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【書籍化】異世界来ちゃったけど帰り道何処?  作者: こいし
第十二章 人類の敵を名乗る
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死という現実の中に

 ドランさんが倒れてすぐ、僕の身体がある程度動けるまで治癒し、思考が普段通りまで回る様に回復した。即座に『初心渡り』を発動させて完治、僕は倒れたドランさんに駆け寄った。ドランさんの目の前には屍音ちゃんが立っていて、ドランさんを冷たい視線で見下ろしている。そこに先程までの狂笑はなく、ただ自分の愉悦を邪魔した存在への冷徹な感情だけがあった。

 ただ、僕にはそれに構っている暇は無い。ドランさんの身体に触れる。まだ人並みの温度が残っていたけれど、どんどんその身体が冷たくなっていくのを感じた。命の根源が、消えてしまった様な感覚。リーシェちゃんの時にも感じた、あの感覚だ。


 呼吸がない。


 心臓の鼓動もない。


 瞳にも光がない。


 唯一、口元だけが満足気な笑みを浮かべていた。


 あの時と同じだ。僕が死んだ時、リーシェちゃんが死んだ時、あの時と同じ深い海の底を見た様な、世界の深淵を見た様な、そんな感覚だ。

 それは、ドランさんが死んだということをはっきりと明示している。完全に死んで、もう生き返らない。僕の『初心渡り』でも、『初神(アルカディア)』でも、ましてや『原初の鬼神(アヴァロン)』でも、ドランさんが生き返る事は無い。人の命の蘇生は、どんな力であっても出来ることではない。


 分かってる。でも、それを自覚した瞬間……僕は大きな喪失感を覚えた。リーシェちゃんの時は、本当に例外中の例外だったんだと思い知った。初めて知った、大切な人を失う感覚。リーシェちゃんの時はアンデッド化したりして中途半端だったけれど、今回は違う。本当に本当に、取り戻しの付かない喪失感。

 僕は生まれてからこの世界に来るまで、しおりちゃんや祖父母以外、大切な人という存在が、全くと言って良いほどいなかったから――そういう人を失うという感覚をどう対処していいのか分からない。


 でもはっきりしている事が1つだけある。


 ―――ドランさんは、最期の最後まで……僕の仲間だったってことだ。


 ならば、その仲間の死を悼んで、惜しんで、尚進もう。分かったよドランさん、貴方の遺言、その通りに生きてみよう。僕の、僕なりのやり方で、この世界を大暴れしながら生きてみよう。この世界から元の世界に帰るその時まで、いや、帰った後のその最期まで……僕は僕の為に死んだ貴方を忘れない。


「あーあ、なんだか興醒めしちゃった。ホント、邪魔なんだよね、こういうゴミが出しゃばると」


 目の前で、ドランさんの血が付いた手をぺろりと舐めながら、屍音ちゃんはそう言った。見下した視線は何処までも冷たく、ドランさんを侮辱していた。人の為に死ぬ、それはきっと、人が出来る最大級の自己犠牲であり、定義上では人情や友情、愛情の究極系だ。それでもそこには確かな感情の爆発があり、優先順位の中で自分よりも他人を上位に置いた瞬間があった。

 僕は基本的に自分の優先順位が低いから、特殊の例なんだと思うけれど……それでもドランさんを侮辱されるというのは、あまり笑える話じゃない。


 けれど、不思議と僕の感情は平静だった。ドランさんを侮辱されて、許せないという気持ちもある。腹の奥底で煮え滾る怒りが存在しているのも感じられる。

 それでも、ソレが表に出て来ないのは……きっとドランさんの言葉があったからだろう。


 ―――仲間を頼れ。世界で暴れてみろ。


 でも、その遺言を聞き届ける為には……今此処で感情に呑まれる事が最大の悪手であることが分かっている。つまりは、ドランさんの為に、僕は平静を保っていられた。

 瘴気でドランさんの遺体を持ち上げ……僕はゆっくり立ち上がる。屍音ちゃんの視線が、それに合わせてゆっくりと上に向かっていくのを感じるけれど、最早僕には屍音ちゃんの存在なんてどうでも良かった。


 魔王は倒した。称号も消えた。仲間を1人失った今、これ以上仲間を失う訳にはいかない。


 だから、死んでも此処から生きて逃げる。


 その為なら、僕はいくらでも感情を押し殺してみせる。死神と呼ばれた僕ならば、自分ですらも殺害対象だ。


「おにーさ―――ッ!?」


 話し掛けてくる屍音ちゃんを、僕はノーモーションで蹴り飛ばした。脱力した状態から、一気に最高速へと躍動する筋肉と、『鬼神(リスク)』によって超強化された僕の動きは、屍音ちゃんの意識が追い付く間もなく彼女へと直撃した。ゴロゴロと転がる様に吹き飛んで行く彼女から視線を切って、僕は逃げだす。

 レイラちゃん達へと襲い掛かっているフレーネとかいう魔族を、『死神の手(デスサイズ)』を『死神(プルート)』の大鎌へと変貌させて斬った。全く僕に気が付かなかったという様子のフレーネは、斬られた瞬間驚愕の表情を浮かべて――植え付けられた恐怖に、目を剥いて膝を付いた。


 でも、僕は彼女が膝を付いた時にはもう動き出している。レイラちゃん達の下へと僕は移動し、そのままレイラちゃん達全員を瘴気で抱え上げた。全員が僕の動きに付いて来れない様な反応をしている。全員の視線が僕を捉えるのが一瞬遅い。


 なるほど、これだけが原因じゃないだろうけれど……『初心渡り』にはこういう使い方もあるのか。

 時間回帰による時間停止よりも低リスクで、尚且つ闘争にも逃走にも効果的。何事も程度があるってね。


 ―――時間を戻す速度を緩やかにすることで起こる、時間の遅延。僕と他の皆の感じる時間の流れる速度にズレが生じ、他の皆が感じる1秒の間に僕は3秒は動く事が出来る。時間の流れをスローにする使い方。これによって、僕の速度は今までの倍は速くなる。

 更に言えば、今の僕は自分自身の意志で自分の感情を押し殺している。如何な化け物であろうと、殺意も怒りも感じさせない。超直感だろうと、予知でもない限り僕の感情の波に気付かせない。


 いわば、超直感の対極ともいえる力だ。


「逃げるよ」


 合流した皆が僕の姿に気が付いた所で短くそう言い、僕は更に駆ける。屍音ちゃんが体勢を立て直して僕を追って来るのが、瘴気の空間把握で分かった。

 でも、如何に彼女が速かろうと、僕の技術を昇華させようと、僕に追い付ける筈がない。時間の流れには逆らえない―――転移を使っても同じだ。彼女が転移を完了させる時間で、僕は更に移動出来るのだから。


 どんどん距離が離れていく屍音ちゃんを一瞥して、


「君はもう、どうでもいいや」


 そう言って視線を切った。屍音ちゃんの表情が、驚愕……というより動揺、か? とにかくそんな感情を浮かべていたけれど、構うものか。ドランさんを殺したからといって、僕は彼女に復讐したいわけじゃない。怒りはあれど、それはドランさんの遺志じゃないのだから。


 それに……彼女にとっては、相手にもされないというのが最も効果的だろうしね。


 更に速度を上げ、僕はクロエちゃん達のいる瘴気の家まで辿り着き、その中にいるクロエちゃん達ごと回収した。瘴気の家を船へと変貌させ、乗り込む。すると、甲板にクロエちゃんとフロリア姐さんが現れ、レイラちゃん達も甲板の上に着地させた。

 そしてそのまま船を全速前進させる。『鬼神(リスク)』で強化されている今、この船の速度は常軌を逸している。


 それ故に、一気に暗黒大陸の黒い大地を駆け抜け、広い海へと飛び出した。



 ◇ ◇ ◇



 海に出てからしばらく移動した後……桔音は時間の遅延を通常に戻し、そしてそこで初めて『鬼神(リスク)』を解く。瘴気の船はレイラに担当して貰い、『鬼神(リスク)』による副作用がどっと訪れた。前回とは違って、長時間使い続けたので、桔音は全身筋肉痛に加えて、ステータスの大幅な減少、スキルの使用制限は勿論のこと、栄養失調に陥って衰弱状態になってしまった。自己治癒能力も大幅に下がってしまったので、桔音が倒れた後はフィニア達全員が桔音の看病に右往左往することになった。

 リーシェが残った食材を全て使って、桔音の栄養になる料理を作ったり、それをレイラが口移しで食べさせたり、ルルが船を襲う魔獣達を相手に戦ったり、フィニアが治癒魔法で桔音の筋肉痛などの身体の痛みを和らげたり、クロエとフロリアは看病するフィニア達が休んでいる間に看病を代わるなど、数日の間は慌ただしかった。


 桔音の容体が落ち付いたのは、暗黒大陸を出てから一週間が過ぎた頃だ。


 一週間、意識も回復しなかった桔音は、看病の末もあって自分で食事が出来る程度には回復し、なんとか体調も安定した状態になっていた。

 とはいえ、スキルも使えない状態で、ステータスも大幅に弱くなってしまっている。今の桔音は、Sランク冒険者とはいえず、精々Fランク程度の実力しかない。


「……スキルが使えるようになったら、またプランクトンでも瘴気変換してステータスを戻さないとね……」


 呟き、桔音は苦笑した。前回もそうだったが、命をも削る力を使った代償は、やはり高かったということだろう。

 レイラの作る瘴気の船は、桔音の作ったものよりは速度も遅いが、着実に人間の大陸へと向かって進んでいる。桔音が最初の数時間の間展開していた高速の船は、大幅に距離を稼いでいた様で、レイラの船でも後3日もあれば辿り着く所まで来ていた。

 恐らく、桔音の身体は3日では元に戻らないだろうが……人間の大陸で療養すれば、今よりはある程度治りも早いだろう。


「あの、きつねさん」

「ん、クロエちゃん」

「……ちょっとお話したいことが」


 すると、そんな桔音の下へクロエとフロリアがやってきた。真剣な面持ち故に、桔音は少しだけ体勢を整えてクロエ達の方へ身体を向けた。


「あの星の精霊の件なんですけど……ありがとうございます」

「僕は何もしてないけどね」

「それでも、だよ。きつね、お前はアタシ達の為にって気は無かったんだろうが、確かにアタシ達を救ったんだ。その証拠に、星の精霊があんな状態になったことで、アタシ達には"刻限"がなくなったんだぜ?」

「でも、呪いは残っただろう? なら、僕は大したことをしていない」


 桔音はそう言って、手をぷらぷらと振った。

 星の精霊が桔音の子供という立場になったことで、彼女らに掛けられた呪いには"刻限"がなくなっていた。それはつまり、条件を達成出来ればどれほど時間を掛けても良いということだ。呪いに制限時間がなくなったといってもいい。


 だが、呪いが解けていない以上、桔音にそれを誇る気は無いし、解けていても誇るつもりはない。元々、桔音と星の精霊は運命的か偶然かは別としても、ただ敵対しただけで、クロエ達の呪いとは全くの無関係でしかない。


「それでも、私達が感謝していることは別の話ですよ。素直に受け取って下さい」

「……分かったよ、どういたしまして」


 それでも尚強く出るクロエに、桔音は頭を掻きながらも感謝を受け取った。


「で、その呪いについては話してくれたりするの?」

「……悪いな、この呪いは他人に話すと解呪の可能性が低くなっちまうんだ。勘弁してくれ」

「ま、そんなことだろうとは思ってたけどさ」


 気にはなるものの、深く掘り下げたりはしなかった。

 今の桔音は、ドランを失ったことのショックもあって、少しばかり気分も落ち込んでいる。小さい事を気にしている余裕はないのだ。今の桔音の気分としては、しばらくは何もしたくはない気分だ。


 ドランの遺体は、レイラに頼んで瘴気の箱に入れてある。船の隅に置いてあるが、桔音の視線はちょくちょくその箱へと向いていた。フィニア達も、桔音と同じくショックを受けているようで、なんとなく暇な時にはドランの遺体の入った箱を見ていた。あのレイラでさえも、ドランの死に何か思うところがある様だ。

 いつも後ろから見守っていたドランの存在は、やはり全員にとって一種の安心感を齎していたのだろう。急にその存在がいなくなってしまったという事実に、心が付いて来れないのだ。これからしばらくは、心の整理に時間が掛かる。


「あー……命を落とす覚悟はあったし、死なない意志もあったけど……死なれる覚悟は出来てなかったなぁ」


 クロエ達がいるにもかかわらず、桔音はぽつりとそう呟いた。

 クロエ達はそんな桔音に、何を言って良いのかと複雑な表情を浮かべるものの……結局は何も言えなかった。フロリアがクロエを連れて、部屋から出ていく。此処は1人にした方がいいだろうと考えたのだろう。

 ただ、部屋から出ていく前に……クロエは言った。


「きつねさん……亡くなった方を悼むのは分かりますが、もう少し現実の方にも目を向けて下さいね」


 現実を見ろ、桔音はそう言われると弱いなと思い、苦笑した。



 ◇



 部屋から出た私は、少しだけ後を引かれる思いできつねさんのいる部屋に視線を向けました。きつねさんは、魔王との戦いでお仲間の1人……あの大柄の男性、ドランさんを亡くしたらしく、普段のきつねさんと比べると少し表情に影が差していました。

 大切な人を失う、それは私にはまだ分からない気持ちですが……仮に姉さんを亡くしたと考えると、ぶるりと身体が震えてしまいます。それは、怖くもあり、悲しいのでしょう。きっと、私ならば泣いてしまう程に辛い思いなのでしょう。


 想像も付かない苦悩と葛藤が、何処にぶつければ良いのか分からない怒りと苦渋の想いが、今のきつねさん達の中では渦巻いているのでしょう。特に、きつねさんは同じ男性ですし、思う所は多いのではないでしょうか。

 

 でも――


「クロエ、きつね君……どうだった?」

「……まだ少し……」

「……そっか」


 部屋を出た所に、レイラさん達がいました。彼女達は皆、心配そうな表情で部屋の扉を見ています。ショックは大きかったのでしょうが、きつねさん程ではないのでしょう。人が死ぬということに対して、覚悟が出来ていたということかもしれません。何せ彼女達は、冒険者ですから。きつねさんはどうやら、そういう覚悟が出来ていなかったということなのでしょう。

 責められることではありませんが、冒険者としてはまだまだ駆け出しと聞いていますし、仕方がないと思います。そもそも、そんな覚悟が出来る人だって、仲間に死なれれば悲しいでしょうし、平気な顔をする事が出来るのなら、そんな人は人間じゃありません。

 だから、きつねさんが悲しみに落ち込んでしまうのは仕方の無いことです。


 でも、きつねさん……貴方には今がある。


「今は1人にしてあげましょう」

「……うん」

「そうですね……フィニア様、行きましょう」

「そうだねー……心配だけど、仕方ないよね……」


 私の言葉に、レイラさん達は肩を落として甲板の方へと歩いて行きます。皆きつねさんが好きなんでしょうね……だからきつねさんがこうして落ち込んでいると、何も手に付かない位心配になる。


 きつねさん、貴方には貴方を見てくれる仲間がまだいます。心配してくれている仲間が。


 死んだ方を悼むのも良いでしょう。でも、貴方を支えてくれる仲間はすぐ傍にいるんですよ。だから、余り心配を掛けないであげてくださいね。


 なるべく早く、元気になってください―――



 ◇



 それから、3日後――カイルアネラ王国に辿り着いた桔音達は、ドランを丁重に埋葬し、墓を作った。潮の香りのする土地の中で、ドランは永遠の眠りに着く。


 波の音が聞こえる場所で、桔音は暫しの間――仲間を失った現実を受け止めるのだった。



第十二章、完―――

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