女の幸せを破壊して
注意:グロ表現・胸糞展開?あり。苦手な方はご注意を。
フィニアやドランが戦いを行っている時、リーシェもまた階段を下り切った場所へと辿り着いていた。真っ暗な場所であり、ひんやりと何処か肌寒い空間である。リーシェが感じ取った違和感と言えば、地上に比べてこの空間は魔素濃度がより濃くなっているということだ。
なんというか、それがリーシェにはとても居心地のいい場所だと感じた。吸血鬼である彼女は、夜行性故に真っ暗なこの場所を好み、その上で夜目が利く故に視界も良好、ひんやりとした空間は涼しく、魔素が濃い区間はリーシェの身体を、ベストコンディションへと変えていく。
魔素を取り込み、体内の臓器や血の流れが良好になっていく。まさしく、吸血鬼の為の空間といえた。
しかし、だからこそリーシェは警戒を強める。こんな場所で迎え撃ってくる相手、相手の得意な環境下でとことん潰してやりたいという性格故か、それとも相手のコンディションを整えて正々堂々戦いたいという意思の表れか、どちらにせよ相当自分の実力に自信があることは間違いない。
リーシェはリッチ戦のどさくさに紛れて手に入れた赤錆色の剣を抜き、周囲にピンと感覚を張ってその空間へと1歩ずつ入り込んでいった。
すると、空間の中心にそれは現れた。
黒い霧が集まって来て、それが人の形を取っていく。リーシェはその光景を見てふと思い至った、まさかこの霧の魔族はもしかして……自分と同じ―――
「ふむ、吸血鬼にしては異色な娘だな……てっきり、同族と出会うことはもう無いかと思っていたのだが……奇妙な縁もあるものだ」
「吸血鬼、か」
「そうだ」
―――吸血鬼。リーシェの前に現れた長身で灰色の髪をした男は、血の様に紅色の瞳でリーシェを見ながら、うっすらと鋭い牙を見せながらそう言った。吐息は涼しい空間に出た瞬間白く染まり、まるで極寒の空間に居る様だ。
彼女の相手は、彼女と同じ吸血鬼。しかも、吸血鬼として生まれて随分と長い間生きて来たと見える。本物の、吸血鬼だ。纏っているのは、吸血鬼の王とでも言うべき高潔で、情熱的な、血の様に熱い威圧感。リーシェは思わず跪いてしまいそうになった。
格の差を思い知らされたリーシェは、それをぐっと堪えて相手を睨み付ける。
すると、感心した様に吸血鬼の男は口端を吊り上げた。まるで視線だけで他者を殺せそうな威圧感を放っている。リーシェは身体の奥底が急激に冷えていく様な錯覚を覚えながらも、気を強く持つ。
「吸血鬼でありながらも、紅い瞳ではない……か。だが、お前も我が同族には違いない……これも運命の定めた出会いというべきだろうな」
「何を、言っている?」
「私に同族を殺すつもりはないということだ。もうこの世界に吸血鬼と呼ばれる存在は大分少なくなってしまったからな……折角出会えた同族が敵であったとしても、私はこの手に掛けるつもりはない」
ふ、とリーシェに微笑みかけた男の表情に、嘘は見当たらなかった。本当に吸血鬼という同族であるリーシェを慈しんでいるのが分かる。殺気が静まり、纏っていた王の威圧感が消え失せた。リーシェも、両肩に圧し掛かっていた重圧が消え、なんとなく気持ちが楽になるのが分かった。殺す気が無い、という男の言葉は嘘ではないのだろう。
しかし、男はそんなリーシェに対してその鋭い爪を見せた。吸血鬼の武器の1つでもある鋭い爪。リーシェの爪も段々と尖って来ているのだが、今はまだ人間寄りだ。故に、リーシェはその爪に対して剣を構えなおした。
すると、その男はそんなリーシェの警戒に苦笑して手を前に出し、攻撃するつもりはないと意思表示した。リーシェの脳内には、ますます疑問符が浮かぶ。
「この先に居るのは魔王だ……友人として長い付き合い故に協力はしているが、奴は強い。魔王は倒される度に強くなって復活してきたが、今代の魔王は特に強い……それでも、お前はこの先へ進むのか?」
そんな問いが投げかけられる。正直な所を言えば、行って欲しくは無いという気持ちが見え隠れしていた。
そこで、リーシェは目の前の吸血鬼が本当に同族想いの吸血鬼なのだろうと理解する。剣を収め、その問いに対して即答という訳でもなかったが、ゆっくり頷いて答えた。
「ああ、大事な仲間が信じて待っててくれてるんだ」
「……そうか、ならば……私は同族を死なせない為に、お前を通す訳にはいかないな。ああ、安心しろ……殺しはしない、全てが終わるまで―――此処で眠っていて貰うだけだ」
「……そうか、戦いは免れないということだな? 貴方の同族に掛ける想いは強く、気高く、高貴だ……しかし、私はその想いを振り払って先へ進むよ」
リーシェと吸血鬼は、本来戦う理由は無い。魔王の下へと進むリーシェを死なせない為に、吸血鬼は立ち塞がり、魔王の下で待っている桔音の下へ辿り着く為に、リーシェは吸血鬼を倒して行かねばならない。
ただそれだけであり、ほんの小さな偶然の引き起こした運命の巡り合わせ。もしもリーシェが他の階段を選んでいたら、こんな戦いは起こらなかった筈なのだから。
吸血鬼と吸血鬼、この世界でも滅多に出会う事の無い同族同士が……互いを敬い、互いを思いやりながら、互いの想いを潰し合う。
やらなければならない。お互い、死なせたくは無い存在が居るのだ。退けない理由がある以上、衝突以外の方法で収める事は出来ない。
「来い、若き吸血鬼の娘よ……私は吸血鬼の王、ヴラド・バーンだ」
「行くぞ、古き吸血鬼の王……私は唯の吸血鬼、トリシェ・ルミエイラだ。リーシェと呼んでくれ」
誇り高い吸血鬼同士が名乗り合い、そして同時に動きだす。互いの想いを叩き潰して、死なせたくない命を護る為に―――
◇ ◇ ◇
―――一方その頃、階段を降りた面々の中で最も遅く敵と対峙したレイラはというと……地面へうつ伏せに倒れていた。
眠っているわけではない。彼女はだらんと四肢を地面へ投げ出し、その頭を地面にめり込ませながら倒れている。そして、彼女の頭をそのすらりとした足で踏み付けている存在がいた。
その魔族は女の魔族であり、嗜虐的で凶悪な笑みを浮かべながら恍惚とした瞳でレイラを見下ろしていた。ピクリとも動かないレイラは、地面に半分めり込んだ顔の下から、だらだらと血溜まりを作りあげている。
気絶しているのか、それとも死んでいるのか分からないが……レイラを見下ろす女の魔族は、ぺろりと舌舐めずりをした後、レイラの頭から足をどかし、鈍い音と共にその頭を蹴り飛ばす。
「ッ……!」
「うふっ……うふふっ……ウフフフフフ……! いいわぁ……! ずーっと前から貴女をこうして虐めてあげたかったのよ……! ぞーっくぞくする……!」
蹴り飛ばされたレイラはゴロゴロと転がって行き、やがてその動きを止めると、その顔を上げた。痛みに表情を歪めてはいるが、どうやら死んではいないようだ。額を切ったのか、白髪の前髪を赤く染め上げながら、片目に掛かった血を拭った。赤い瞳を細めながらも、歯噛みしている。
他の面々と違って、レイラはこの空間に辿り着いた瞬間、戦闘が開始された。いきなり突撃してきた女の魔族の攻撃を躱しながら、咄嗟に瘴気で攻撃したは良いものの……奇襲によって体勢が崩されたレイラに、まともな反撃など出来る訳も無い。
一方的に攻撃を受け続け、最終的には捌き切れなくなって先程の状態まで追い込まれたのだ。
一瞬とはいえ、意識も失っていた。桔音の下へと急ぐ余り、レイラは大分油断していたのだ。だから簡単にやられてしまった。
しかし、原因は油断だけではない。寧ろ大きな原因は、桔音も気に掛けていた人間を食べていない事による空腹だ。本来の力が全く発揮出来ず、大幅に弱体化している今のレイラは、Sランクの実力で戦えているとはいえない。良くてAランク中位というところだ。
「げほっ……不意打ちなんて、嫌な性格……♪」
「ウフフフ……そんなの、貴女のだーいすきなきつね君が良くやることでしょう? 話はよーく聞いてるわよ?」
「く……」
頭に受けたダメージが思った以上に重く、レイラは立ち上がれずにいた。せめてもの意趣返しとばかりに皮肉を言うも、簡単に言い負かされ、反論出来ない。
ゆっくりと、しかし気分が良いのか軽快な様子でレイラの下へと歩み寄ってきた魔族の女は、嗜虐心の籠った瞳でレイラをにやにやと見下ろすと、レイラのふわふわした白髪を掴んだ。そしてそのまま髪の毛を引っ張って持ち上げると、レイラの顔の前に自分の顔を持ってくる。
「あぅ……ッ……!」
「あらあら、ぶっさいくな顔ねぇ……それに比べて、随分と綺麗な髪をしてるじゃない……こんな髪、貴女には必要ないわよねー?」
そう言った女の魔族は、髪を掴んでいない方の手でレイラの頭をガッと掴むと―――その白い髪をぶちぶちと引き千切った。頭皮から直接引っこ抜くようにして、痛いやり方で一気にやると、そのまま髪を地面へと投げ捨てる。
「ッ……っぁぁあああぁぁああ゛ッ……!!?」
すると、レイラは頭皮が剥がれる様な音と痛みに叫び声をあげた。ボロボロになってしまった髪を振り乱しながら、魔族の女の手を振り払い、距離を取る。頭を押さえると、禿げている部分は無いものの、髪の長さが所々でバラバラになってしまっている。しかも、押さえたその手にはどろりと赤い血が付いていた。
どうやら、強引に引き抜いたことで頭皮に細かな傷が幾つも出来てしまったようだ。
「あーあ、綺麗な髪がボロボロねぇ……かーわいそー、ウフフフフ……!」
すっかり血や乱れたボサボサの髪でボロボロのレイラの姿を見て、魔族の女は楽しそうにくすくす笑う。初撃で足下がふらつく程のダメージを与えた時点で、魔族の女はレイラに勝ったも同然なのだ。今のレイラの回復力ではそのダメージを回復させるまでに時間が掛かり、更にそこへダメージが振り掛かるとなれば、最早戦闘続行は絶望的だ。
しかし、魔族の女はレイラをまだ戦いの舞台から降ろすつもりなど毛頭ない。まだまだレイラを痛め付けて、辱めて、十分に、存分に屈辱と辛酸を舐めさせてから叩き潰すつもりなのだ。
「ほぉら!」
「あぐっ……!?」
「そんな姿でまだ、大好きなきつね君の所に行くつもりなのかなー? ウフフフフ!」
魔族の女はレイラの目の前まで踏み込むと、レイラの顎を蹴り上げた。仰向けに倒れそうになったレイラの首を掴み、そのまま手近にあった壁へと叩き付ける。背中からの衝撃にレイラの口から大量の息が漏れたが、構わず魔族の女はレイラの身体に自分の身体を近づける。レイラの足の間に自分の足を滑り込ませ、その豊満な胸をレイラの胸に押しつけた。
そして、空いている手でレイラの太腿を撫で上げながら―――下腹部へと指を這わせた。臍の真下辺りをその指で突き、レイラの耳元に自身の口を寄せた。
すると、凶悪に吊り上げられた口端を更に吊り上げて、ぼそぼそとレイラに囁く。
「ねぇ、貴女赤ちゃんの作り方って知ってるかしら?」
「……ッ……それが……何……!」
「どうせ乳臭い貴女のことだもの、知らないんでしょう? だから教えてあげる……赤ちゃんはね、男の人の遺伝子を女の子のお腹に入れることで出来るのよ……赤ちゃんはね、お母さんのお腹の中で育ち、生まれてくるのよ」
「……だから……何―――えぅッ!?」
お腹をつつつと撫でながら、魔族の女が言う。
だが唐突に囁かれた言葉の内容が、今何の関係があるのかと疑問を抱くレイラ―――瞬間、当然訪れた腹部への衝撃に嘔吐いた。不意打ち気味の衝撃に、喉の奥から吐き気と同時、食べた物が込み上げてくる。
レイラはなんとかそれを飲み込み、吐き気に耐えた。しかし、腹部へのずきずきとした痛みに、食い縛った歯の奥から、呻き声を上げている。
その衝撃の原因は……魔族の女が、その拳でレイラの下腹部を殴ったからだ。嘔吐いたレイラに気を良くしたのか、ぞくぞくと嗜虐心を満たして行く魔族の女は、更にレイラの耳元に囁いた。
「女の子のお腹の中にはね、子宮っていう赤ちゃんを育てる為のお部屋があるの。そう、今私が殴った辺りにあるのよ? よーく感じてみて」
「……ッ!!」
「アハッ! 流石に気付いちゃった? ウフフフ……貴女が想像している通りよ。今から、貴女の子宮がぐっちゃぐちゃに潰れちゃうまで―――殴り続ける」
レイラがその言葉に戦慄を覚え、目を見開いた瞬間……魔族の女は更にその拳をレイラの腹へと打ち込んだ。何度も、何度も、連続して打ち込んでいく。深く、抉りこむ様に、ズドン、ズドン、と鈍い音を立てて拳を腹部へと沈ませていく。
「ごふっ……あぐっ……おっ……ご……ぇぇえぇ……ッ……!」
「アハハハハハ! 凄い凄ーい! こんなに勢い良く中身を吐くなんて、そうそう出来ることじゃないわ! きったないわねぇ……良いわ良いわぁ……貴女今最っ高に―――ブッサイク!」
満たされる嗜虐心に、ぞくぞくと肩を震わせる魔族の女。レイラは何度もお腹を叩かれ、堪え切れず食べた物を吐いてしまう。その吐瀉物は首を掴んでいる魔族の女の手をドロドロと汚して行くが、彼女はそれでも笑いながらレイラの身体に自分の拳を叩き込んでいく。
死なない程度に、
もっと痛がる様に、
反抗する意志を削ぐ様に、
何度も、何度も何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、レイラの身体に拳を叩きこんでいく。そして次第に吐く物が無くなり、胃液や血を吐く様になるレイラ。拳が打ち込まれ続ける腹部の内側は、桔音の瘴気の外套をも貫いて、ダメージが蓄積されている。内出血が生まれ、肌は青痣を幾つも作り出していた。
レイラの脚に、もう力は入っていない。首を掴む手に、無理矢理立たされている様なものだ。意識が半分飛んでいるのも、ぼんやりとした赤い瞳が示している。それでも、魔族の女はレイラの子宮を潰そうと拳を止めない。
「人間に恋した魔族? アッハ、そんなの成立する筈も無いじゃない! バッカじゃないの!? アハ、アハハハハ! でも良いわ、人間にとって愛する人との子供は宝物だものね! なら私は貴女の幸せな未来を壊してあげる! アハハハハ!!」
ズドン、ズドン、ズドン、殴り続ける魔族の女の手は止まらない。
「―――あら?」
「……や……め、て……!」
すると、その言葉を聞いたレイラの手が……力なく魔族の女の拳を掴んだ。拳の勢いを止められる程の力は無かったが……レイラのそんな行動に、魔族の女の拳が止まる。
すっかりぐちゃぐちゃになってしまったレイラの顔を見ると、レイラの瞳にははっきりと意識が戻っていた。そして、これ以上はさせないとばかりに闘志に燃えている。
―――それが、魔族の女の癪に触った。
「はァ?」
「ぇ゛ぅ……ッ……!?」
ズドン、という音は鳴らなかった。
しかし、その代わりに……ぐちゃ、という何かが潰された音が鳴った。レイラが視線を落とすと、自分のお腹に突き刺さっている魔族の女の手が見えた。そして、その手は背中を突き抜け、その背後の壁に何かを擦り付ける。殴られた痛みで麻痺しているのか、それほど痛みは感じないが……お腹の中にあった何かが無くなったのを感じた。
すると、お腹を貫通するその手が引っ張られるのが分かった。ゴキ、ゴキュ、グチャ、とお腹の中で引き抜かれようとしている手がお腹の中を掻き回している。骨が砕かれ、腸を引っ張られ、胃を叩かれる。レイラはその気持ちの悪い感覚に、なんとなくごぶごぶと血が込み上げてくるのを感じた。
そしてずるり、と魔族の女の手がレイラの腹部から引き抜かれ、首からも手が離れていく。
すると、レイラの身体が重力に従って落ちていき……どちゃっ、と地面にうつ伏せで倒れていった。レイラは思考が追い付いていない様子で、何度も脳内に疑問符を浮かべていた。
「? ……? ……??」
それを見下す魔族の女が、にやぁと嫌らしく笑って告げる。壁にこびりついた何かを手に取ると、それを倒れたレイラの前に持ってきた。
「思考が追い付いてない? ほーら、貴女の子宮……こんなになっちゃった。ウフフフ……!」
「あ……ぁああああ゛あ゛……!?」
「きったないわねぇ……さて、これで貴女はもう一生子供が産めない身体……どう、悔しい? 悔しい? ウフフフフフ……アハハハハハハハハ!!」
思考が追い付いたレイラが、放り投げられた自身の子宮の残骸に声を上げる。しかも、明らかに致命傷を受けており、出血が激しい。このままではレイラは死んでしまうだろう。そしてそれは、レイラ自身が理解していた。
だが―――その瞬間だ。
「あ……あぁ……あ゛……ッ……――――――あはっ♪」
そう笑ったレイラの赤い瞳が、爛々と狂気に満たされ、漆黒の瘴気が噴き出した。
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