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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十二章 人類の敵を名乗る
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閑話 魔王と初代勇者そして、歪んだ愛

 僕の目の前には、小さな墓石があった。目の前には見た事のある使い込まれた長剣が地面に突き刺さっており、墓石には簡素なネックレスが掛かっている。


 ドランさんの墓石だ。


 墓石の向こうには海が広がっていて、吹き抜ける風には潮の香りが含まれていた。心地良い、と感じる反面、どこかもの寂しい様な気分にさせてくれる風。海に面した国だからこそ感じられる匂いだというのに、今はどこまでも僕の心に響かなかった。感動も無く、ただ吹き抜ける風と同じものとしか感じられない。

 原因ははっきりしている。ドランさんが死んだという現実を、僕は受け止め兼ねているのだ。


「……ドランさん、僕ってば柄にもなく凹んじゃってんだよねー」


 墓石に向かって話し掛ける。今の僕は1人切り、狐のお面や学ラン、『死神の手(デスサイズ)』は宿に置いて来た。まぁ、ノエルちゃんは付いて来ているけれど……今は10mギリギリまで離れて貰っている。

 称号が消えた今、僕のことを無視する人はいない。だから宿も簡単に取ることが出来た。戦いも約束も、確かに忘れてはいけないことではあるけれど……今の僕はただの桔音だ。ドランさんの仲間で、友人であるだけの桔音だ。

 墓石の下には、持ち帰ってきたドランさんの死体を埋めてある。正直、埋葬のやり方なんて知らないから、ただ簡単に埋めただけだけれど……まぁお墓はお墓だ。許してよね、ドランさん。


「こんな無防備な格好でいたら、運命力の格好の的だよねー」


 正直、僕の『人類の敵』という称号が消えたと言っても、他の称号に関しては未だ健在だ。運命力の格好の的なのは変わらないし、ましてや今の僕はステータスも装備もFランク冒険者並だしね。

 まぁカイルアネラ王国に着いてから一週間が過ぎた、なんとかスキルの使用制限は解かれたけれど、正直今は戦う気分じゃないんだよね。魔獣相手に瘴気の無双かますのもそれなりに労力使うし。


 因みに現在フィニアちゃん達は、僕が栄養失調で食べ尽くしてしまった食糧を買いに行ったり、依頼を受けに行ったりしている。僕と一緒に居ない限りはそう強敵に遭うことも無いだろうし、魔王も死んだからそうそうSランク魔族が来たりもしない筈だ。

 まぁ、屍音ちゃんが来そうで怖いけどね。あの子が来たら真っ先に逃げなくちゃならなくなる。戦うのって、人が死ぬからさぁ、面倒臭いんだよね。


「っしょ……と。まぁ今日はこの辺にして、もう帰るよ」


 立ち上がり、潮風に吹かれながら墓石を後にする。ドランさんは死んだ、墓石を見る度理解する。全く、僕はもう少しメンタル強いと思っていたんだけど……大切な人の死ってのは予想以上に僕の心を掻き乱してくれる。こんな気分、もう味わいたくないなぁ。


 歩いて行き、10m離れた所で地面を歩く虫を観察していたノエルちゃんに近づいた。すると、僕に気が付いたノエルちゃんがぱっと振り向いた。フード付きのポンチョが揺れ、僕の方へ死んだ様な光のない視線が向けられる。半透明な彼女は、死んだ人間の成れの果て……だからもしかしたらドランさんもこうして幽霊になってるかもしれないね。


 まぁ、そんなことはあり得ないって分かっているけどさ。


「また来るよ、じゃあね……ドランさん」


 そう言って、僕はドランさんの墓石から離れて歩きだした。ドランさんの死、本当どうしようもないよなぁ。



 ◇ ◇ ◇



 魔王城跡地――


 そこでは蠢くものがあった。桔音が去り、その上で屍音達がこの場を離れた以上、此処にあるのはたった3人の死体のみ。

 魔王と、ヤールと、ゴルトのものだ。蠢いているのは、その内の1つ……魔王の首なし死体だった。


 その死体はどういう理由なのか、ヤールとゴルトの死体を、その身を液状化させて取り込んでいた。スライムの様に形質と形態が崩れている魔王の肉体は、ヤールとゴルトの死体をずるずると吸収していく。そして、血の一片すらも吸収しつくした魔王の死体は、ずぶずぶとその形を成して行き―――そして、大きく振るえた。悲鳴の様な音が内部から形が出来ていき、1人の人影を作りあげた。


「……はぁ、難儀なものだな……あのまま死んでいたとしても、私としては良かったのだが」


 その人影は、桔音にやられる前の魔王だった。初代勇者の容姿で、服は着ていない。素っ裸な女子高生勇者の姿が、そこにはあった。流石に服までは肉体の一部として復元する訳にも行かなかった様だ。

 とりあえず、その辺に落ちていたヤールの白衣を着る。裸白衣とは中々にマニアックではあるが、服であれば良いという判断の様だ。ヤールの白衣は中々清潔で、思っていたよりも高質な品であった。


 魔王は……いや、魔王だった存在は裸足で黒い大地を歩いていく。行く先が何処かは分からないものの、彼は―――いや……"彼女"は、凛とした瞳で空を見上げながら、歩いて行く。何処へ行くのかは分からないまま、彼女は歩いて行く。


「……魔王も……いない。勇者でもない……なら、帰りたいなぁ―――"日本"へ」


 呟いた彼女は、うるっと瞳にじんわりと涙を浮かべ、咄嗟にそれを拭った。ぐしぐしと拭った後、瞳にはまた凛とした意志が宿っていた。強気で、彼女は歩く。足の裏が、ちくちくと痛いなぁ、なんて考えながら――彼女は暗黒大陸の魔王城跡を去っていく。


 此処に屍音はいない。ただ、彼女の事は知っている。魔王の中から、彼女は見ていたから。


 魔王を殺したのが、彼女であることを知っている。彼女が、魔王と戦っていた少年を殺し損ねたのを知っている。魔王を殺そうとしていた少年が、勇者でないことを知っている。勇者でもない少年が、異世界人であることを知っている。

 何もかも、彼女は見ていた。魔王の内側から、ずっと見ていたのだ……およそ300年の間、ずっと魔王と共に彼女は生きていた。魔王の意志で、生かされていた。


「私はもう勇者じゃない……ただの、高柳神奈(たかやぎ かんな)だ」


 彼女は魔王ではない。初代勇者にして、魔王に最も強いと評された勇者――高柳神奈。


 彼女は魔王の身体の中で生かされていた。他の勇者達は魂もステータスも文字通り喰われ、命を落としていたのだが、高柳神奈だけは魂を喰われていなかった。ステータスは喰われたものの、彼女は魔王の意志によって生かされていた。

 その理由は、魔族としてはかなり珍しく、人間としてはとても理解出来る感情からくるものだ。


 とどのつまり、魔王は初代勇者である高柳神奈に惚れていたのだ。レイラが桔音に対してそうだったように、魔王は高柳神奈に対して恋愛感情を抱いた。初めて対等に戦い、そして熱い死合いを交わした勇者の少女、そんな彼女に対して、情熱的な愛を抱いてしまった。


「魔王……お前は歪んでしまった。故に滅びたんだ」


 だから魔王は高柳神奈を認めていたし、自分の体内で生かしていた。いつまでも、永遠に共に在れる様に。

 しかし、高柳神奈はこうして出て来た。魔王の身体が桔音の攻撃で勇者達の力を失い、その上で屍音に圧倒的に殺されてしまったことで、大幅に弱体化したのだ。


 結果、中で生きていた高柳神奈が復活した。



 ◇



 ―――魔王とは、元々肉体を持たない魔族だった。



 魔王自身、自分のことを魔王とは呼んでいなかったし、魔族達も元々魔王のことを魔王と呼んでいたわけではない。

 ただ、魔王は生まれた当初――『暴食の魔族』と呼ばれていた。魔族というよりは、現象で、黒い空間の裂け目の様な存在だった。その裂け目に触れた存在を片っ端から喰らい、その存在の全てを取り込む性質を持った魔族。

 魔王は小さなネズミから始まり、どんどん強力な魔獣達を取り込んでいき、そして遂にはSランク魔族ですら取り込む現象となった。そして、変化が訪れる。


 魔王に肉体が出来たのだ。


 真っ黒な棒人間の様な肉体だったが、それは魔王の大きな進化でもあった。

 それからというもの、魔王はその身体にもっと強力な魔族達を吸収していき、最早誰も寄せ付けない強さを手に入れた。経験も、ステータスも、全て吸収して魔族達の頂点に駆け上ったのだ。


 そして、ある時……知性を手に入れた魔王は、自分が人間達から最も恐れられる魔族であることを自覚した。


 それからしばらくして、魔王はその知性で考えて、自分の吸収してきた力を鍛えて伸ばす楽しみを見出した。そして、そこから戦う事の楽しみを見い出した。更にそこから、一方的に破壊し蹂躙する楽しみを見出した。

 いつしか、魔王は吸収する事を自分の意志で禁止し、ギリギリの戦いの中で自分自身の生を感じる様になった。


 すると、そんな破壊の日々を送っている時、勇者と呼ばれる存在が、自分の命を奪いに来るようになった。そこで最初に来たのが、高柳神奈である。


『魔王、お前を殺しにきたぞ』


 そんな台詞と共に現れた勇者、高柳神奈の言葉から――魔王は"魔王"という存在になった。勇者という存在が、自分の事を魔王と呼んだ。魔の王、成程言い得て妙だと思った。

 魔王はこの時点で、多くの魔族達を従えていたから。自分の強さを示して、魔族達を捩子伏せていたから。魔王という呼び名を気に入って、魔王は自分自身のことを魔王と呼ぶようになり、つられて他の魔族達も魔王と呼ぶようになった。


 そして、彼と勇者は力の限り戦った。今までにない、死力を尽くした戦いだった。情熱的で、狂気的で、どこまでも正々堂々とした、勇者と魔王の戦いだった。

 魔王はその戦いの中で、いつまでもこの戦いを続けていたいと思った。この勇者と、いつまでも剣を切り結んでいたいと思った。


 飛び交う血も、


 流れる汗も、


 一瞬の合間に見えた勇者の凛とした瞳も、


 魔王にはとても愛おしいモノに見えたのだ。勇者の全てを、自分のモノにしたいと思ったのだ。

 だから、魔王は本能的に、欲望に従う形で、今まで禁止していた暴食の性質を解放した。わざと勇者に負けて、隙を作り、最後は正々堂々などとは到底言えない非道で卑怯なやり方で、高柳神奈との戦いを穢して勝利をその手に収めた。

 

 その結果として―――魔王は高柳神奈を自分の身体の中に取り込み、彼女の全てを手に入れた。


 命を奪わない様にステータスだけを喰らい、肉体と魂はずっと体内に保存して、現在まで共に過ごしてきた。

 まぁ、そんな歪んだ愛も……今日で終わりになったのだが。

 弱り切った胃が中身を吐きだしてしまうのと同じで、弱り切った魔王の肉体は高柳神奈の肉体を体内に入れておけなくなった。だから、ヤールやゴルトの身体を食べて回復しようとした魔王の一瞬の隙が、高柳神奈を解放してしまう結果へと繋がってしまったというわけだ。


 正確に言うのなら、魔王の弱り切った肉体を高柳神奈が吸収して復活したというべきだろうか。故に肉体は魔族のモノではない。れっきとした人間のモノである。


 ともあれ、こうして魔王は死に、勇者は復活した。


 魔王と勇者との戦いは、300年の時を超えて―――初代勇者の復活と共に終止符が打たれたのだった。



 ◇



「……はぁ、これからどうしようかな」


 溜め息を吐きながら、彼女は呟く。白い素足が白衣から伸びている様はとても扇情的ではあるが、物憂げな表情を浮かべた彼女を見ていると、そんな気持ちも抱けなくなるほどだった。

 すると、彼女はふと思い出す。魔王が気に掛けていた少年、自分と同じ世界からやってきたきつねと呼ばれた少年のことを。


 魔王を倒しても、元の世界へは帰れなかった。けれど、元の世界の人間はこの世界に居る。


 彼女は、ならばせめてと元の世界へ帰る代わりに元の世界の人間に会おうと思った。そう思い立つと、色々と自分にとってメリットになりそうな点が多々思い付く。その最たる例は、きつねという少年に会えば、元の世界に帰る方法を一緒に探してくれるだろうということだった。

 魔王の中から見ていた彼女は、桔音が元の世界に帰りたがっている事を知っていた。だから、同じ日本人と共に居たいという気持ちと、元の世界に帰りたいという気持ちが、桔音の下へ行こうという指針を生む。


「……きつね、か……そうだな……きーくん……つっきー……きっちゃん……どう呼んだら友好的かな……?」


 ブツブツと呟きながら、桔音の下へ行く為に歩を進め始めた。


 向かうは人間の大陸―――現在の人間達の伝説である初代勇者が、寂しさを埋めるために行動を開始した。


私はレイラ・ヴァーミリオンのことが嫌いだった。

自分と違って、桔音(愛する者)と自然と触れ合える関係が羨ましかったから――

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