瞬殺、但し戦わずに
ルル・ソレイユは、時間的な制約付きでSランクの力を発揮出来る実力者だ。小さな身体で、青白い雪の様な刃を振るう獣の少女。彼女の持つ野性の獣として優れた五感は、階段を下り切る前に待ち構えている魔族の存在に気が付いていた。
『白雪』を階段を下りる途中で抜き、魔王の城に入ってからずっと発動させていた『星火燎原』によって更に自身を強化した。彼女はこの固有スキルを過去何度か発動させており、その効果と詳細についても大分検証と理解を深めている。時間が経てば経つだけ自身を強化出来るこのスキルは、大雑把に2つの法則があった。
まず1つ目は、ただ時間が経つのを待つ場合と戦闘を行いながら時間が経つ場合とでは、強化の度合いが違うこと。どうやらこのスキルは、戦闘を行いながら時間が経つ方が強化の度合いが大きいらしく、時間が経つのを待っている場合では、戦闘中の強化の約1/10程度の速度でしか強化されないのだ。
2つ目は、強化はどちらの場合も一定時間毎に行われるということ。戦闘中の強化であろうと、待機中の強化であろうと、等しく同じ時間毎に強化が為される。ルルの感覚では、およそ1分毎の強化だ。強化の度合いは違えど、その時間はこれ以上短くなる気がしない以上、この固有スキルは1分毎であると決まっているモノのようだ。
更に、このスキルには時間が掛かる以外にも強化に大して制限があった。強化は無制限に行われる訳ではなく、また負荷の無いモノではない。つまり、ルルの身体が耐えられる限界までの強化しかされないのだ。最強ちゃんは時間と共に自分と同等の実力になる可能性をルルに感じていたが、実際の所今はそうなることはない。
今のルルの身体と元のステータスでは、せいぜいSランク中位までが限界。最強ちゃんの実力には遠く及ばないのだ。まして、今のルルの身体はレベルが1であることから、未だ幼い少女のモノ……大人の身体になればその上限も跳ね上がるのだろうが、今のルルでは強化に全面的な期待を寄せる事は出来ない。
だから、ちょっとした気まぐれでルルはもう1つの固有スキル『天衣無縫』を全力発動させておくことにした。
そして階段を下りきった先、広い空間に出たルルは、その中央に立っていた女の魔族と対峙した。
「ん、待ち草臥れたよ……私の名前はミレディ・クロッカス。君を―――ッ!?」
「……なんですか?」
「―――超ッッ可愛いィィィィィィィィ!!!」
「ひゃぁっ!?」
すると、目を閉じて自己紹介をした女の魔族、ミレディは、ルルを一目見た瞬間変貌した。首を傾げたルルに、彼女は我を忘れた様に抱き付いて来たのだ。ルルは小さな悲鳴を上げるが、展開に付いて行けず、されるがままになっている。
ルルの魅了はルルの実力がSランクでない故に、Sランクの相手となるとそうそう効かない筈なのだが、ミレディは簡単に魅了されてしまっていた。その理由として、ミレディ本人がそもそもルルを可愛いと思う性格であり、所謂ロリコンであったのが挙げられる。そもそもスキル無しでもそこそこ魅了されてくれるというのなら、その対象が魅了系スキルを発動していればコロッとやられてしまうのも仕方の無いことだ。
結果的に、ミレディはルルに一目惚れして戦意を喪失してしまったのだ。
「ああもう何この可愛い生物!? きゃあああ髪さらっさらもふもふ良い匂い! ちょ、やっばい鼻血出て来た犯罪的なんですけどおかしくない!? おかしくない!? うほぉぉぉおおおぉおぉお! 可愛い超可愛! 抱き締めて持ち帰って愛でたい! 死ぬまで愛で続けたい! いや死んでも愛で続けたい! もうこの子が居れば他のモノは何も要らない位可愛い! え!? 何!? この子はアレなの? 神が私にくれたプレゼントなの!? 貰っちゃうよ!? というか答えは聞いてない! この子は私のモノだ! 私が一生可愛がるんだ! 名前はなんていうの!? そう! ルルちゃん! 良い名前ね、ルルちゃんルルちゃん! ああ、この耳! この尻尾! ずっと前から獣人の子可愛いなぁと思ってたけど貴女は最高! もう私の好みド直球で貫いたわよ! 貴女は可愛いという概念を超越した存在よ! ああぁぁぁあぁ! 可愛過ぎて食べたい! 食べたいけど可愛いから食べられない! 何このもやもやした感じ! どうすればいいの! どうすればいいの!? もう可愛過ぎて頭蕩けそう! てか蕩けてる! 言葉にならない可愛さが私を犯している! でもそれがイイ! 寧ろもっと私を犯して! もう魔王様なんて裏切っても良い位の可愛さよ!! ルルちゃんルルちゃんルルちゃん!! 私の愛を受け取って! この純粋な身体を私の手で染め上げたい! 良い!? 良いよね!? 良いのよね!? 可愛い可愛い可愛い私のルルちゃぁぁぁああぁぁああぁぁぁああああん!!」
「……きもいです」
「ごぶるぁぁあああげはァッ!?!?」
興奮でなんやかんやとルルの可愛さを口にしながらルルを抱き締めたり持ち上げたり舐めようとしたりしてきたミレディだが、ルルの小さな声に吐血して倒れてしまった。
ちーんと真っ白になって、血の海に沈むミレディ。ルルはそんなミレディの背中を剣で刺すべきか、それともスルーして先に進むべきかと迷う。正直戦意も無い者を殺す程、ルルも無慈悲ではないのだ。そもそも殺し合い自体があまり好きではないのだから。
しかも、自分が魅了したとはいえ自分にこれだけの好意を向けてくる相手を、斬って捨てられる訳も無い。
どうしよう、と思いながら……ルルは倒れたミレディに声を掛ける。
「えと……先に進んでも良いですか?」
「っ! いいよ! だからもっと抱き締めさせて!」
「え、いいんですか?」
ルルの問い掛けに、がばっと起き上がったミレディは即決でそう言った。目が本気なのが少しばかり不安だが、ルルは少し考える。そして、この状況にちょっとした既視感を覚えた。どこかで見た様な光景だと思う。
すると、ハッと思いだす。この状況は、桔音とレイラのようではないかと。そういえばレイラも桔音に対してミレディの様な感じだったと思い、ならば桔音の様に対応すればいいのではないか、と考える。身近にお手本が居たことにほっとしながらも、ルルは懇願する様に見上げてくるミレディの前に膝を付いて視線を合わせた。
傍から見れば、幼女が大人の女に縋りつかれている様な光景。逆ならまだ説明も付けられるというのに、この状況は少しばかり犯罪的な匂いを漂わせていた。
「えーと……確かこんな感じ……?」
ルルは思い返しながら、たどたどしく桔音の真似をする。ミレディの顎をくいっと上げて、鼻と鼻がくっつきそうなほど顔を近づけた。ミレディの顔がなんだかとろーんと惚けた様な感じになるが、ルルにはそれを見ている余裕はない。
桔音はたしか相手を言葉で追い詰める際に、こんな感じで顔を近づけ、上から見下ろす感じで何かを言っていた。レイラに大しては餌を与えてやり過ごす感じだったのを思い出す。
そして、ルルは意を決して実行する。
「えーと……此処で良い子で待っていたら、後で御褒美をあげます……?」
「ッ……は、はい……大人しく待ってます……」
「え、えと……それじゃ」
桔音の真似と言っても、今渡せる餌など持ち合わせていないルルは、御褒美を後回しにすることにして、そう言った。その言葉はミレディに凄まじい衝撃を与えた。
こんなに小さくて可愛くてか弱そうな存在に、主導権を握られる感覚。ミレディにはそれが心地よかった。つまり、ミレディには被虐趣味の才能があったのだ。彼女は此処に来て、魔王以上の主を見つけたらしい。まぁ、ルルにはそんなつもり毛頭ないのだが。
ルルは立ち上がり、ミレディをチラチラ見ながらも先へ続く階段へと足を掛けた。最後にミレディがくねくねと悶えていたのが気に掛かる所ではあるモノの―――
―――ルルは、最速でSランク魔族の関門を突破したのだった。
ゴルトも魔王も、全く想定していなかった事態である。
◇ ◇ ◇
一方その頃、魔王と戦闘を開始した桔音だが……かなり切迫した状況になっていた。魔王の攻撃は桔音の防御力を超えてくる様で、最初の衝突で桔音の腕を折った。故に、今は桔音も魔王の攻撃を躱しながら戦っている。
魔王は本当の姿を見せているせいか、以前にも増して攻撃のキレが良くなっている。しかも、まだ余裕がある様子だ。本当に、以前の魔王とは一味も二味も違っていた。異世界人の容姿に、猛り狂う魔力の奔流。以前魔王が本気を出していれば、桔音はあの時点で殺されていたかもしれないと思うと、流石にぞっとするものがある。
とはいえ桔音もまだ本気ではない。全力ではあるものの、本気を出してはいない状態での戦いだ……所謂小手調べの段階。魔王の拳を躱し大鎌を振るうが、魔王も強い。全く隙がなく、刃が届かないのだ。
先程から桔音は何度か大鎌を薙刀に変えて遠距離攻撃をしたりしているのだが、全く通用しない。あらゆる手が通じない感覚が、桔音の中にはあった。魔王の攻撃は1発でもアウトな感じなのに、桔音の攻撃は全く通用しない。
魔王とは、想像以上の化け物だった。
「どうしたきつね? その程度か?」
「うーん……本当に反則臭いよねぇ……」
「ッハハハ! お前に言われたくはない」
桔音は薄ら笑いを浮かべ、魔王は凶悪に嗤った。
仕方ない、と桔音は思う。拮抗した状況である以上、この均衡をどうにかして崩す必要がある。それならば、自分のやれることをやるしかないだろう。桔音は大鎌を引っ込め、『武神』を発動させようとする。
だが、その前に魔王が動いた。
「ッ―――!」
「動くと思ってたぞ、そしてこの隙を待っていた」
未だ『武神』の刃は出来上がっていない―――その瞬間に、魔王は桔音の懐まで踏みこんできた。その拳が空気を切り裂き、魔力がうねりをあげてその拳を包み込む。桔音の身体に衝突する瞬間に、桔音はその拳に必殺の威力があることを察知した。
だから、すかさず拳がぶつかる部分に魔力を集めて防御に使う。さらに『物理耐性』と『魔力耐性』のスキルも発動させた。
そして、魔王の拳が桔音の身体を抉る。
「はぁぁあああああ!!」
「ッ―――『武神』!」
魔王の拳を受けながらも、桔音の身体は吹き飛ばない。あらゆる防御を超えて、桔音の身体にミシミシと衝撃を走らせるその威力を耐え、形成された巨大な大槌の如き刃を振り落とす。
しかし、魔王の身体に触れようとしたその瞬間―――その巨大な刃は空中で停止した。何かにぶつかった様に、そこで停止し、それ以上先へは動かない。
そして、
「ごふっ……!」
拳の衝撃で身体の内を揺さぶられた桔音は、軽く血を吐いた。
「その攻撃は知っている。お前の最大技だ……だからこそ、その対策をしていない筈がないだろう?」
「っあー……確かにそうだね、恐れ入るよ魔王サマ」
桔音から少し離れてそう言う魔王に、桔音は膝を付きながらも未だ余裕のある表情で言い返した。彼の耐性値であれば、多少の攻撃はすぐに回復する。それに、物理や魔力に対する耐性もスキルによってその耐性値に加算されていたので、実際の所桔音にそれほどダメージは無いのだ。
しかし、桔音は思う。一体、何に防がれた? と。
見てみた限りでは、魔王の周囲に魔力的な壁は存在していないし、魔王本人から溢れる魔力以外の魔力的要素は感じられないのだ。故に、今桔音の『武神』を防いだのは魔法的なモノではない。ならば、スキルということになるだろうが―――桔音の『武神』を防ぎ切るスキルなど、確実に固有スキルでなければ不可能な事実。
魔王の固有スキルは、防御系の物なのか? と考えつつも、桔音は立ち上がり、その刃の形態を漆黒の薙刀へと変貌させた。魔眼を発動させ、魔王の次の手を読む為に構えた。
すると、魔王がにやりと笑いながら桔音に向かって口を開いた。
「良い事を教えてやろう、きつね……私の持つ固有スキルは―――全部で6つだ」
ソレは、桔音にとって最悪な事実だった。
たった1つで国を取れる可能性を秘めた固有スキル、それを6つも持っている魔王。桔音は一瞬だけ、自分の敗北を想像し、その笑みに焦りを見せた。