音ちゃんの手が、触手に触れたせいかじりじりと焼けた様な状態になっていく。どうやら精霊の身体に触れてもダメージを負うらしい。しかし圧倒的な耐性値のおかげが、焼け爛れると同時進行で回復している。浸食速度と回復速度が拮抗しているのか、火傷以上の傷にならない。

 すると、彼女はそのまま触手を魔力剣で切り裂いた。以前僕が触手を斬れた様に、やはり硬質化していない時の触手は物理的に斬り裂くことが出来るらしい。これを知られたのは痛いな。


 しかも、僕はまだ捕らわれたままだ。抜け出す隙がない。


「このッ……!」


 でも、隙がないなら作るまで――僕は瘴気を操作して屍音ちゃんへと大量の瘴気を迫らせる。その全てに、瘴気変換の性質を付与してある。つまり、触れただけで細胞を分解する訳だ。これなら流石の屍音ちゃんでもどかざるを得ない筈。


 僕はそう思いながら屍音ちゃんの顔を覗きこむ。すると……彼女は笑っていた。


「!」

「コレ、危なそうだなぁ……でも、死ぬ前に殺しちゃえば問題ないよね!」

「なッ……!」


 屍音ちゃんは、背中に瘴気を受けながら拳を振り上げた。ジュクジュクと瘴気が彼女の身体を浸食し、細胞を瘴気へと変換しているにも拘らず、彼女はその場から離れるよりも先に、僕を殺すことを選んだ。自己の為の自己犠牲―――僕がやって見せたことを、そのまま自分のモノにしている……!

 しかも、瘴気の浸食速度が遅い。どうやら耐性値の高さが此処でも出ているらしい。浸食した部分からどんどん治癒していっている様だ。魔力を背中に集めて、回復力を高めているのが分かった。流石の『赤い夜』というべきか、回復率よりも浸食率の方が勝っているようで、少しずつ浸食しているのは確か―――なのに、激痛が走っている筈なのに、死ぬ直前だというのに、彼女は狂笑を浮かべて僕を殺しにかかる。


 どこまで狂ってやがる……!!


「アハハハハ! じゃあバイバイ、おにーさん? おとーさんに会ったら愛してるよって伝えておいてほしいな!」


 振り落とされる拳。魔力を纏い、攻撃力が爆発的に向上しているそれは、直撃すれば僕の頭をザクロの様に潰すだろう。


 でも、僕はまだ死ぬつもりはない!


「ノエルちゃん……!」

『任せて!』

「っ……ま、たコレ? 芸がないな……ァ!」


 ノエルちゃんの『金縛り』で、屍音ちゃんの動きが止まる。すぐに破って来るだろうが、一瞬止まれば十分だ。

 バキン、と拘束を破る音と同時―――精霊の触手が屍音ちゃんを真横から直撃し、僕の上から強制的にどかした。僕はすぐさま起き上がり、『初神(アルカディア)』を発動、構えた。屍音ちゃんは転移を使えるのだから、今この瞬間にだって襲い掛かって来てもおかしくは無い。


 『先見の魔眼』を発動。屍音ちゃんの転移の瞬間を見逃さない様にまばたきの間の隙すら見せないよう、警戒心を最大に構える。


 すると、触手によってどかされた屍音ちゃんはふらりと立ち上がり、上体をふらふらと揺らしながらコキッと首を鳴らした。吊りあがった様な笑みを浮かべてはいるものの、その瞳は明らかに不機嫌デスと言わんばかりに鋭い眼光を見せていた。

 そして両手を広げながら、彼女は面倒臭そうに言う。


「どーしてそんなに嫌がるのかなぁ? 死ぬのってそんなにイヤ? 私の為に死ねるんだよ? それも、私に殺して貰えるんだよ? 光栄ですって頭を下げて、涙の1つでも流しながら満面の笑みで死ねるでしょ? 死ぬのってそんなに怖い? なんで? 死んだら死んだでしょ? 壊れた玩具が泣いたり怒ったりする? しないよね? 死んだら怖いだなんて思えないんだし、安心して死ねばいいじゃん。意味分かんないんだけど?」

「生憎僕が死んだら代わりに悲しんでくれる子がいるんでね」

「誰? さっき逃がしたオトモダチ達? それとも別の知り合い? 良いよ、全部殺しといてあげるから教えてよ。そうすれば死んでくれるんだよね?」


 本当に意味が分からないと言った様子で、彼女は不思議そうにしている。そして僕の言葉に対して、皆殺しにすれば良いよと良い、首をコテンと傾げながら、これで全部解決、とばかりに両手をぽんと叩いた。

 でも、そういうことじゃない。話は通じないと理解はしているけれども、その言葉を否定した。


「そりゃ駄目だね、彼女達が死んだらまた別の人達が悲しむ」


 人が死ねば、関わった人が悲しむ。その関わった人を殺しても、また他の誰かが悲しむ。人類全員を滅ぼさない限り、その連鎖は止まらない。


 でも、屍音ちゃんにとってそれはどうでも良いことだったようだ。


「だから何? 別におにーさんが死んで悲しんでる訳じゃないんでしょ? じゃあいいじゃん、勝手に泣いて、勝手に悲しんで、なんなら死ねば良いよ。どうしておにーさんは他人の死に悲しんでいる他人のことにまで目を向けるの?」

「……」

「分からないなぁ分からないなぁ? でもそうだね、良いよ、分かった。おにーさんがそう言うのなら分かった―――おにーさんを殺した後は、その辺に居る人から手当たり次第に殺して行くことにするよ。要は人間を皆殺しにすればいいんだよね? ほら、悲しむ人がいなくなればソレで全部解決♪ 私の遊び場も増えるし、一石二鳥だよね!」


 本当、致命的な所まで狂い切っているんだなぁ……この子は。


「はぁ……オッケーオッケー、分かった……コレはあれだね、僕が甘かったんだ」

「は?」

「きっと僕は心の何処かで、君をレイラちゃんと重ねてたんだ……倒すことを念頭に置かず、ただ逃げることを最優先にしてた。ソレは多分、君も何かきっかけさえあれば、レイラちゃん並とは言わないけど人間らしさを手に入れるかもしれないと思っていたからだ」


 本当、僕もつくづく考えが甘い。この子が狂いきっていることなんて、分かり切っていたことじゃないか。なのに、スキルを封じた状態ですら逃げることを第一に考えて戦っていた。あの状態のまま、精霊を召喚して、時間回帰や時間停止に加え、全スキルをフル稼働させれば……つまり殺すつもりで行けば、難しいかもしれないけどまだ殺せなくはなかった筈なのに、そうしなかった。

 思い上がるなよ僕、レイラちゃんの時は本当に奇跡みたいなことだったんだ。偶々彼女が僕に好意を抱いたからこそあり得た結果なんだ。それをあたかも僕が更生したかのような思い違いは止めろ。


 レイラちゃんはレイラちゃん自身がそうしたかったからそうなっただけ。僕は切っ掛けに過ぎない。


 だから屍音ちゃんも同じ様に人間らしさを手に入れるかもしれないなんて可能性、捨ててしまえ。そんな可能性に頼って問題を後回しにし続ければ―――次は全人類が滅びるぞ。


「何言ってるの? 人間らしさ? レイラちゃん? アハハ、私は魔族だよ? 何意味分かんないこと言ってるの? 人間は私が楽しむ為の玩具、おにーさんもその中の1個。分かるよね? 人間に、生きるだけの価値もなければ、私を楽しませなければ死ぬしか道は無いモノ。そう思わない?」

「思わない。僕は人間が大嫌いだよ―――意味不明で、魔族を楽しませ、戦う術を持ち、弱いからこそ強い……汚くて、醜くて、意地が悪くて、弱っちくて、脆くて、寿命も魔族に比べれば一瞬に等しく、そのくせ必死に生きようとする」


 屍音ちゃんの言葉を、僕は初めて真っ向から反論した。

 逃げることを優先しない。僕はもう決めた、良いよ良いよ―――一度人類の敵になった位だ。今度は人類の為に正義の味方になってあげるよ。


「だったら―――」


 屍音ちゃんは僕の言葉を聞いて口を開くけれど、僕はそれを遮る様に口を開く。


「素敵じゃないか、ソレが人間の魅力だ。だから僕は人間が大嫌いで、同時に大好きだ……だからホラ、掛かって来いよ魔王の秘蔵っ子―――おにーさんが胸を貸して上げよう……此処から先はさっきまでとは違う次元の戦いだと思えよ?」


 怪訝な表情を浮かべる屍音ちゃんに、僕はたった今心に決めたことを告げる。

 そう、逃げるのはもう終わり。全人類の為に、ひいては僕の為に、そして僕の甘えた考えをぶっ飛ばす為に、仲間の為に、死んだ命の為に、止めなくちゃいけない存在を止めるために、さぁ行こうか。


 此処からは逃走戦じゃない、正真正銘の殺し合いだ。


「僕が君をぶっ殺す。笑えよ小娘、僕がわざわざ殺してあげるんだぜ? 光栄ですって頭を下げて、涙の1つでも流しながら笑顔で地獄に堕ちろ」


 僕は薄ら笑いを浮かべながら、戦いが始まってから初めてその言葉に殺意を乗せた。


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