真の脅威
「アハハッ!」
「あはは」
笑いながら衝突した桔音と屍音。名前に同じ音という漢字を持つ2人で、不気味な気配と狂った気配、魔王の如き力と死神の如き力、共通点としてはかなり多くのモノを持ち合わせているこの2人だが、如何せん反りは合わなかった。
どちらもある意味では狂った思考をしているのだが、狂い方が全く違う。世界は自分の為にあると本気で思っている屍音に対して、桔音は大切なモノとそうでないモノの区別をはっきりさせる。
つまり、桔音は世界などという巨大なモノに目を向けてはいない。自分と自分の大切なモノさえ無事ならば、その他はどうなっても良いという考えが本気で出来る人間なのだ。多少話した間柄だとしても、他人であれば目の前で殺されようが無視する事が出来、自分の大切なモノを奪おうとすればどんな相手だろうと皆殺しに出来る人間なのだ。
こと桔音は、他人を傷つけるという部分において無類の残酷さと残虐性、非道さを持ち合わせている。気分次第で相手の精神を完膚なきまでに叩き潰すことも厭わないのだ。しかも、それを理性的にやってのけるというのだからますます狂っている。
本来日本という国で普通に学生生活を送っていたのなら、何処かで精神的なブレーキが掛かって当然の所業であるにも拘らず、罪悪感も躊躇も何も感じず、容赦の欠片もないままに相手の命を摘むその姿は、やはり死神と言って然るべきなのだろう。
更に言えば、その為に自分がどれほど傷付いても構わないという、自己の為の自己犠牲が出来るという一面すら持ち合わせている。普通なら傷付かない様に立ち回るのが生物として当然であるのに、桔音は自ら傷を負いに行く事が出来るのだ。これも人間としては非常に、歪んでいる。
故に、本能的に、常識からして狂った行動を取る屍音とは対極で、理性的に、常識に則った上で狂った行動が出来る桔音は、どちらかと言えば狂い方として最も歪な狂い方をしていると言えよう。
「おにーさんおにーさん? おにーさんの中身はどんな色?」
「さぁ? もしかしたらカラフルな虹色かもね」
「アハハッ! 凄いね、見てみたいな! だから早く死のっか!」
「残念、死んだら虹色じゃなくなるんだ」
『病神』の薙刀の刃と、屍音の生みだした魔力剣が衝突する。スキルは使えなくなったものの、やはりこの魔力剣は封じ込めなかった。魔力はそもそも素の肉体能力値であるし、操作出来れば魔力剣だって生み出せる。
性能としては、互角とは言えない。打ち合う度に漆黒の薙刀はビキリと罅割れ、即座に修復されるも何度も打ち合えば流石に折れたりもしている。なのに、魔力剣の方は圧倒的な魔力密度とそれによる硬度、切れ味が、最早魔剣レベルの性能を持っている。
打ち合う度に薙刀が折れ、修復する度に砕かれる。決定的な隙を見せないけれど、このままじりじりと追い詰められていけば、あの魔力の刃が桔音に届くのも時間の問題だった。
「はぁッ!!」
「しつこいなぁもう、邪魔しないでよ……折角おにーさんといちゃいちゃしてるんだから、さ!」
「ぐ……!」
しかし、それが訪れるのは桔音が1人だった場合だ。桔音が体勢を立て直すだけの時間をギリギリだが神奈が稼ぎ、桔音へ刃が届かないように立ち回っていた。
初代勇者である彼女は、魔王を倒せる位には強い。そのステータスはかつて魔王と戦った当時のままであるし、復活してから剣を振る時間は短かった故に今だ動きに鈍りはあるものの、その実力は流石というべき歴戦の戦士そのものだ。
だが、その初代勇者の剣であっても、屍音には届かない。魔力を断つ剣のおかげで魔力剣と打ち合っても折れはしないが、それでもやはり屍音の戦闘における才能は天賦の才以上に、鬼才というべき規格外。
初代勇者の動きを見て、すぐさま自分の動きに組み込み、最適な形へと昇華させてくる。技術を見せれば見せるだけ、屍音は成長していくのだ。本能のままに振るわれていた剣に、少しづつ技術的な鋭さが加わっていくのが分かる。より鋭く、より速く、最短距離を最高速度で切り裂くその剣筋が、だんだんとキレを増して桔音達に襲い掛かってくる。
最早、スキルを封じたところで手の付けようも無い存在となっていた。
「なら―――こうだ」
「!」
刃が付け換えられる。桔音は下段から斜め上に斬り上げるようにして、死神の鎌である『死神』を振るった。不気味な色の刃は、背筋に悪寒が走る様な感覚を与えながら魔力剣に衝突し――
すり抜ける―――!
魔力剣をすり抜け、その大鎌の先端が屍音の顔目がけて迫る。
「おかえしー」
しかし、屍音はそんな気の抜けた声と共に、桔音の腹部へとその魔力剣を突き刺し、しっかり大鎌の刃を首を傾けることで躱した。
紙一重どころか、魔力剣をすり抜けたことにすら動揺を見せず、それならそれでとばかりに魔力剣を突き出し、その上で桔音の攻撃すら躱してみせた。なんという反射速度に胆力、そして身体のしなやかさだろうか。余程身体が柔軟でないと、大鎌を躱した体勢のまま魔力剣を振るい、且つ体勢を崩さないなど出来はしない。体幹がしっかりしており、バランス感覚もすば抜けているのが分かった。
だが、ここからは屍音も驚きだっただろう。
「おかえしの、おかえし?」
桔音は刺されたのにも拘らず、直進してきたのだ。ずぶぶと身体により突き刺さる魔力剣など意にも介さず、大量の血が溢れ出ているのに、桔音は前へと進んだのだ。
そんな桔音に自己犠牲にも程がある行動に驚愕し、目を丸くする屍音。そしてその隙に、桔音は刃を更に付け換える。『死神』に次いで形を成したのは、桔音の本来持ち得た固有スキルの刃――白く輝く光の刀。
―――『初神』
斬ったモノの全てを巻き戻す、回帰の太刀。魔力剣を自分の身体で抑え込み、屍音へと振り下ろす。一度切れば、その分屍音のステータスや記憶も巻き戻され、上手く行けば自分と出会う前の屍音へと戻すことが出来る。そうなれば、戦う理由もなくなり逃げる隙も出来る筈だ、そう考えての一撃……しかし、屍音は更に桔音の想像を超えた。
「アハッ、アハハハ!! 面白いよ、おにーさん!」
「ッ!?」
なんと、屍音は桔音の自己の為の自己犠牲を……『そっくりそのまま模倣した』のだ。白い刀に対して、彼女は地面を蹴って前に出た。お互いに前に出たことで、桔音と屍音は抱き合う程に接近し、遂には密着する。ずぶりと突き刺さった魔力剣が更に深く突き刺さるも、密着するほど近ければ動かすことも出来ない。
だが、密着するほど近ければ刀を振るっても当てられない。
刀を斬り上げても、自分の身体にぶつける事は出来ない。それと同じことだ。自分の身体に密着されれば、幾ら刀を振るっても斬ることが出来ない。自分ごと突き刺すしか、方法は無いのだ。桔音も普通の刀であればそうしただろうが、生憎と桔音の持つ刀は時間回帰の刀……自分毎やれば自分も時間回帰の対象となってしまう。それは出来なかった。
屍音は桔音の胸に顔をうずめながら、むふふと笑う。若干匂いを嗅いでいる様な息遣いをしながら、ずいっと桔音の顔を見上げた。三日月の様に吊りあがった口が、狂気の笑みを作りあげ、歪み淀んだ青黒い瞳が桔音をじっと見つめた。
「おにーさん……あったかぁーい……アハハッ☆」
一種のホラーとも言えるその姿に、桔音はしかし恐怖を抱く事は無かった。
虹彩異色の両眼は、愉快なモノを見ている様に屍音を見下し、その口端はまるで裂ける様に吊りあがって、不気味な笑みを作りあげる。自分に抱き付く屍音や、突き刺さった魔力剣の感触などまるで感じていないかのように余裕綽綽と、死神の如き不気味さと共に屍音をじっと見つめた。
両者の視線が歪んだ火花を散らし、魔王の娘と死神の少年がケタケタと、まるで暗闇の中、背後から聞こえてくる不気味な足音の様な笑い声を、漏らす。
そして次の瞬間密着していた2人は同時に動き出す。桔音はその場で回転し、密着する屍音を振り払いながら刃を『武神』へと付け換える。回転したことでズズズズ、と突き刺さっていた魔力剣が桔音の腹部を切り裂いて脇腹から出た。桔音の腹は中央から半分切り裂かれたが、しかしそれはすぐに『初心渡り』で塞がる。痛みを感じない故に、その痛みで身体が硬直することはない。
魔力剣から解放され、少しだけ距離も空いたことで取り戻した武器の射程距離。桔音はすぐさまその巨大な大槌の様な刃を叩き落した。
しかし屍音も桔音がそう動いたことで解放された魔力剣をすぐさま引き戻し、『武神』に向けてその刃を振るっていた。
衝突する2つの刃は、轟音と共に衝撃波を撒き散らし、地面に亀裂を走らせる。笑みを浮かべながら、その衝撃波の中で桔音と屍音はお互いを見ていた。
桔音は瘴気でナイフを生み出し、衝撃波の中で屍音に投擲する。屍音はそれをもう片方の手に作り上げた2本目の魔力剣で叩き切った。
「此処だ……!!」
「!」
拮抗していた両者の戦い。しかし、違ったのはコレが1対1ではなく2対1の戦いだということ。桔音の瘴気のナイフに気を取られていた屍音は、背後に迫る神奈の気配に気づくのが一瞬遅れた。
振るわれる『赫蜻蛉』に対して、屍音は咄嗟に、生み出していた2本目の魔力剣で受けようとする。だが、相性が悪かった。神奈の持つ剣は魔力を断つ剣……密度が濃く、切り裂くにも一瞬の抵抗があると言っても、咄嗟に受けてしまった以上その一瞬も埋まる。
神奈の剣は魔力剣を斬り裂き、その延長先にあった屍音の二の腕へと迫る。もう片方の手は桔音の『武神』を受け止めており、対応する事は出来ない。
「その腕……貰った!」
そう言って振るわれた神奈の剣、その刃は正確に屍音の二の腕へと直撃する。
だが、しかし――
「なっ……!?」
神奈が目を丸くする。桔音も、まさかといった表情をしていた。
「アハハッ☆ 邪魔すんなって言ってんだろ、ゴミが」
そして唯一屍音だけが、とても威圧感のある笑顔でそう言う。
神奈の刃は屍音の腕に届いていた。しかし、その腕の薄皮すら切り裂くことが出来なかった。何かに阻害された訳ではない。何かに防がれた訳ではない。ただ、刃が腕に当たって、切り裂くことなく止まったのだ。
それは、桔音が何度も見たことがある光景だった。
何故なら、それは相手の攻撃に対して耐性値が勝っている時の現象だったから。剣も拳も魔法も、桔音の耐性値の前では桔音の肌に傷を付けることすらできなかった。それと同じ現象が、屍音の身体でも起こった。
「てことは……!」
桔音と同じだ。彼女の耐性値は、少なくとも初代勇者の攻撃を耐え得るほどに高い。つまり、あの魔王の攻撃力を耐え得る程に高いということに他ならない。桔音の耐性値と同等か、それ以上。
魔王の娘、屍音。
その恐ろしさは、圧倒的な攻撃力でも、鬼才と呼べるほどの戦闘センスでもない。
「アハハ! 痛くも痒くも無いなァ?」
真の恐ろしさは……如何なる攻撃をも通さない、無敵の防御力にあった―――!
屍音ちゃん、強過ぎ。