想いの丈
「あれ? ……うーん、コレは予想外」
ぶっちゃけた話、スキルを無効化されたことで僕の『ステータス鑑定』は使えなくなった訳で、凪君のステータスは全く見られていなかったから、その辺不安だった。
それというのも、彼の『天賦の才』というスキルは、どうやら彼の獲得経験値や能力値の向上率を爆発的に引き上げる物らしいので、迷宮を踏破しまくっていたという話から、僕の耐性値を超えた攻撃力を手に入れていてもおかしくは無いんじゃないかと思っていたからだ。
こっちはスキルを使えない。でも、向こうは使い放題。持ち得る手札を使っての勝負、という意味ではコレを卑怯とは言えないけれど、やはり卑怯臭いスキルには違いない。
しかも、固有スキルは封じられない、とそう思っていたのだけれど、どうやら違うらしい。
彼は『希望の光』というスキルを、以前よりも使いこなせるようになっていた。本来の性能を引き出せている、というべきなのだろうか……彼のスキルは、僕の固有スキルをも封じ込めていた。
本当に、厄介極まりないスキルだ。これなら魔王相手でも十分通用しただろう。何せ、魔王の脅威的な力は、歴代勇者全員の固有スキルを持っていたというところなのだから。
とはいえ、戦況は僕の方が優勢だった。
どうやら彼の攻撃力は、僕の耐性値を上回らないらしい。狂乱して無我夢中に戦っていたせいか、剣筋も以前より多少マシになった程度……これなら技術的に彼の攻撃を捌くのは難しい話じゃない。
ただ、それでも彼は強くなっていた。僕の様にSランクの魔族や強敵達を相手にしてきた訳ではないけれど、AやBランクの魔獣達を相手に殲滅戦の様な経験を積んで来ている。今や彼はたった1人でも精鋭を集めた軍隊と同じだけの戦力的価値がある。
僕の方が対人戦では強いけれど、それでも押し切れないのは、彼のスキルと戦いにおける成長速度、適応能力の高さにある。よくある、戦いの中で強くなってやがる、というアレだ。漫画の中みたいなことだけれど、漫画の中みたいな世界なのだから在り得る事象。恐ろしいね、勇者というのは、本当に主人公っぽくていけない。
「はぁぁぁあああ!!!」
迷いを振り払った顔、決意に満ちた瞳、変わる為に戦うとか言っていたけれど、彼はもう変わっている。腹立たしいほど、清々しい顔をしている。
正直、これなら僕が戦う必要は無いと思うんだけど……そういう所で鈍感なのも、主人公みたいで嫌になる。嫌悪感じゃないけれど、反吐が出る。だって主人公なんて、まるで理不尽の塊じゃないか……敵に必ず勝利し、仲間に恵まれ、最終的には何故か納得行く形で結末を迎える存在なんてさ。
戦いの中で強くなる? そんな戦いの中で強くなった分で勝てるほどギリギリまで強くなってきてるっていうのが、もう幸運通り越して運命味方に付けてるよね。
凪君の剣を刃の付いていない『死神の手』で受け止める。ギャリギャリと音を立てて拮抗した。瞬間、彼と僕の距離はほぼ零距離にまで近づいた。
凪君がその手で僕の武器である漆黒の棒を掴む。成程、武器を奪おうって訳だ。確かに、耐性値では勝っているけれど、筋力勝負となれば圧倒的に凪君に軍配が上がる。何せ、僕の筋力値は他と比べてゴミみたいな数値だからね。
結局は負ける―――なら、筋力勝負をしてやる必要はない。
「なっ……!?」
「隙あり」
「がふっ……!?」
僕は自分から武器を手放し、引っ張り合いになると思っていた凪君は自分の力で体勢を崩した。その隙に僕は彼の胴体を蹴る。元々僕には武器自体必要の無い戦い方が備わっている。正直に言おう、僕は『死神の手』を使いこなせていない。
あんなに多種多様な変化が可能である武器を完全に使いこなすなんて、それこそこの先何度も使い込んで経験を積まなければならないからね。正直、まだ付与スキルの換装にはワンテンポ隙が生まれるし、刃が変わればリーチも威力も変わるから、その使い方も大きく変わる。
とどのつまり、変化の激しい武器なんだ。その変化に僕自身がまだ付いていけないから、まだまだ使いこなせているとは言えない。
だから、僕としては無手の方が正直やりやすかったりする。拳にそれほど威力は無いし、武器に比べてリーチも身体の長さの分だけと短いものの、動きやすさと使いやすさは世界一だ。
それに、今は使えないけれど……カウンターになれば『城塞殺し』が発動する。今の耐性値なら凄まじい威力が叩きだせる。
「はぁ……はぁ……ホント強いな……きつね先輩」
「そうじゃないと生きられないからね」
「でも……まだ俺も戦える……!」
そりゃまぁ致命傷になるような傷は与えてないからねぇ。正直攻撃力がぐんと下げられたのは痛いよねぇ……僕の攻撃力ってほとんどスキル頼りだから、それを封じられるどうにも決定打に欠ける。僕が当初想定していた、『絶対に負けない戦い方』である防御に回って逃げる作戦を取っても良いのだけど、それだと凪君がまた塞ぎこんじゃうからなぁ……うーん、やはり厄介な。
そもそも、変わる為に僕に挑んで来ないで欲しい。人は変わろうと思った時には変わってるんだからさ、わざわざ区切りを付けなくても良いじゃないか。
本当に、最後の最後まで面倒掛ける勇者だ。
「ねぇ凪君」
「っ……なんですか」
僕の声に、汗を拭いながら凪君は返事を返す。不幸中の幸いなのは、向こうに殺す気がないってことか……今までの戦いより大分平和な戦いで、気が楽だ。
「正直な所、君の攻撃では僕の防御を抜けないことは分かるよね?」
「……まぁ」
「で、スキルが使えない以上、僕には君を打倒出来るだけのダメージを与えるのにかなり時間が掛かる。そこでどうだろう、次の一撃で決着を付けない?」
「……それは、どういうことですか?」
僕の言葉に、凪君は剣を一端下ろした。警戒は解いていないけれど、このままでは不毛に戦いが続くだけだということには、しっかり気が付いているらしい。ならばルールを設けて決着とした方が効率的だということも、理解出来ている。殺し合いでない以上、その提案を受け入れることになんの抵抗もないだろう。
だから僕は、凪君に1つ勝利条件を提示する。
「君は変わると言った。そしてソレは僕が君に植え付けたトラウマや苦悩の克服とも言える。なら、その変化を僕に認めさせれば、何も僕を物理的に倒さなくても良いわけでしょ?」
「まぁ……それはそうですが……」
「なら、それを手っ取り早く見せて貰おうか」
そう、これは別に戦いでなくても良いんだ。彼が変わったことを、僕が適当に認めてやれば全部丸く収まる話。
僕はそう言って、つかつかと巫女達の方へと歩み寄る。疑問顔の凪君を無視して、巫女の手をとる。びっくりした様子の巫女だけれど、ぶっちゃけ諸悪の根源だからあまり気にしない。そのまま力づくで引っ張っていく。
「ちょ、な、なんですか……!」
「お、おいきつね先輩! セシルに何を……」
元の位置に戻った僕に、凪君は慌てた声を出す。巫女も少なからず動揺しているらしく、掴まれた手を放せとばかりに抵抗していた。何気にこの子僕より筋力値高いんだよねぇ……だから、彼女の抵抗は功を奏し、僕の手から簡単に解放される。
まぁそれはいいとしよう、彼の勝利条件には彼女の協力が必要不可欠だ。
ということでまぁ、まずはいっちょ――
「この巫女に、想いの丈をぶつけてくれれば僕は君のことを認めるよ」
―――告白タイムでーす。
「なぁ……!? そ、そそれってどういう……あの、つまり!?」
「な、何を言ってるんれすか! 想いの丈って、そんな……心の準備がれすねぇ!?」
何を勘違いしたのか2人共顔を真っ赤にして慌てだした。何も此処で甘酸っぱいラブラブ雰囲気を作れって言っているわけじゃない。ここで、凪君には巫女への想いの丈をぶつけて貰いたいと言っているだけなんだ。それだけで僕の心はとても晴れやかになること間違いない。それはもう暗雲の中から差し込む一筋の光の様に晴れやかな気持ちになるだろう。
僕はほら、とても謙虚で優しい男だからさ、誰かが誰かに想いの丈をぶつけて変わろうとするっていうのは、寧ろ応援したくなる人なんだ。
よくリア充死ね、とか言う人がいるけれど、僕としてはリア充になる為に変わる勇気を振り絞ってるんだから、一概に死ねとも言えないと思うんだよね。まぁ、天然でハーレム形成している主人公は嫌いだけどね。精神的に病んでから孤独死すれば良いと思う。
「だから、凪君がそこの巫女に想いの丈をぶつけてくれれば良いんだよ。ほら凪君、ちょっとこっち来て」
「え、えと、その、状況に付いていけないんですが……」
そう言いながら僕の方へと歩み寄って来る凪君。僕は巫女をその場に待機させたまま、凪君を連れてちょっと離れる。そして、彼にしか聞こえない声で、必要なことを伝えた。
すると、
「あー……はい、そういうことですか……」
凪君は途端に何か遠くを見る様な目をして、乾いた笑いをハハハと漏らした。先程までのてんぱっていた姿が一転して、虚空を見ている。
そして、彼はゆっくりと重々しい動きで巫女の目の前まで歩いて行く。すると、それに気が付いた巫女が顔を真っ赤にしていやんいやんと頭をぶんぶん横に振り、そして尚も近づいてくる凪にはわわわわ……と慌てていた。なんともまぁ、嫌じゃないけど心の準備が出来ていない、みたいな表情をする。
まるで少女マンガで男に告白される直前の女の子みたいな顔だ。こうして見ると間抜けな顔だな……いやまぁ巫女補正が色々掛かってる気がしなくもないけど。
凪君が巫女の目の前に立った。そして、その両手で巫女の両肩をがしっと掴む。
「な、ナギ様……」
ぽーっと顔をうっとりさせて凪の眼を見つめる巫女。対して、凪君の瞳はハイライトの消えた虚空を見つめる様な瞳になっている。なんだろう、この空気の差。凄く笑える。
そして、凪君は意を決した様に口を開いた。
「セシル……」
「……はい」
見つめ合う2人。それはまるで映画のワンシーンの様な甘い空気で、他の何者の介入も許されない様な雰囲気を醸し出していた。
凪君が、そんな空気の中で巫女に言う。
「セシルって―――…………凄く豚に似てるよな」
甘い空気が固まる音と共に、僕は盛大に噴き出した。
誰の想いの丈とは言ってない。